上 下
57 / 139
第二章 白馬の王子様

第53話 悪役令嬢は悪役令息との交渉に臨む

しおりを挟む
「どーも。助かった、部屋をかえるか」

 うんざりした顔で、ネプチューン皇子が言った。
 僕達を危険な目に遭わせたこと、悪かったとは思わないのかな。
 最初、僕は納得行かなかったんだけど、何事もなかった様子のガゼル様とデゼルを見ているうちに、謁見を申し入れたのは僕達の方だから、仕方ないのかなと思えてきたんだ。
 そうだよね、あの人だって、狙われたくて狙われてるわけじゃないんだし。

 三年後に起きる惨劇の意味が、少し、わかってきたかもしれない。
 帝国の皇子様同士の争いに、僕達の公国は、ただ近くにあったから、踏みつぶされるんだ。

 僕達が次に通されたのは、広めの客間だった。


  **――*――**


「で? お子様がたがオレに何の用だ」

 ガゼル様の目配せを受けて、デゼルが一歩、前に進み出た。

「私は闇巫女デゼル。単刀直入にうかがいますが、先ほどの刺客は、皇太子ウラノスによって差し向けられたものでしょうか?」

 ネプチューン皇子が軽く目を見張ってデゼルを見た。

「なぜ、そう思う?」
「私達は闇の神オプスキュリテの警告により、三年後、皇太子ウラノスがあなたにオプスキュリテ公国への侵攻を命じることを知りました。ですが、皇太子の狙いは外征のどさくさにまぎれてあなたを暗殺することに他なりません。それは成功しませんが、あなたが城を留守にしている間に、ユリア様が皇太子に襲われ殺害されます」

 激昂して、ネプチューン皇子が椅子を蹴立てた。

「なぜ、ユリアのことを知っている!」

 デゼルはネプチューン皇子を静かに見詰めたまま、答えない。
 なぜって、デゼルは最初に言ったんだ。
 闇の神様オプスキュリテの警告だって。
 それが真実だから、ネプチューン皇子がそれを信じないなら、他に答えはないんだ。

「――まぁ、オレとしても、ウラノスの仕業しわざだとは思うが。だったら、どうなんだ?」
「私達は公国の滅亡を望みません」
「そうだろうな」
「あなたが皇帝と皇太子を打倒し、帝位に就く意志を持たれる場合には、公国から闇巫女デゼル、闇幽鬼スペクターユリシーズ、研究員クライス・アスターの三者があなたの陣営にくみし、あなたに帝位を献上する心づもりであることを、お伝えに参りました」
「物騒な話だな」

 唇の端を引き上げてニヤリと笑ったネプチューン皇子が、デゼルじゃなく、クライス様に尋ねた。

「そうでない場合には、オレの招へいには応じないというわけか? クライス」

 クライス様もニヤリと不敵に笑った。

「我が主はオプスキュリテ、闇巫女様のご意向がすべてであると申し上げておきましょう」
「おまえもか? ユリシーズとやら」

 どうしたんだろう。
 ジャイロのお姉さん、ユリシーズはじっと、またたきも忘れたようにネプチューン皇子を見詰めてた。
 しばらくして、ユリシーズも静かに、ネプチューン皇子から目を離さないままでうなずいた。

「用向きはわかった、考えておこう。まさか、今すぐに決断しろなんて話じゃないだろうな?」
「はい。貴国がオプスキュリテ公国への侵攻をしないで下さるのなら、永遠に、決断して頂かなくても構いません」

 何が面白いのか、ネプチューン皇子が声を立てて笑った。

「なかなか、わかりやすい話だ。気に入ったぞ、デゼル」

 えっ!?
 そう言うなり、ネプチューン皇子がデゼルを手招いたんだ。
 なんだろう、いやな感じがする。
 デゼルも何か感じるみたいで、手招かれても、ネプチューン皇子に近づこうとはしなかった。

「よろしければ、ユリア様に私を会わせて頂けないでしょうか。私だけで構いません」

 ユリアね、と、ネプチューン皇子が不思議そうにデゼルを見た。
 僕も驚いたんだ。
 ユリア様と話したいなんてことは、事前には聞いていなかったから。
 さっきの襲撃で、事前の予定といろいろ違う流れにはなってしまってるんだけど。

「まぁ、おまえだけならな」

 デゼルはまだ八歳の聖女様で、戦闘の時にも天使みたいに可愛らしかっただけ。
 警戒する必要はないよね。

「ユリア、闇巫女様のご指名だ、隣室で話してくるといい」

 部屋のすみに控えていた侍女が一礼して、隣室に続く扉を開いた。
 綺麗な桜色の髪の、ユリシーズと同い年くらいの女の人。
 

 その間に、僕達はお風呂と着替えを借りて、食事まで振る舞って頂いた。
 デゼル、ずいぶん、長くかかったんだ。
 初めて会う人と、何をそんなに話すことがあったのかな。
 だけど、礼装に浴びた返り血や戦塵を、早く洗い流してしまいたかったから、ちょうどよくもあったんだ。
しおりを挟む

処理中です...