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第三章 闇を彷徨う心を癒したい

【Side】 ルシフェル ~最高のショータイム~

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 人の子がエリスに満快癒フル・ヒールをかける態勢に入ったのを見て、私は内心で快哉かいさいを叫び、目を見張った。

 面白いぞ、主神!
 貴様の配下、十二天使の力をもってしても、やすやすとは滅ぼせぬ我が配下の悪魔エリスを人の子が滅ぼすなど、最高の見世物ショーというものだ。

 主神が最初の世界を創世した時、私と主神は二つの賭けをしたのさ。
 ひとつは、主神が仕掛けてきた賭け。
 十三霊の承認をそろえる人の子が存在し得るかどうかという賭けだ。
 そんな者、存在するわけがない。
 賭けそのものにさほど興じはしないが、存在すると信じている主神をからかうのは面白い。だから、こうしてよく、退屈しのぎに来るわけだ。

 もうひとつは私が仕掛け、主神がノってこなかった賭け。
 つまらぬことにな。
 いつか、人の子がエリスを滅ぼすかどうかの賭けをしようとしたが、「ちょ、ルシフェル何言ってんの! そんなことできるわけないでしょ!?」だ、そうだ。
 勝負もせずに白旗をあげるとは、な。
 ふがいないことよ。

 人の子がエリスを滅ぼすすべはただひとつ、満快癒フル・ヒールをかけることだ。
 あのハムスターは闇主だけに与えられた闇魔法だと思い違いをしているようだが、満快癒フル・ヒールは闇魔法ではないし、誰にだってかけられるのさ。
 代償に己の命がなくなると承知で、対象を救うことを、その全身全霊を懸けて願えば。
 だが、凡庸な人の子にそんなことは願えない。誰だって己が一番可愛い。
 闇主の命は、闇巫女が命を落とせば、どの道なくなるものだ。
 だからこそ、闇主が稀に闇巫女を救うためにかけられるくらいでな。

 面白い賭けだと思わないか?
 その満快癒フル・ヒールを、よりによって悪魔にかけようとする者がいるかどうか、だ。
 エリスは呪いそのものだ。満快癒フル・ヒールなどかければ消滅して何も残らない。
 だが、もとよりエリスを滅ぼすつもりでは、満快癒フル・ヒールはかけられない。あくまで、エリスを救うことを望まなければならないのさ。
 
 最高の賭けになると思ったんだがな。
 主神が「私が創造した人の子が、いつか必ずエリスを救ってみせるだろう!」とでも、勝負を受けていればな。
 誰もそちらに賭けないのでは、賭けにならん。
 創造主である主神さえも、人の子の魂にそこまでの高さはないと諦めたものを!


 可愛いエリスには、おしおきが必要だ。
 悪魔ともあろう者が、人の子に恐れをなして逃げ出すなど、人の子が悪魔を滅ぼす奇跡の瞬間に立ち会えるかと胸躍らせた主に対する不敬の極み。
 人の子に代わって私がこの手で滅ぼし、今度こそは逃げ出さぬ悪魔を新たに創るか――
 そう、思ったのだがね。
 主神が面白いことをしていたのだよ。
 私を少し、楽しませたことに免じてエリスを滅ぼすのはやめにしてやろう。
 逃げ出さぬ、より強い悪魔を新しく創るのではなく、エリスを創りかえてやろう。

 さあ、もう一度――

 今度は光の聖女を祝福して、ゲームに介入するがいい。
 人の子が二度、悪魔を退かせるかどうか、楽しみに待たせてもらうとしよう。
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