二十五の夜を越えて

深見萩緒

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12月24日【星仰ぐ喜び】

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 目を開けると、見覚えのある場所に帰ってきていました。

 波の音が聞こえます。真っ暗の中に、ミルク色に光るクラゲがぷかぷか、浮かんでいます。クラゲはゆうちゃんの膝にぶつかって、驚いたようにぴょんと跳ねて、漂う方向を変えました。ゆうちゃんは、波の打ち寄せる浜辺に、ぽつんと立っているのです。
 宇宙のクジラは、どこに行ってしまったのでしょう。ゆうちゃんたちを送り届けたあとで、海に潜ってしまったのかも知れません。
 歌はもう、聞こえなくなっていました。


 ゆうちゃんとミトラは、たくさんお喋りをしながら、浜辺を歩きました。来たときよりも、ずいぶんと潮が引いていて、貝殻やら海藻やら、色んなものが浜に打ち上げられています。
 貝殻のいくつかは、白っぽく光ったかと思うと、思い出したように空へ昇っていきました。あの貝殻も、元いた場所に帰ったのかしら。それとも、今、旅に出たのかしら。どちらにせよ、その旅が幸福なものであるように、ゆうちゃんは祈りました。

『変なお散歩だったね。地面の下に海があって、海に潜ったらホントは空で、宇宙に行ったら浜辺に出たね。変なの、変なの』
「ね、変なの」
『宇宙も海も、地面も空も、全部おんなじなのかな』
「そうかもね」
 お喋りしながら歩いていますと、やがて砂浜は途切れ、アスファルトの道路になります。この先は、いつかのクスノキ並木。
 ゆうちゃんとミトラに気付いたのでしょう。夜空にあった赤色巨星たちが、さあっと空から降りてきて、並木の両側に整列しました。
『わあ、覚えててくれたの。嬉しいなあ、ありがとう!』
 ミトラは大喜び。ナトリューム灯のポールに、ひとつひとつ、ハイタッチをしていきました。

 光の中を、ゆうちゃんは歩きます。橙色に照らし出された並木道。ミトラがはしゃぐ声と、枝葉のこすれるかすかな音と、遠くに、波の音。その中に、ゆうちゃんは、確かな鼓動を聞きました。
 規則的に肋骨を叩き、全身に酸素を送り届ける命の音。ゆうちゃんの音。血潮は巡り、呼吸は繰り返され、とめどない音楽が循環しています。
 ゆうちゃんは、ゆうちゃん自身の歌を、そっと口ずさんでみました。
『すてきな歌だね』
 と、ミトラが言いました。


 大きなクスノキの根っこをたくさん跨いだあと、ようやく目的のものが見えて、『あっ』とミトラが走り出しました。
『ゆうちゃん、ゆうちゃん。鳥居が見えてきたよ。ぼくたち、あそこで出会ったよねえ』
 石の鳥居が、ゆうちゃんとミトラを迎えます。夢の旅は、ここから始まったのです。もうずいぶんと昔のことのように思えました。

 ミトラは走って、鳥居のたもとまで行ってしまいましたが、ゆうちゃんは一歩一歩を大切に踏みしめます。少しずつ、けれど確実に、ゆうちゃんは鳥居に近付いていきます。
 そして鳥居をくぐる一歩手前で、ゆうちゃんは立ち止まりました。

 立ち止まって、鳥居を見上げました。堂々たる石の鳥居は、ゆうちゃんを歓迎しませんし、拒絶もしません。ただ石の冷たさと重さとをもって、悠然と、ここに立っています。
『ゆうちゃん、もう、さよなら?』
 ゆうちゃんの背後で、ミトラが言いました。
「……うん。もう、さよなら」
『そっか。じゃあ、さよなら』
 ゆうちゃんは、大きく深呼吸をします。クスノキの濃い森の香りが、体いっぱいに広がります。
 そして空を見上げたら、クスノキの枝ごしに、満点の星空が輝いていました。
『星が、とっても綺麗だね』
 ゆうちゃんの後ろで、ミトラも、星を見上げているようです。
『さよなら、ゆうちゃん。元気でね』
 ミトラの声に後押しされて、ゆうちゃんはゆっくりと、最後の一歩を踏み出しました。




 そして、ゆうちゃんは、目を覚ましました。真夜中だから、真っ暗。

 目が慣れてくると、段々と部屋の輪郭が見えるようになってきます。その天井に見覚えはありませんが、ここがどこなのか、なぜここにいるのか。ゆうちゃんは、ちゃんと分かっています。
 手を伸ばして紐を探り当て、ナースコールのボタンを押しました。

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