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翌日の日曜日、朝食を済ませた拓海は、両親に遊びに行ってくると言い、家を出た。
自転車を飛ばし、電話をくれた相手の家に向かう。グーグルマップから近隣の地図をプリントアウトしてきていた。
それらしき場所に到着した。表札で、相手の名字を探す。
(藤本、藤本……。あった、これだ)目指す家の表札が、拓海の目に飛び込んできた。住宅街の中の古びた一軒家だった。
拓海は、スマホで時間を確認した。デジタル表示は、午前八時五十一分を表示していた。
(ちょっと早いけど、いいかな)門の前で自転車を止めた拓海は、インターフォンを鳴らした。出てきた相手に、名前を告げる。
「どうも。いらっしゃい」玄関のドアが開き、連絡をくれた藤本絹江さんが顔を覗かせた。
「初めまして」拓海は、お辞儀をし、挨拶をした。
「自転車で来られたの?」
「はい」
「それじゃぁ、中に入れてください」
藤本さんの家の玄関の脇に、ガレージがあった。端の方に、ママチャリが一台停めてある。もともとは、車を停めるために作られていたのだろう。
拓海は、乗ってきた自転車を、藤本さんのママチャリの隣に停めた。
「さ、入って」藤本さんが、家の中に入るように促す。
「お邪魔します」拓海は、玄関を入った。田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの家と同じようなにおいがした。
家の中に入った拓海は、居間に通された。
居間は、中央に低いテーブルがあり、向き合うように座椅子が二つ置かれていた。藤本さんが、片方の座椅子を指示し、座るように言う。
「すみません。手洗いとうがいをしてもいいですか?」その言葉が、拓海の口から条件反射的に飛び出した。外から戻った時に、真っ先に手洗いとうがいをしないと気持ちが落ち着かなくなっていた。
「偉いわねぇ。そういうことをちゃんとするの」
「小さいときから親がうるさくて、習慣になってしまいました」
「いいことだわ。どうぞ、洗ってらっしゃい。うがいは、このコップを使ってください」
藤本さんが、台所の食器棚からグラスを一つ取り出し、洗面所の場所を教えてくれた。
手洗いとうがいを済ませた拓海は、再び居間の座椅子に座った。
「のどが乾いたでしょう」藤本さんが、台所に立った。しばらくして、お盆を手にしながら戻ってきた。お盆に乗せた急須と茶碗、最中をテーブルの上に置いた。急須のお茶を茶碗に注ぎ、最中とともに拓海に勧めてくる。
「本当は、若い人が好きな洋菓子でも買っておこうと思ったのですけど、買いに行く暇がなくてねぇ」
「ボク、最中も好きです」
拓海は、いただきますと言い、最中を一つ手に取り、口にした。上品なあんこの味が、口の中に広がる。
「どこの中学に通っているの?」お茶を一口すすった藤本さんが、聞いてきた。
「桜ヶ丘中学校です」
「ああ。駅の向こう側の学校ね」
拓海の家と藤本さんの家は、地下鉄の駅をはさんで、それぞれ反対側のエリアにあった。
「藤本さんは、昔からずっとこの家に住んでいるのですか?」
「ううん。この家はね、私が結婚した後に、亡くなったおじいちゃんが建てた家なの」
藤本さんの出身は静岡県であり、高校を卒業後に東京に出てきて結婚し、結婚後しばらくして旦那さんがこの家を建てたということだった。その旦那さんも五年前に亡くなり、二人の娘も結婚してそれぞれ違う家に住み、今は一人でこの家で暮らしているということである。
「静岡だったら、家から富士山が見えていたんですか?」
「天気がいい日は、たいてい富士山がくっきりと見えていたわね。私が小さい頃は、今みたいな大きな建物も少なかったし……」
藤本さんが、昔を懐かしむような表情を浮かべた。
拓海は、少女時代の藤本さんはどのような生活をしていたのだろうかということを想像してみた。
田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの少年、少女時代は、戦後の復興期で、今のように物が豊かではなかったということを聞かされていた。藤本さんも、そのような時代に育ったのだろう。
拓海は、藤本さんの年齢を聞いてみたくなった。
「いくつに見える?」歳を尋ねてきた拓海に向って、藤本さんが、いたずらっぽく笑った。
「いくつだろう……。七十歳くらいですか?」
「来月の誕生日で、七十五」
「そうなんですか」
藤本さんは、実際の年齢よりも若く見えた。
「あなたのおじいちゃんやおばあちゃんは、おいくつなの?」
「お父さん方が七十三歳と七十二歳で、お母さん方が七十二歳と六十九歳です」
「そうなの。まだ、お若いのね。みなさん、お元気なの?」
「はい。みんな、元気にしています」
四人ともみな、病気もせずに、元気に暮らしていた。
「藤本さんの娘さんは、どこに住んでいるのですか?」
「一人は福岡で、もう一人は広島なの」
二人とも、離れたところに住んでいた。
「孫は、何人いるんですか?」
「それがね、孫はいないのよ」
「えっ?」
「娘たちが、子供を産んでいないのよ。最近、子供のいない家庭が増えているみたいでね。このままだと、日本の将来は、どうなっちゃうんでしょうね……」
藤本さんが、寂しそうに笑った。
今の日本がそうだということは、拓海も、ニュースなどで耳にしていた。そのために、政府が少子化対策を打ち出しているのだが、的外れな政策ばかりならしい。酒に酔った時の父親が、よく口にする言葉であった。
「娘たちが子供を産んでいたら、今のあなたくらいか、あるいは、もう少し大きな孫が何人かいたんだろうなぁって思うことが、よくあるの。だから、あなたたちがポストに入れてくれた孫代行っていうサービスにものすごく興味が湧いてきて、電話をさせてもらったのよ」
藤本さんの気持ちは、拓海にも理解できた。
「連絡をしてきた人、けっこういたでしょう?」
「今のところ、藤本さんだけです」
「えっ? そうなの。世の中に、私みたいな寂しいお年寄りがたくさんいるから、たくさんの方から連絡があったのかと思っていました」
「チラシを配り終えたのがおとといなので、これから来ればいいなと思っています」
「たぶん、来るわよ。私も、友達に教えてあげるわ」
「ぜひ、お願いします」
拓海は、藤本さんが話を広めてくれることを期待した。
自転車を飛ばし、電話をくれた相手の家に向かう。グーグルマップから近隣の地図をプリントアウトしてきていた。
それらしき場所に到着した。表札で、相手の名字を探す。
(藤本、藤本……。あった、これだ)目指す家の表札が、拓海の目に飛び込んできた。住宅街の中の古びた一軒家だった。
拓海は、スマホで時間を確認した。デジタル表示は、午前八時五十一分を表示していた。
(ちょっと早いけど、いいかな)門の前で自転車を止めた拓海は、インターフォンを鳴らした。出てきた相手に、名前を告げる。
「どうも。いらっしゃい」玄関のドアが開き、連絡をくれた藤本絹江さんが顔を覗かせた。
「初めまして」拓海は、お辞儀をし、挨拶をした。
「自転車で来られたの?」
「はい」
「それじゃぁ、中に入れてください」
藤本さんの家の玄関の脇に、ガレージがあった。端の方に、ママチャリが一台停めてある。もともとは、車を停めるために作られていたのだろう。
拓海は、乗ってきた自転車を、藤本さんのママチャリの隣に停めた。
「さ、入って」藤本さんが、家の中に入るように促す。
「お邪魔します」拓海は、玄関を入った。田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの家と同じようなにおいがした。
家の中に入った拓海は、居間に通された。
居間は、中央に低いテーブルがあり、向き合うように座椅子が二つ置かれていた。藤本さんが、片方の座椅子を指示し、座るように言う。
「すみません。手洗いとうがいをしてもいいですか?」その言葉が、拓海の口から条件反射的に飛び出した。外から戻った時に、真っ先に手洗いとうがいをしないと気持ちが落ち着かなくなっていた。
「偉いわねぇ。そういうことをちゃんとするの」
「小さいときから親がうるさくて、習慣になってしまいました」
「いいことだわ。どうぞ、洗ってらっしゃい。うがいは、このコップを使ってください」
藤本さんが、台所の食器棚からグラスを一つ取り出し、洗面所の場所を教えてくれた。
手洗いとうがいを済ませた拓海は、再び居間の座椅子に座った。
「のどが乾いたでしょう」藤本さんが、台所に立った。しばらくして、お盆を手にしながら戻ってきた。お盆に乗せた急須と茶碗、最中をテーブルの上に置いた。急須のお茶を茶碗に注ぎ、最中とともに拓海に勧めてくる。
「本当は、若い人が好きな洋菓子でも買っておこうと思ったのですけど、買いに行く暇がなくてねぇ」
「ボク、最中も好きです」
拓海は、いただきますと言い、最中を一つ手に取り、口にした。上品なあんこの味が、口の中に広がる。
「どこの中学に通っているの?」お茶を一口すすった藤本さんが、聞いてきた。
「桜ヶ丘中学校です」
「ああ。駅の向こう側の学校ね」
拓海の家と藤本さんの家は、地下鉄の駅をはさんで、それぞれ反対側のエリアにあった。
「藤本さんは、昔からずっとこの家に住んでいるのですか?」
「ううん。この家はね、私が結婚した後に、亡くなったおじいちゃんが建てた家なの」
藤本さんの出身は静岡県であり、高校を卒業後に東京に出てきて結婚し、結婚後しばらくして旦那さんがこの家を建てたということだった。その旦那さんも五年前に亡くなり、二人の娘も結婚してそれぞれ違う家に住み、今は一人でこの家で暮らしているということである。
「静岡だったら、家から富士山が見えていたんですか?」
「天気がいい日は、たいてい富士山がくっきりと見えていたわね。私が小さい頃は、今みたいな大きな建物も少なかったし……」
藤本さんが、昔を懐かしむような表情を浮かべた。
拓海は、少女時代の藤本さんはどのような生活をしていたのだろうかということを想像してみた。
田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの少年、少女時代は、戦後の復興期で、今のように物が豊かではなかったということを聞かされていた。藤本さんも、そのような時代に育ったのだろう。
拓海は、藤本さんの年齢を聞いてみたくなった。
「いくつに見える?」歳を尋ねてきた拓海に向って、藤本さんが、いたずらっぽく笑った。
「いくつだろう……。七十歳くらいですか?」
「来月の誕生日で、七十五」
「そうなんですか」
藤本さんは、実際の年齢よりも若く見えた。
「あなたのおじいちゃんやおばあちゃんは、おいくつなの?」
「お父さん方が七十三歳と七十二歳で、お母さん方が七十二歳と六十九歳です」
「そうなの。まだ、お若いのね。みなさん、お元気なの?」
「はい。みんな、元気にしています」
四人ともみな、病気もせずに、元気に暮らしていた。
「藤本さんの娘さんは、どこに住んでいるのですか?」
「一人は福岡で、もう一人は広島なの」
二人とも、離れたところに住んでいた。
「孫は、何人いるんですか?」
「それがね、孫はいないのよ」
「えっ?」
「娘たちが、子供を産んでいないのよ。最近、子供のいない家庭が増えているみたいでね。このままだと、日本の将来は、どうなっちゃうんでしょうね……」
藤本さんが、寂しそうに笑った。
今の日本がそうだということは、拓海も、ニュースなどで耳にしていた。そのために、政府が少子化対策を打ち出しているのだが、的外れな政策ばかりならしい。酒に酔った時の父親が、よく口にする言葉であった。
「娘たちが子供を産んでいたら、今のあなたくらいか、あるいは、もう少し大きな孫が何人かいたんだろうなぁって思うことが、よくあるの。だから、あなたたちがポストに入れてくれた孫代行っていうサービスにものすごく興味が湧いてきて、電話をさせてもらったのよ」
藤本さんの気持ちは、拓海にも理解できた。
「連絡をしてきた人、けっこういたでしょう?」
「今のところ、藤本さんだけです」
「えっ? そうなの。世の中に、私みたいな寂しいお年寄りがたくさんいるから、たくさんの方から連絡があったのかと思っていました」
「チラシを配り終えたのがおとといなので、これから来ればいいなと思っています」
「たぶん、来るわよ。私も、友達に教えてあげるわ」
「ぜひ、お願いします」
拓海は、藤本さんが話を広めてくれることを期待した。
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