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 昼ごはんは、藤本さんお手製のオムライスをご馳走になった。娘たちが大好きで、昔はよく作っていたということだった。
 藤本さんは、オムライス以外にも、ハンバーグとサラダを用意してくれていた。
 拓海は、おいしいおいしいと言いながら、出された料理を食べた。その様子を、藤本さんが微笑ましそうに見つめる。
 「誰かからおいしいおいしいって料理を食べてもらうのなんて、いつ以来かしらねぇ……」藤本さんは、人に料理を食べさせることが好きな人間のようだった。
 食事をしながらの会話も弾む。
 拓海も、実のおばあちゃんのところへ遊びに来ているかのような感覚にとらわれていた。

 食事を終えお茶も飲み終えたころ、藤本さんが、ショッピングモールへの買い物に付き合ってほしいと言い出した。いろいろと買いたいものがあるということだった。
 「私一人だと、一度にたくさんの荷物を運べないでしょう。だから、悪いけど、荷物を持ってもらえると助かるわ」
 予想通り、荷物持ちをお願いされた。
 「持てるだけ持ちますから、買いたいものがあったら、何でも買ってください」拓海は、笑顔で返事をした。
 「お言葉に甘えて、そうさせていただくわ」藤本さんが、メモに買いたいものを書き出した。

 ショッピングモールの中は、大勢の人たちでにぎわっていた。スーパーと専門店を結ぶ通路を、人がひっきりなしに行き来する。
 拓海は、きょろきょろと辺りを見回した。知った人に出会わないかどうか心配だったからだ。
 田舎から出てきたおばあちゃんと買い物をしているのだという言い訳を用意してあったが、すべての人に対してこの言い訳が通用するわけではない。
 もっとも会ってはならないのは、両親や姉だった。
 このショッピングモールは拓海の家からは離れているため、家族はめったに行くことはないが、絶対に行くことがないわけでもない。
 よっぽどのことがない限り家族と顔を合わせることなどないはずだが、用心するに越したことはないと拓海は思った。
 藤本さんと並んで歩きながら、拓海は、それとなく周囲に視線を這わせた。

 藤本さんは、最初に、スーパーの電器用品売り場に向った。書斎代わりに使っている部屋の電気傘の接触が悪いからということだった。
 「どこに置いてあるのかしら?」藤本さんが、電器用品売り場の中を見回した。藤本さんが探していたのは、昔式の白熱蛍光灯用の電気傘だった。電気の明るさを切り替える紐のついた電気傘である。
 今は、全体がカバーで覆われたLED蛍光灯用の電気傘が主流であり、売り場にも、そのタイプのものしか置いていなかった。拓海も、それが普通なのだと思っていた。
 藤本さんは、店員に、白熱蛍光灯用の電気傘はないのかと聞いた。店員が、LED蛍光灯用のものしか置いていないと答える。
 藤本さんが戸惑っているのを目にした拓海は、自分が取り付け方や使い方を知っているから大丈夫ですよ、と声をかけた。
 その言葉に安心した藤本さんは、LED蛍光灯用の電気傘を一つ買った。

 藤本さんが次に向かったのは、生活雑貨売り場だった。目的は、洗濯物を干すパラソルハンガーとデッキブラシだった。
 電気傘の入った段ボール箱を片手に持ちながら、拓海は、藤本さんの後をついて売り場を歩いた。
 藤本さんが買ったパラソルハンガーとデッキブラシを、拓海が、もう片方の手で持つ。
 「大丈夫?」藤本さんが、心配そうに顔を覗き込んできた。
 「全然平気です」思いのほか電気傘の入った段ボール箱が大きくて歩きづらかったが、重さ的には問題なかった。
 その後、食料品と日用品の買い物を済ませた二人は、それぞれ両手に荷物を抱えながら、家に戻った。

 家に戻った拓海は、さっそく、新しく買った電気傘を取り付けてあげることにした。
 椅子の上に乗って古い電気傘を外し、代わりにカバーのついていないLED蛍光灯用の電気傘をセットする。首を曲げながら、セットした電気傘にカバーをはめる。
 電気傘が揺れ動き、すんなりとはいかなかったが、何とかきれいにはめることができた。
 部屋の電気のスイッチを入れると、電気傘から、まばゆい光が放たれた。
 光のまばゆさに、藤本さんが感動の声を上げた。

 「疲れたでしょう。あっちで、ゆっくりとしましょう」藤本さんが、居間のテーブルの上に、お茶とおかきを並べた。
 拓海は、座椅子に座り、おかきに手を伸ばした。
 「ここのところ、膝が痛くて、重たい物を持つのがつらかったのよ。本当に助かったわ」
 「よかったです」
 拓海も、嬉しかった。人から感謝されることの心地よさを感じていた。商売でやっているのだということを忘れかけていた。
 「家でも、お父さんやお母さんのお手伝いをしているの?」藤本さんが聞いてきた。
 「たまに、やっています」
 「どのようなお手伝いをしているの?」
 「買い物とか、掃除とか、食器洗いもたまにやることがあります」
 得意げに話した拓海だったが、自分から進んでやるお手伝いではなかった。お母さんが忙しくしているときにやれと言われて、仕方なく手伝っているのが実情だった。最近は姉がやらなくなった分、拓海のところに回ってくる回数が増えていた。
 「そうなの。偉いわねぇ」事情を知らない藤本さんが感心する。
 「家事って、大変なのですよね?」拓海は、お手伝いをしたことで、お母さんが普段やっていることが大変なことだったのだと感じるようになっていた。
 「そうねぇ。歳を取ってくると大変ね。力仕事も多いし。でも、体を動かさないと、どんどん老化していっちゃうから、私は、家事に手を抜かないわ」藤本さんの発言は、前向きだった。
 前向きなんですね、と拓海が思ったことを口にする。
 その言葉に、藤本さんは照れ笑いを浮かべた。

 お茶を飲みながらの会話は弾んだ。
 拓海も、自分のことをたくさん話した。
 学校の勉強や友達のこと、田舎のおじいちゃんやおばあちゃんのことなど、思いついたことをいろいろと口にした。
 拓海の話を聞く藤本さんの表情は楽しそうだった。「あら、そうなの」、「そんなこともあるのねぇ」などと相槌を打ちながら、話に乗ってくる。
 ときおり、昔と今の違いに戸惑っていた。
 気がつくと、時計の針は午後五時を回っていた。拓海は、そろそろ帰る時間を意識しなければならないと思った。
 そんな中、藤本さんが立ち上がり、台所へ向かった。冷蔵庫の中から、昼にスーパーで買ったおはぎのパックを取り出し、居間のテーブルの上に置く。
 「このおはぎね、とてもおいしいんだけど、ちょっと買いすぎちゃったわ。私一人で一度にこんなに食べきれないし、食べていかない?」藤本さんは、拓海にも食べさせようと思って、多く買ったようだった。
 (どうしよう)拓海は、返事に迷った。
 おはぎは、好きな食べ物である。しかし、お腹の膨らむ食べ物でもある。昼もたくさん食べさせてもらったし、買い物から帰った後も、おかきを食べた。今ここでおはぎを食べると、間違いなく今晩の食事に影響する。何を食べたんだと、親から詮索されそうだった。晩御飯を食べ残したら、お母さんが悲しそうな顔をする。
 しかし、藤本さんも、自分と一緒に食べたがっている。
 (どうしよう、どうしよう……)拓海は、決断ができずにいた。
 「無理をしなくてもいいのよ。食べられるのならどうかな、と思っただけだから」藤本さんが、やさしく声をかけてきた。
 「無理とかじゃないんですけど……」
 「あっ、そうか。もう少ししたら、家に帰らなければならないものね。今からこんなものを食べたら、晩御飯を食べられなくなっちゃうわよね」拓海の迷いが見透かされたようだった。
 「そうね。それじゃぁ、おはぎは、また今度にしましょう」藤本さんは、おはぎのパックを冷蔵庫にしまった。
 居間に戻ってきた藤本さんが、今日は本当に楽しかったわ、と呟く。
 「また、頼んだら、来てもらえるのかしら?」
 「もちろん、来ます」
 「それでは、また連絡します。本当に、今日は楽しい一日だったわ。ありがとうございました」
 藤本さんが、お辞儀をした。
 「ボクの方こそ、いろいろとご馳走になって、ありがとうございました」拓海も、慌ててお辞儀を返す。
 「いいえ。大したおもてなしもできなくて……。そうだわ。今日の料金だけど、九時間分の五千四百円でよかったのよね」藤本さんが、財布から取り出した五千円札と百円玉四枚をテーブルの上に並べた。
 「でも、まだ五時四十分になったところですから」拓海が、二百円を藤本さんの方へ押し戻す。
 「いいのよ、これくらい」藤本さんが、戻す手を抑えた。
 「さあ。早く、しまって」藤本さんから促された拓海は、ありがとうございますと礼を言い、もらった五千四百円を財布の中にしまった。
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