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 プロフィール付きチラシの構想をまとめた拓海は、海斗、七海、美咲の前で、内容を説明した。
 七海と二人で話し合いまとめた内容だったが、七海は、今初めてそのような話を聞いたというような顔で、海斗と美咲とともに話を聞いていた。
 その様子を目にした拓海のテンションが上がった。
 海斗と美咲は、自分と七海が二人きりで話し合ったことを知らない。七海も、そのことを、おくびにも出さない。あの夜のやり取りは、二人だけの秘密となっていた。
 拓海は、ことさら七海のことを意識することなく、海斗と美咲に対して、プロフィール付きチラシの内容を説明した。

 海斗と美咲も、プロフィール付きのチラシに食いついてきた。
 四人の似顔絵は、海斗が制作した。それぞれの顔の特徴をとらえた素晴らしい似顔絵が完成した。
 拓海も、グラフィックに関しては、海斗は天才的であると改めて感じていた。

 チラシは、再び千枚刷ることになった。四人ともが、チラシの出来に自信を持っていた。
 刷り上がったチラシは、四人で手分けして配った。自転車で移動できる範囲内で、四人の生活圏から極力離れた家のポストに、一枚ずつ入れていく。前回配ったことを覚えている家のポストにも入れていった。

 チラシの効果は、すぐに表れた。新しい問い合わせが、立て続けに三件舞い込んできた。
 今まで孫代行を利用してくれたことのある人たちからの依頼も引き続いてあり、四人は、手分けして対応した。

 五月の売上金は、四月の倍近い三万三千円になった。売上金を分配した四人は、各々、お金を稼いでいることを実感した。
 六月も、順調だった。
 利用客からの紹介で、さらに新しい客が増えた。
 そのうえ、想定外のことが起こった。孫代行を通じて、客同士が友達になったのだ。藤本さんからの紹介で客になってくれた斎藤さんというおばあちゃんと、二番目に客になってくれた将棋好きの古川さんというおじいちゃんであった。
 美咲から古川さんという将棋好きのおじいちゃんがいるという話を聞かされた斎藤さんが会わせてほしいと言い出し、実現した。
 斎藤さんは、亡くなった旦那さんが将棋好きだった関係で、自分自身も将棋を好きになったということだった。
 その輪に藤本さんも加わることになり、六月最後の日曜日に、藤本さんの家に古川さんと斎藤さん、そして拓海たち四人が集まり、ちょっとしたパーティが行われた。
 拓海たちは孫代行とは関係なく遊びに行ったというつもりでいたのだが、藤本さんたちは、孫代行の料金を払ってくれた。

 六月の売上金は五万円を超え、それぞれが手にしたお金も一万円を超えた。
 一万円札を手にした四人は、有頂天になった。このまま、毎月金額が増え続け、そのうちものすごいお金を手にすることになるのだろうという感覚を抱いていた。

 家の学習机の上に全財産を広げた拓海は、机の上に並べた現金を眺めながら、一人にやついていた。
 家族は全員出かけており、家の中は拓海一人であった。
 机の上には、一万円札が二枚と五千円札が一枚、千円札が十三枚と小銭の山、そして銀行の預金通帳が並べられていた。
 銀行の預金通帳には、お年玉で手にしたお金の残りが入金されていた。
 現金の中の一万円は、小遣いを節約して貯めたお金であり、普段の小遣いとは別に保管してあった。普段の小遣いは財布の中に入れて持ち歩いており、現在の財布の中身は三千五百円ほどである。
 それ以外の二万五千数百円が、孫代行で稼ぎ出したお金であった。
 孫代行で稼いだお金は、封筒の中にまとめて入れて、鍵のかかる引き出しの中にしまってあった。
 拓海は、現金の中から、孫代行で稼いだお金を選り分けた。
 もともと、小遣い以外のお金を手にしたくて商売を始めたのだが、使うことのないまま、三カ月分が貯まっていた。海斗も七海も美咲も、孫代行で得た臨時収入には手を付けていないようである。
 確実に増えた現金を前にして、拓海は、気持ちが大きくなっていた。
 ここにあるのはすべて自分のお金であり自由に使えるのだが、預金通帳の残高は親に知られており、残高が減っているのがわかると、何に使ったのかと詮索される。
 お年玉の残りは、使い勝手の悪いお金でもあった。
 その点、孫代行で稼いだお金は、親も知らない秘密のお金である。残高が減っても、親にばれることはない。誰に気兼ねすることもなく、自由に使えるお金だ。
 (何に使えばいいんだろうな……)拓海は、頭の中で使い道を考えてみた。
 自由にできるお金を手にしたら何が欲しいかとみんなで話をした時は自分専用のテレビとブルーレイが欲しいと口にした記憶があった。
 しかし、テレビやブルーレイは、二万五千円では厳しい。そもそも、そのような物を買ってしまうと、確実に親に知られてしまう。
 親に知られることなく二万五千円で買える物といえば、どのようなものがあるだろうか。
 拓海は、頭の中で、欲しい物を思い描いてみた。
 最初に、iPadのミニ版が浮かんできた。前々から、スマホとタブレットを使い分ける生活にあこがれていた。しかし、iPadだと、毎月の通信料が発生するので、やはり親に知られてしまう。
 次に浮かんできたのが、最新のゲームソフトであった。戦国シミュレーションゲームの最新版である。あれならば、八千円くらいで買える。
 こじゃれた財布や腕時計なんかも欲しい。
 今使っている財布は、小学生の時に父親に買ってもらったナイロン製の安物の財布だった。腕時計も、おもちゃに毛の生えたような代物である。
 最近の拓海は、身の回りの装飾品やアクセサリーにも興味を持つようになっていた。
 頭の中で次々と欲しい物を思い描いた拓海だったが、玄関の開く音を耳にして、慌てて机の上に広げた現金と預金通帳を机の中にしまった。
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