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 校長先生が、藤本さんたちに、発言する時間を与えた。
 藤本さんと斎藤さん、古川さんは、互いに顔を見合わせた。
 やがて、藤本さんが口を開いた。親たちと先生の交互に視線を向ける。
 「私たちは、この子たちのおかげで、本当に救われました。感謝もしております。老人の一人暮らしは、つらいものなのですよ。一人ですと出不精にもなりますしね。誰とも話すことのない時間が長く続きますと気持ちも塞いできますし、日に日に活力が失われていくのですよ。でも、この子たちと一緒の時間を過ごしたことで、元気を与えられ、前向きに明るく生きていこうという気になれたのです。このことは、私たちだけではなくて、高齢者全体の問題なのです。少子化で、孫のいない高齢者もたくさんいます。私たちからしましたら、この子たちに感謝することはあっても、責めることなど、一つもないのですよ」
 声を振り絞って訴えかける藤本さんの言葉が、拓海の胸に響いた。あなたのしていることは間違ったことではないのだと言われた言葉の意味も、正確に理解できたような気がした。
 斎藤さんも、自分たちが望んでいることなのだということを、繰り返し校長先生と新垣先生に伝える。
 古川さんも、口を開いた。
 「おそらく先生方は、お金のことを気にしておられるのだと思いますが、あれは、子供たちから請求された料金を支払っているのではなくて、感謝の気持ちを伝えるために子供たちにお小遣いをあげているという認識でいるのですよ。お小遣いをもらって喜ぶ孫の顔を目にするのは、年寄りにとって、無上の喜びでしてなぁ。むろん、勝手にお小遣いをあげたことを、親御さんたちに対して謝らなければならないことは自覚しています。それぞれの家庭の教育方針というものもあるのですからな。ただですね、お金のことを取り上げて重大な違反行為だとおっしゃっているのであれば、お金を与えた我々の気持ちも理解していただいたうえで判断してもらいたいと思っています」
 「しかし、現実問題、子供たちは十分間で百円という料金設定をしたうえで事に臨んだわけですから」新垣先生が反論した。
 「それは、子供たちの判断基準ですよ。我々は、そのような基準で、子供たちにあげる小遣いを決めてなどいません。現に、十分百円とかで計算した金額とは異なるお小遣いを渡していましたからね」
 古川さんの言うことに間違いはなかった。いつも、正規の料金にプラスアルファして払ってくれていた。
 古川さんだけではなく、藤本さんや斎藤さん、その他孫代行を利用してくれた人からも、そのようなことはあった。
 「ともかく、子供が金稼ぎをするということ自体が問題なのでして」新垣先生も折れない。
 そのときだった。今まで黙っていた親たちの中から、発言が飛び出した。拓海の父親であった。
 「私はですね、息子たちのやったことは、間違ったことではなかったと思っています」
 「ちょっと! 松本君のお父さんまで、何を言い出すのですか!」新垣先生が、驚いた表情を向けた。
 「まぁ、話を聞いてみましょう」いきり立つ新垣先生を、校長先生がいさめる。
 「ありがとうございます」拓海の父親が、発言をつづけた。
 「家内から、学校から連絡があったと聞いたときは正直戸惑いましたが、詳しい説明を聞いてから判断しようと思い、あえて今日まで息子には何も言いませんでした。そして、今日、先生方やこちらの方々からのお話を聞いて、事情が呑み込めました。正直な言葉で言わせていただきますと、息子も、その友達も、実に素晴らしいことをやってのけたのだと感じました。今の時代は、自分たちの事ばかりに目を向けて、周囲に困っている人がいても助けようとしない人が増えています。電車の中でお年寄りが立っているのを見ると、昔は誰もが自然と席を譲ったものですが、今は、そのような光景があまり見られません。しかし、そういうことこそ、人として生きていくうえで大事なことなのであって、子供たちにも、教育の一環として教えていくべきだと、私は考えております」
 教室内の誰もが、拓海の父親の話に聞き入った。拓海の目に、父親の背中が大きく映った。
 「もちろん、学校でもそのような教育をしていただいているのでしょうが、こういうことは、家庭教育の中でもやらなければならないことだと考えております。そういう意味で、私は、息子や娘に対して十分な教育をしてこなかったのではないかと反省しておったのですが、息子たちが自発的にこのような行動をしたということを知って、安心しました。息子たちが、ただの私利私欲から今回のような行動を取ったのではないということは、このチラシを見ればわかります。世の中から求められていることをしたのだということも、こちらの方々からのお話を聞かせていただいて、はっきりしたと思います。つまり、息子たちは、社会的に意義のあることをしていたのです。そのことに対して、私たち大人が、誉めることはできても、叱ることなどできるでしょうか。お金のことも、お金を稼ぐことの大変さや意味というものを身をもって感じるための社会勉強をしたのだと解釈すれば、よろしいのではないでしょうか。十分で百円という基準も、いかにも子供らしい常識のある金額だと、私には思えます」
 拓海の父親が口を開いたことで、他の親たちも発言を始めた。
 他の親たちの考えも、拓海の父親と、ほぼ同じであった。みなが、息子や娘たちの取った行動に対して誇りを感じているという意味の言葉を口にした。
 親たちの反応を目にした藤本さんたちも、拓海たちの取った行動は、現代社会において意味のあることであり、良いことは良いと認めるべきであるという意見を口にした。これからも拓海たちとの交流を続けていきたいという気持ちも口にする。
 親たちや藤本さんたちが勢いづいたのとは反対に、校長先生や新垣先生の声のトーンが小さくなっていった。正直、このような展開になることを、想像すらしていなかったのだろう。
 親たちから、ボランティアとして、高齢者の家を訪問し元気づける活動を続けることを認めてあげたらどうかという提案が出された。もしも勉強が疎かになるようなことがあれば、それぞれの親が責任をもって注意するという条件付きである。
 親たちからの提案に、藤本さんたちも、そして拓海たちも、かたずをのんで、校長先生と新垣先生からの答えを見守った。
 拓海は、今では、高齢者と接することで、学校では学ぶことのない、生きていくうえで大事なことをいろいろと学べることが自分にとって貴重なことだったのだなと思うようになっていた。
 校長先生と新垣先生の答えは、ボランティアとしてやるのであれば口出しはしないであった。
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