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第五章 エイセルの街

アーティスの場合(3)

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 男はジャンと名乗った。
 ジャンに案内されたのは街外れのぼろ宿だった。

「ここが泊まっている宿だ」

 アーティスにはそこが人の住むような建物には見えなかった。
 警戒心を強めながら、アーティスはジャンの後に付いて中に入っていった。

 ジャンに付いて行くと、周囲の部屋の中で、よりぼろい扉の前で止まった。

「この部屋だ」

 促され、中に入ると、そこには20代前半の女性と、5歳ぐらいの女の子がいた。女性の方はどこか悪いのか、顔色が悪かった。

「お父さん!」

 女の子はジャンの姿を見て笑顔になった。

「あなた!……コホコホ」

 女性の方も気づいたが、すぐに咳き込み始めた。
 ジャンは慌てて女性の背をさすり始めた。

「大丈夫か?」
「ええ。それよりも見苦しいところをお見せして申し訳ないわ」
「いえ、大丈夫です。……どこか悪いんですか?」
「心配をおかけしてごめんなさいね。どこが悪いとかではないのだけれど……」
「アリアは生まれつき体が弱いんだ」
「生まれつき、ですか?」
「ええ」

 アーティスはどこか釈然としないようだった。

「まさか魔咳病か?いや、でも生まれつきなら魔力病の可能性も……」

 アーティスはこの症状の病に心当たりがあった。
 魔咳は感染しても発症することが少ない珍しい病だ。症状としては咳があげられるが、他の病気と併発することも多々あり、見極めが難しい。咳によって徐々に体力が奪われていく。一般に体が弱い者がかかる病気と言われている。確実な治療法は見つかっておらず、ポーション類で体力を回復させる延命治療しかない。
 魔力病は魔咳病に似た病だ。こちらは生まれつき魔力が高い者が患う。自身の魔力が体を蝕んでいく。こちらは治療法も確立されており、定期的に魔力を体外に排出することで治る。ただ、一般庶民には知られておらず、医者には体が弱いだけだと言われ、匙を投げられることも珍しくない。酷い時には命にも関わる。

「魔力病?何だそれは?」

 ジャンはアーティスの呟きを聞き逃さなかった。

「知らないのも無理はありません。珍しい病気で、あまり知られていないですから」
「医者は病気ではないと言った。医者でもないお前がなんでそんなことが言える?」
「言ったでしょう?あまり知られていないって。知っているのはほんの一握り、豪商か王侯貴族ぐらいですよ」
「治療法は?知っているんだろう?」

 ジャンの目は期待に満ちていた。

「ええ」
「教えてくれ!俺はどうなっても良い。アリアを直してやってくれ!」

 ジャンは勢いよく頭を下げた。
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