こうして少女は最強となった

第七章 それぞれの過ごす日々

マリアの1日（３）

「始め！」

　その言葉と同時に男はマリアに向かって駆け出した。普通の人間基準ではなかなかの速さだが、マリアたちの中で一番足の遅いリオナの半分も速度が出ていない。
　反対にマリアはまったく動く気配がなかった。
　男はそれを恐怖で動けなくなったと勝手に解釈して、下卑た笑いを浮かべて切りかかった。

「遅い」

　切っ先がマリアの顔を掠める寸前でマリアはそう呟くと、半身になって避けた。それと同時に後ろに手をついてバク転の要領で距離をとった。その時についでに剣を持った腕を蹴り上げる。

「なっ！」

　男からしてみれば当たる攻撃を避けられただけでなく、再び距離をとられた。しかもその動きは接近していた男には目で追いきれなかった。
　剣を取り落とすことこそなかったが、利き手には無視できないダメージが入った。

「そんな遅い攻撃じゃゴブリンにも殺されるんじゃない？」

　マリアのその言葉に周囲から囃し立てる言葉が上がった。

「フン、逃げてばかりじゃ勝てねぇぜ！」

　精一杯強がると再度マリアに切り込む。
　マリアもそれをただひたすら右に左に移動することで躱した。

「このっ！ちょこまかと、動き、やがって！」

　5分ほどその状態が続けば男の顔に焦りが出始めた。徐々に息も上がってくる。
　対してマリアはまだまだ余裕だった。息が上がる気配すらもない。

「あれ？どうしたの？これぐらい準備運動でしょう？」

　十分な余裕を持って避けながら器用に首を傾げる。
　その言葉に男は愕然としたような表情をした。

「準備、運動、だと？」
「うん。……そろそろ本気で行くね」

　そう言った瞬間マリアは横薙ぎに振られた剣の腹に手をつき宙返りした。そしてそのまま首筋に回し蹴りを放つ。

ゴギャッ

　人体が立てて良い音なのか甚だ疑問な音を立て、男は10メートほど吹っ飛んだ。
　一瞬シンとなった後、騒めきが起こった。

『スゲー、今何が起こったんだ!?』
『あれ？マリアちゃんって確か魔術師だったような……』
『マリアちゃんが戦っているとこ初めて見るがスゲーな』
『人が……吹っ飛んだ？』
『今変な音がしたが大丈夫なのか？あれ……』

　その間にギルガルドは男の様子を確認した。

「まずい。おい！誰かポーションを持って来い！重傷だ！」

　男は生きていたが虫の息だった。

「？これぐらいだったら私、治せますよ？」

　外傷は擦り傷レベルだった。問題は骨の方だが、これぐらいならマリアにとって問題なく治せるレベルだった。

「！治せるのか!?すぐに頼む」
「わかりました『光よ、彼の者の傷を癒やせ、《ヒール》』」

　瞬く間に、とは言わない早送りをするように腫れが引いていくのを冒険者たちは唖然と見ていた。５分もしないうちに完治する。

「これで大丈夫なはずです」
「おお、ありがとな」
「いえいえ」

　頭を掻きながらマリアは焦っていた。

（まさかあんなに吹っ飛ぶとは思っていなかったよ～。名前も知らない冒険者のおじさん、ごめんなさい）