パンドラの予知

花野未季

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その十

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 食べ終えた梅は、机の上に代金を置くと、「ほな、これで」と立ち上がった。
 児島もあわてて立ち、二人は店の外に出た。

 もう一度挨拶しようとした梅に、児島が「お急ぎですか?」と尋ねてくる。
 梅は迷ったが、「いいえ」と答えてしまった。

「じゃあ、もう少しお付き合いくださいませんか? 実はここに来る途中、面白い場所を発見したんです」
「面白い場所?」
「ええ。大阪には、いくつか芝居小屋がありますよね?」
「へえ。ここからは、ちょっと離れてますけど」

「一緒に行ってくれませんか? 一度、芝居を観てみたいと思っていたのですが、なかなか機会に恵まれなくて。何しろ田舎暮らしでしたし、普段は勉強で忙しくて。ただ、ようやく今、秋まで自由の身なんです。それで、こうして都会に来たわけですが」

 くどくどと喋っているが、要は歌舞伎を一緒に観に行ってほしい、というわけか。
「すんまへん。米ちゃん待たしてるし、今日はもうこれで帰らせてもらいます」
 梅はそっけなく言って断った。

「そうですか、仕方ない。じゃあ、もう一つ見つけた面白い場所に行ってもらえませんか? そこは、寄り道程度の場所です」

 果たして彼の言った “もう一つの面白い場所” とは、賑やかな大阪の中でも最も猥雑な場所であった。
 それは、いわゆる見世物小屋と呼ばれる興行が打たれている場所。

 帰り道にあるなら、と梅が承諾し、難波の方角にある稲荷神社まで来た。神社のすぐ脇では、見せ物と “パノラマ” と呼ばれるからくり屋台が開催されており、それらの興行は大人気で、いい大人まで熱中していた。

「こんなん、見たかったんですか?」
 梅が呆れたように言うと、児島は困った様子で「いけませんか?」と言う。

 梅は、児島のような教養のある人間が、こんな下賤なものに興味があるのを不思議に思い、少し興醒めでもあった。
(立派な人と思てたけど、所詮は田舎者なんや)
 娯楽に飢えているのであろう、そう思うことにした。

 木戸銭を払い、暖簾代わりの筵旗むしろばたをめくって小屋掛けの中に入る。薄暗い電灯の下に、大きなおりが五つ、直線に並んでいた。

 客はまばらであった。
 そういえば、今は何時ごろであろうか。すっかり日が暮れて、夜になっているようだ。

(いかん、そろそろ帰らんと晩御飯に間に合わん) 
 米は慣れない場所で、自分の帰りをいまかいまかと待っているであろう。

(けど、小寅ねえさんが相手してくれてるやろな。せっかくやし、もうちょっと遊びたい)
 梅は見世物小屋に来たのは初めてであったが、白状すると、以前から興味津々だったのだ。児島のことを笑えない。

 見せ物は、檻の中の蛇女や一寸法師、怪力男などといった連中が、客が前を通ると芸を披露してくれる。蛇女が鼠を手に、二つに割れた舌先をチロチロと大きな口からのぞかせて、にたにた笑った。

 順繰りに見て行くと、最後に “双生児” と書かれた木の札を立てた檻があった。
 そっくりの女の子たちが、並んで掛け布団にくるまれて横たわっている。
(双子が見世物て。ウチもそうなんか)
 梅は嫌な気持ちになった。

 しかし、その双子が布団を捲り上げ縺れるもつれるように立ち上がった瞬間、梅はハッと息を呑む。双子の片足が繋がっている。二人の足は合わせて三本にしか見えない。

「親の因果が子に報い~」
 独特の節をつけた口上が聞こえて来る。燕尾服を着た若い男が薄笑いを浮かべて、こちらに向かって歩いて来た。
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