パンドラの予知

花野未季

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その十七

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 裕子と高橋が病院に着いた時には、警察の規制線が張られ、病院内に入ることはできなかった。

 高橋は、雅也が亡くなる前に一緒に行動していたということから、警察官に病院の前で事情を聞かれた。
 裕子は離れた場所で見守っていたが、戻ってきた高橋から、雅也の自殺現場に壊れた宝石箱が転がっていたことを教えられる。

 そのことを聞いた裕子は、彼の死を悲しむより、困惑する気持ちのほうが大きかった。
 状況からいって、雅也が箱を道連れにしたのだろうが、何故そんなことをしてしまったのか。
 そして、残された私は、今後壊れた箱にどう対処すればいいのか。

 思いつめた表情の裕子を見ながら、事情を知らない高橋は思った。
 そもそも、最初に雅也と徳子を引き合せたのは自分だ。自分が悪いのか? いや、徳子が悪いのだ。息子みたいな年齢の男に本気になった彼女が。
 みんな、彼女の被害者だ。

 ふふっという女の笑い声が聞こえて、高橋はえっ? とあたりを見回した。
 裕子の周りを、小さな旋風つむじかぜがくるくる舞いながら移動するのが見えた。
 旋風はすぐに消滅した。全て気のせいだ、と高橋は思いたかった。


 裕子の日常は、胸に重石が載せられたような鬱々としたものとなった。

 壊れた宝石箱は警察に回収され、そのあと徳子の家族に届けられたようだが、蓋は割れ、本体もひびが入っていたらしい。
 それは裕子にとっては、ある種、朗報である。
 確証はないが、箱はこれでもう魔力を失ったかもしれない。

 きちんと閉じることもできぬほど蓋が割れているので、使い物にならないとは聞いたが、一方でがらくたと言い切れるのか、と不安は残る。
 しかし、雅也も亡くなり、徳子や箱との接点がなくなってしまった今、箱を貰い受けるのは難しい状況であった。

 裕子は休みの日は相変わらずの図書館めぐりで、何か箱に関する情報がないか探した。平日は仕事の合間に資料室にも行ってみる。

 ある日、江口が「これなんかどう?」と、分厚い写真集のようなものを提示してきた。

「児島コレクション? カタログですか?」
「児島正三郎氏が、私費を投じて作った美術館の収蔵品カタログ。見応えあるよ」

 布張りの表紙を開いた瞬間、裕子の目は中表紙に釘付けになる。
 あの箱の写真が、中表紙を飾っていたからだ。

 解説を読むと、箱は、ギリシャのクレタ島で発掘された紀元前の出土品を模して作られた物らしい。児島正三郎氏の父上が、外遊先でその模造品を気に入り、複数個購入してお土産として日本に持ち帰ったという。

 説明文を読んで固まっている裕子を見て、江口が「どうしたの?」と、声をかけてきた。

「亡くなった児島徳子さんが舅に当たる正三郎さんから同じ物を貰ったらしくて、私も見たことあるんです。この模造品は世界中探せば、いっぱいあるのかなって……」

 江口がどれどれと言って、そのページの裏に書かれている解説文を読み始めた。

「これは児島正三郎氏のお兄さんの物っぽいね。たしか正三郎氏は三人兄弟の末っ子で、上のお兄さんは二人とも、子どもの頃に亡くなってるはず。ただ……」

「ただ?」

「いや、今ふと思ったんだけど。この箱、骨壷じゃないかなって」
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