昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

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13夜会の始まり

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「急ごう、アレス達が待ってる」
「でも、まだ引き継ぎが……」

 サニーへ慌てて首を振るルーナルーナ。そこへミルキーナの声が楽しそうに弾んだ。

「ここで引き止めるなんて、無粋な真似はしないわよね?」

 ミルキーナが壁沿いに整列していた他の侍女達に目配せする。サニー以外の全員が王妃の流し目に恍惚とし、「かしこまりました」の声と同時に頭を下げた。サニーは満足げに頷くと、ひょいっとルーナルーナを簡単に抱き上げて、再び窓の外へ飛び立った。







 王妃の居室から少し遠ざかった時、ルーナルーナはようやく自分が置かれた現状をはっきりと認識した。

(私、サニーとぴったりくっついる! 今なら、明日死んでも後悔しないって思えるわ)

 ルーナルーナが視線を上げると、今日も美しすぎるサニーの顔が目前に迫っていた。サニーはルーナルーナが自分を見ているのに気づいて、ごく自然にほほえみ返す。

「遅くなって、本当にごめんね」
「ううん。来てくれただけで、とってもとっても嬉しいの。サニー、どうもありがとう」

 ルーナルーナの潤んだつぶらな瞳が、サニーの姿をはっきりと映す。今度はサニーが赤面する番だった。サニーはそれを誤魔化すように話を続ける。

「実は、こちらに来れる法則を探してたんだ」
「もしかして、見つかったの?」
「もちろん。必要なのは大量のキプルの実」
「なるほど……」

 キプルの実愛好家のルーナルーナには、心当たりがありすぎた。キプルの実は、少し癖のある味がする。しかし、慣れると病みつきになる甘酸っぱさがあるのだ。キプルの実が食べられることは広く知られているが、植生している場所が大変限られているのと、それを食べようとする人もかなり少ない。うっかり互いの国を行き来してしまう人が、それほど多く出てこないのも納得の話だ。

 サニーはルーナルーナの寮室に戻ってきた。すると、そこにいたのはアレスと一人の女性。

「この方がそうなのね?」
「ルーナルーナ、こちらはレアだよ。アレスの婚約者なんだ。俺と君の衣装一式を一手に引き受けて用意してくれた、今回の立役者なんだよ」

 レアはサニーやアレスとは少し似ているが、ルーナルーナが見たこともないような形式の服を着ていた。何枚もの羽織を重ねたようなもので、腰には太い帯を巻いている。いずれも、濃色だが少し光沢のある生地を使ったもので、それは彼女が上流階級にあることを如実に表現していた。

「はじめまして、レア様。この度はお世話になります」
「いいのよ。こういう仕事は大好きなの。それにしても、私よりも美人がこの世に存在するなんてびっくりだわ! 腕によりをかけて準備したかいがあるというものよ!」

 ルーナルーナは、早速レアの勢いに押され気味になる。と同時に一つの不安が掠めるのであった。

「あの、ご用意くださったドレスとは、レア様が今お召しの物のような形なのでしょうか?」

 レアはルーナルーナの視線に気づいて、自らの衣の裾を少し摘み上げてみせる。

「これはね、『キモノ』と呼ばれるものなのよ。大丈夫。今回のドレスはベースをシャンデル王国仕様にしてあるから安心して! 生地やアレンジはダンクネス王国のものですけど、どこに出しても恥ずかしくない出来なのよ?」

 そこまで言われると、ルーナルーナからは何も言うことはない。レアはパンパンと手を打ち鳴らした。

「さて、ここからは時間との戦いよ! ルーナルーナさんはこれ、キプルの実百粒入りのジュースを飲んで? 一度ダンクネス王国に行って着付けしてから会場入りしましょう!」









 今回の夜会は、シャンデル王国第一王子の誕生日で、その祝賀会がメインイベントだ。使われるダンスホールは建国以来長きに渡って丁寧に管理されており、床は鏡のように磨き上げられ、天井からは垂れ下がる豪華なシャンデリアには無数のクリスタルが使われて、眩いばかりに白い光を放っている。そこかしこに飾り立てられた色とりどりの生花からは、上品な香りが漂っていた。

 夜会は恙無くスタートし、ホール全体に祝いの音楽が流れ始めた頃。ホールの入口が騒然となったのは、まもなく十七の刻になろうかといった時だった。

「誰だ、あれは? あんな貴族、いたか?」
「いや、あれは貴族じゃない。……そうだ! 王妃が可愛がっているとかいう侍女じゃなかったか? あの黒さは滅多に見ないからな。おそらく間違いない」
「それにしてもあのドレス、どこの商人のものかしら? 最近流行し始めたエキゾチックなものね」
「それより、隣の男性はどなたかしら? ねぇ、後で話しかけに行ってみましょうよ! あんな女が侍らせていて良いような男じゃないわ!」
「もしかすると、侍女が他国の要人を案内しているだけかもしれないわよ?」

 さまざまな思惑と囁き声が、小波となって会場のホール内を駆け巡る。それに気づいた主賓の王子は、母親である王妃に尋ねた。

「母上、あの者をご存知ですか?」
「えぇ、もちろん。彼女のことが気になる?」

 王子は微かに頷く。気になるというよりかは、不満を現しているのだった。自分が主役の晴れの舞台において、黒い娘がうろうろするのは、忌々しいことなのだ。

「うふふ、外見しか見ることのできない今のあなたでは、まだまだダメね」
「どういうことでしょうか?」
「彼女はとても有能なの。きっと近い将来、彼女は国を揺るがすようなことをする気がするわ」
「その根拠は?」
「女の勘と言ったところね。あら、そんな顔して信じていないのね? でも、こういった直感も磨かなければ、お父様の跡は継げないわよ?」

 王子は苦々しげに頷いたが、まさか遠からずその侍女の助けを借りることになるとは思いも寄らないのだった。

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