昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

文字の大きさ
14 / 66

14ダンスとは。

しおりを挟む
 ルーナルーナとサニーが寄り添って歩くと、夜会の人混みは自然と道が開けていく。

(どうしよう。すっごく見られているわ。でもドレスの評判は良さそうね。後でレア様に報告して、何かお礼を考えないと)

 平民のルーナルーナにとって、このような場は初めてのこと。参加するのはやはりハードルが高すぎたかと一瞬後悔したが、サニーが彼女を勇気づけるようにしっかりと腰を抱くものだから、ルーナルーナも堂々と前を向いて歩くことができた。すぐに周囲の小声すら聞き取れるゆとりが生まれたのは、年の功かもしれない。さらに言えば、日頃王族と関わる機会が多い彼女にとって、仕事の延長だと思い込みさえすれば、かろうじて正気を保つことができるのだった。

「ルーナルーナ、とっても綺麗だ」

 サニーの目には、ルーナルーナしか映っていなかった。サニーの正体を知らぬ年頃の貴族の娘が狩人のような視線を送っていても、全く気づくそぶりがない。この褒め言葉も、もう十回を軽く超えている。

「サニー、ありがとう。レア様のドレスのセンスが素晴らしいからなのよ」

 ルーナルーナは、身につけたドレスにそっと触れた。最高級の絹を使った生地は、品の良い光沢を放ち、ルーナルーナの雰囲気をいつもよりも柔らかく見せている。ネイビーとホットピンクが入り乱れた一見奇抜な色の取り合わせだが、流行の最先端とも言える異文化風の花草模様が入り乱れている柄は不思議と高貴な華やかさに仕上がっていた。

 ポイントは腰に巻かれた帯。これはサニーと色違いのもので、黒に近い濃紺に金糸の緻密な刺繍がこれでもかと言うほどビッシリに広がっている。シャンデル王国ではみることの無い帯の結び方も大変粋を感じさせるもので、いつも流行を作り出す側の貴族の奥様連中がハンカチを歯噛みする光景まで見られた。

 ルーナルーナの肌の黒さをできるだけ美しく見えるように、レア様が考え抜いてくださったデザインと色合い。その高級さも相まって、着ている本人は完全に気後れしている。

「レアは関係ないよ。たしかに今日は特に雅だと思うけれど、いつもの侍女服でも、寝間着姿でも、ルーナルーナは世界一、いや、どちらの世界においてもルーナルーナは一番素敵なんだ」

 もはや、褒め殺しである。

「でも、何よりこういった場でルーナルーナと一緒にいられることが夢みたいだよ」

 サニーは、遠くに見える一段高くなったところへ座るシャンデル王国の王族を眺めた。

「サニーは、こういう場には慣れているんでしょ?」

 ルーナルーナからすると、サニーのエスコートはとても慣れた雰囲気がしたのだ。しかし答えは意外なものだった。

「俺が夜会に参加するの、これが初めてって言ったらびっくりする?」
「え……」
「俺はダンクネス王国では忌み嫌われている白を生まれながらに纏っている。華やかな場に出ることは、皆に止められているからね」

 サニーは笑いながら悲しい顔をする。ルーナルーナは、すぐには言葉が出なかった。

「それにしても、誕生日をこんなに盛大に祝ってもらえるのって幸せだよね」
「もしかして、誕生日も祝ってもらったことがないの?」

 サニーは肯定も否定もしないが、ルーナルーナには全部分かってしまった。

「サニーの誕生日は、私がお祝いするわ」
「本当に? 俺はこんなに醜い色をしているのに?」
「それは私の方こそだわ」
「じゃ、約束だよ」
「うん、約束よ」

 二人は互いの空いた手の小指を絡ませる。まるで抱き合っているかのような格好になり、周囲からは悲鳴のような声がいくつか上がる。サニーのほほ笑みに婦女子のものだ。

 ルーナルーナ自身も、その笑顔にぼうっとしてしまった。そして、肝心の誕生日を確認することを怠ってしまったのだった。

 その時、ルーナルーナはどこからか強い視線を感じた。それまでも周囲から常に注目されていたが、それらとは一線を画すもの。どこか胸騒ぎしたルーナルーナは、辺りをぐるりと見渡した。

「どうかした?」
「いえ、大丈夫よ」

 と言ったものの、表情は冴えない。誰のとは言い難いが、ルーナルーナがよく知る者からのような気がしたからだ。

「向こうへ行って、少し休む?」

 サニーの気遣いに、ルーナルーナは首を振る。

「いえ、間もなくダンスが始まるわ。ほら、曲がワルツに変わった」
「じゃ、そこ座って一緒に見ようか」
「え?」
「え? ダンスって踊りのことだよね?」

 ルーナルーナは目を瞬かせた。
 シャンデル王国においてダンスとは、男女二人が手を取り合って踊るもの、ダンクネス王国で踊りとは、祝の席などで披露されるプロ集団による踊りで、観劇に近い。今更ながら、文化の違いを感じて、ルーナルーナの常識が通用しないことを知るのだった。

(っていうことは、サニーはダンスが踊れない?!)

 ルーナルーナは悲嘆と焦りを隠しきれているか、とても自信はもてなかった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...