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16レイナス
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時間を少し遡る。夜会のホールが開け放たれ、続々と招待客とそのパートナーが入場する中、レイナスは王族が集う壇上の席からすぐ近くの場所で、派閥の貴族を相手していた。
今年三十五歳になるレイナスは、史上最年少の宰相だ。未だに歳が若いという理由だけ扱き下ろす者もいるが、ここまで上り詰めることができたレイナスの手腕は伊達ではない。その地位にあるだけの確かな頭脳と人脈があり、さらに顔立ちも悪くはなかった。
「宰相殿もそろそろ後妻を迎えられては? せっかくの夜会だ。その齢では一人寝も寂しいだろう」
南部の作物の不作について相談しに来ていた貴族が言った。
レイナスにも五年前までは、伯爵家から迎えた正妻と、男爵家から輿入れした側妻が一人いた。しかし、仕事に打ち込みすぎたあまり家庭を全く顧みなかった彼は、すぐに妻達から見放され、ついには子どもも授からなかった。というのは世間の噂であり、本当のところは誰にも分からない。はっきりしているのは、離縁した妻達が頑なにレイナスの話をすることを拒絶していることだけだ。
レイナスは「またか」と思った。シャンデル王国の南部に大きな領地を持つこの男には、年頃の娘が二人いる。そのどちらかをレイナスに嫁がせようということなのだ。
レイナスは、意図的に残念そうな顔をしてみせた。
「ご心配かたじけない。しかし私はまだまだ宰相としては未熟者。自らのことよりも、この国の行く末の方が気にかかります故、粉骨砕身職務にあたる所存です」
「宰相殿は相変わらず真面目だな。我が領に立ち寄られた折には、忙しい貴殿を癒やすようなもてなしを考えておこう」
レイナスは、往生際の悪い男に内心ため息をつきながら、ぐるりとホール内を見渡した。
(何かあったのか?)
ホール内がにわかにざわついていた。即座に、人々の視線の先を辿る。
(……ルーナルーナ)
レイナスは、日頃の侍女服である黒いベロアのエプロンドレスとは比べものにならない程めかしこんだ、その姿を目に捉えた。思わず頬を緩ませるのだが、すぐにその隣の人物の存在についても認識する。
(誰だ。私の記憶には、あんな貴族はいない。もしや、他国からの流れ者か。それにしても、あの衣装は……)
レイナスは、知らぬ間にルーナルーナの方へ近づいていった。歩きながら、少しずつその怒りは膨らんでいく。
(キュリー、なぜこのことを報告しなかった! 一人で夜会に来たルーナルーナをエスコートし、夜、私の屋敷に連れ込む手筈は全て整っていたというのに……!)
レイナスが初めてルーナルーナと出会ったのは、後宮の入口だった。シャンデル王国では、王が絶対的な権力を持ち、王妃にはそういった直接的な政治的影響力は持てない仕組みになっている。だが王は、頭の良い王妃を飾りとして据えるだけというこにはしなかった。夜な夜な夫婦間では、様々な事柄について話し合われているというのが専らの噂だ。この影響もあり、日中も王と王妃は密に連絡し合うのだが、そこで伝書鳩役になるのが宰相レイナスである。
その日も、レイナスは王から王妃宛への伝言を持って後宮を訪れていた。しかし、たまたま後宮へ入る手続きを怠っていたため、足止めをくらっていたのだった。
「私は忙しいのだ! そこを退け!」
「しかしながら宰相様、これは規則にございます。一度認めると、他の輩が真似するやもしれません。後宮の主である王妃様をお守りするためにも、こればかりはまかり通りません!」
通常、事前に宰相から王妃への先触れを出し、王妃のサインが入った許可の書類が手元に届かない限り後宮へは立ち入れないことになっている。
レイナスが受ける伝言の内容は、何かの比喩を使った暗号めいたものが多い。そのため、真に意味することや、その重要性を知ることはなかったが、こうしておしどり夫婦に振り回され続けることには、そろそろ嫌気がさしていた。
(もういい。王には王妃の都合がつかなったとでも言い訳しておこう。いや、待てよ。こんな嘘、王が今夜王妃の元を訪れれば、すぐに明らかになってしまうのではないか?)
「では、今すぐに許可依頼を書くから、早急に王妃へ届けてくるのだ!」
レイナスは、全身全霊をもって、目の前に立ちふさがる後宮の守り、女騎士を威圧する。そこへ、たまたま通りかかった侍女がいた。
「あの……」
「何だ、お前は」
この時のレイナスは、まだ彼女の名前すら知らない。
「恐れながら申し上げます。只今我が主ミルキーナ様は、離宮にて茶会を催されております。ですから、後宮にはいらっしゃいません」
「離宮で茶会か……」
レイナスからは疲れた声が漏れた。
茶会は国の縮図とも言える。そこへ使い走りのように扱き使われているレイナスが割り入るとなると、参加している貴族連中の奥方からはどう見えるか。王の信頼を受けた家臣と見られれば良いが、この手の女達はそんな都合の良い解釈はしない。能無しが暇を持て余して、茶会を覗きに来たと考えるあたりが妥当である。
つまり、茶会が終わるまでレイナスは伝言を届けることができないのだ。
そこで、途方に暮れたレイナスを救ったのが先程の侍女である。
「あの、宰相様。いつものようなご伝言でしたら、こちらの紙にお書きくださいませ。私はこれから離宮へ参りますから、責任を持ってお届けします」
「お前のような者に盜み見されるわけにはいかないのだ」
「でしたら、手紙の封に魔法を施してくださいませ。宰相様は魔法がお得意だと聞き及んでおります。宰相様がお認めになる方だけが開封できて、ミルキーナ様が開封した時には宰相様に知らせが届くようなものです」
レイナスははっとした。このようなことは、これまで一度も思いつかなったからだ。しかも提案されたのは、かなり高度な魔法になる。
(この肌の薄黒い娘、なかなかに面白い)
この時初めて、レイナスは侍女に本格的な興味をもった。レイナス、この男は、外見で人を判断したりはしない。価値があると思った者には、それ相応の投資をする。そうすることで、これまでも優秀な人材を集めてきた。
(この話、乗ってやろうか。いや、だがこの侍女が離宮に行くまでに手紙が別の者に奪われたら……)
すると驚いたことに、その侍女はレイナスの表情から全てを読み取っていた。
「宰相様、ご心配には及びません。私は見ての通り忌み色を持っていますから、世間一般的にこのような者に近づくような物好きはおりません。また、ミルキーナ様直属であることを示すブローチをつけていますから、私を攻撃することはミルキーナ様を仇なす事と同じ。そんな不届き者はそうそういないでしょう」
レイナスは数秒間、目の前の侍女をマジマジと見つめた。そして。
「良いだろう。おい、そこの騎士。この者を王妃だと思って離宮まで護衛しろ」
先程までレイナスとやり合っていた女騎士は、あからさまに眉をしかめた。しかし、拒否することはできない。宰相に騎士を指揮する権限は無いが、その侍女が王妃のお気に入りであることは知っていたからだ。もしこのまま護衛せずに、侍女に何かがあれば、王妃からの咎が及ぶかもしれない。それを恐れた女騎士は、仕方なく是と返事するのだった。
こうして、王からの伝言は無事に茶会の席にいた王妃の元へ届けられることとなる。
その後、その侍女の計らいで、後宮の入口に待機所が設けられるようになった。見た目にそぐわず行動的なミルキーナの留守中に限って、伝言を伝えにくるレイナスを気の毒に思ってのことだった。
当初レイナスは、自分に親切にするその侍女、ルーナルーナは何か下心があるにちがいないと思い、何かにつけかまをかけていたのたが、いよいよ白と認めざるを得なくなった頃、ようやく自分の気持ちに自覚した。
(私はいったい、どうしてしまったのだろう……)
レイナスが目を閉じると蘇るルーナルーナの笑顔。裏表のない純粋な笑顔は、この国で忌避されている色を纏ってはいるものの、目鼻立ちは素晴らしいバランス。濃い化粧や金のかかる美容を施していないにも関わらず、キメの細かなツヤツヤの肌。黒いことと相まって、白い肌の者では再現できない光をその肉体に宿しているのだ。いつしかレイナスには、ルーナルーナが国一の美少女に思えてならなった。と同時に、己の中で膨れ上がるのはそこはかとない独占欲。
(彼女が欲しい)
妻帯経験はあった。しかし、お飾りの妻達はなんの役にも立たなかった。レイナスを既婚者と言わしめることだけだった。一時は一生女と連れ添うつもりを無くしていたレイナスだったが、それを覆すことになったのてある。
しかし問題はあった。レイナス程の者になると、その妻には器量も要求される。それでなくても、様々な貴族から女をあてがわれそうになって苦労しているのだ。それらを跳ね除けられるだけの外見でなくてはならない。
そして思いついたのが魔法だった。
ルーナルーナは侍女仕事の一環で、簡単な生活魔法を使っている。魔法の適性はあるのだ。そこでレイナスは、ルーナルーナに魔法書を貸し出すことにした。ルーナルーナは元々読書好きで、魔法にも興味があった。さらに、努力家でもあった。
レイナスが渡してくる本は、初めは初歩的なもの。少しずつ難易度は上がって、今では王城に詰める宮廷魔道士と肩を並べる程の知識と腕がある。
そしてレイナスが仕上げとばかり渡している本が、今ルーナルーナが持っているものだ。そこには、髪と肌と瞳の色を変える魔法が書かれてある。レイナスでも難しいものだが、これを彼女が使えるようになれば、レイナスの野望は叶ったも同然なのである。
なぜなら、幸いルーナルーナを慕う者が全くいなかったからだ。ミルキーナはルーナルーナを溺愛しているが、それは同じ女性なので問題ない。
レイナスは、徐々にルーナルーナからの信頼を勝ち得ていることを実感していた上、最近では『レイナス様』と名前で呼ばれることも増えていた。これは、大変良い兆候だった。そのため、今回の夜会はほとんど最後の仕上げになるはずだったのだ。
(それなのに……あれはまるで、恋人同士ではないか! キュリーめ、肝心なことを報告してこないとは何事だ!)
その時、ファーストダンスが終わって、次のワルツの曲が流れ始めた。ルーナルーナの隣の男が彼女の前に跪き、その手にキスをする。
レイナスは、カッとなってホールを飛び出した。
後宮へ向かって。
今年三十五歳になるレイナスは、史上最年少の宰相だ。未だに歳が若いという理由だけ扱き下ろす者もいるが、ここまで上り詰めることができたレイナスの手腕は伊達ではない。その地位にあるだけの確かな頭脳と人脈があり、さらに顔立ちも悪くはなかった。
「宰相殿もそろそろ後妻を迎えられては? せっかくの夜会だ。その齢では一人寝も寂しいだろう」
南部の作物の不作について相談しに来ていた貴族が言った。
レイナスにも五年前までは、伯爵家から迎えた正妻と、男爵家から輿入れした側妻が一人いた。しかし、仕事に打ち込みすぎたあまり家庭を全く顧みなかった彼は、すぐに妻達から見放され、ついには子どもも授からなかった。というのは世間の噂であり、本当のところは誰にも分からない。はっきりしているのは、離縁した妻達が頑なにレイナスの話をすることを拒絶していることだけだ。
レイナスは「またか」と思った。シャンデル王国の南部に大きな領地を持つこの男には、年頃の娘が二人いる。そのどちらかをレイナスに嫁がせようということなのだ。
レイナスは、意図的に残念そうな顔をしてみせた。
「ご心配かたじけない。しかし私はまだまだ宰相としては未熟者。自らのことよりも、この国の行く末の方が気にかかります故、粉骨砕身職務にあたる所存です」
「宰相殿は相変わらず真面目だな。我が領に立ち寄られた折には、忙しい貴殿を癒やすようなもてなしを考えておこう」
レイナスは、往生際の悪い男に内心ため息をつきながら、ぐるりとホール内を見渡した。
(何かあったのか?)
ホール内がにわかにざわついていた。即座に、人々の視線の先を辿る。
(……ルーナルーナ)
レイナスは、日頃の侍女服である黒いベロアのエプロンドレスとは比べものにならない程めかしこんだ、その姿を目に捉えた。思わず頬を緩ませるのだが、すぐにその隣の人物の存在についても認識する。
(誰だ。私の記憶には、あんな貴族はいない。もしや、他国からの流れ者か。それにしても、あの衣装は……)
レイナスは、知らぬ間にルーナルーナの方へ近づいていった。歩きながら、少しずつその怒りは膨らんでいく。
(キュリー、なぜこのことを報告しなかった! 一人で夜会に来たルーナルーナをエスコートし、夜、私の屋敷に連れ込む手筈は全て整っていたというのに……!)
レイナスが初めてルーナルーナと出会ったのは、後宮の入口だった。シャンデル王国では、王が絶対的な権力を持ち、王妃にはそういった直接的な政治的影響力は持てない仕組みになっている。だが王は、頭の良い王妃を飾りとして据えるだけというこにはしなかった。夜な夜な夫婦間では、様々な事柄について話し合われているというのが専らの噂だ。この影響もあり、日中も王と王妃は密に連絡し合うのだが、そこで伝書鳩役になるのが宰相レイナスである。
その日も、レイナスは王から王妃宛への伝言を持って後宮を訪れていた。しかし、たまたま後宮へ入る手続きを怠っていたため、足止めをくらっていたのだった。
「私は忙しいのだ! そこを退け!」
「しかしながら宰相様、これは規則にございます。一度認めると、他の輩が真似するやもしれません。後宮の主である王妃様をお守りするためにも、こればかりはまかり通りません!」
通常、事前に宰相から王妃への先触れを出し、王妃のサインが入った許可の書類が手元に届かない限り後宮へは立ち入れないことになっている。
レイナスが受ける伝言の内容は、何かの比喩を使った暗号めいたものが多い。そのため、真に意味することや、その重要性を知ることはなかったが、こうしておしどり夫婦に振り回され続けることには、そろそろ嫌気がさしていた。
(もういい。王には王妃の都合がつかなったとでも言い訳しておこう。いや、待てよ。こんな嘘、王が今夜王妃の元を訪れれば、すぐに明らかになってしまうのではないか?)
「では、今すぐに許可依頼を書くから、早急に王妃へ届けてくるのだ!」
レイナスは、全身全霊をもって、目の前に立ちふさがる後宮の守り、女騎士を威圧する。そこへ、たまたま通りかかった侍女がいた。
「あの……」
「何だ、お前は」
この時のレイナスは、まだ彼女の名前すら知らない。
「恐れながら申し上げます。只今我が主ミルキーナ様は、離宮にて茶会を催されております。ですから、後宮にはいらっしゃいません」
「離宮で茶会か……」
レイナスからは疲れた声が漏れた。
茶会は国の縮図とも言える。そこへ使い走りのように扱き使われているレイナスが割り入るとなると、参加している貴族連中の奥方からはどう見えるか。王の信頼を受けた家臣と見られれば良いが、この手の女達はそんな都合の良い解釈はしない。能無しが暇を持て余して、茶会を覗きに来たと考えるあたりが妥当である。
つまり、茶会が終わるまでレイナスは伝言を届けることができないのだ。
そこで、途方に暮れたレイナスを救ったのが先程の侍女である。
「あの、宰相様。いつものようなご伝言でしたら、こちらの紙にお書きくださいませ。私はこれから離宮へ参りますから、責任を持ってお届けします」
「お前のような者に盜み見されるわけにはいかないのだ」
「でしたら、手紙の封に魔法を施してくださいませ。宰相様は魔法がお得意だと聞き及んでおります。宰相様がお認めになる方だけが開封できて、ミルキーナ様が開封した時には宰相様に知らせが届くようなものです」
レイナスははっとした。このようなことは、これまで一度も思いつかなったからだ。しかも提案されたのは、かなり高度な魔法になる。
(この肌の薄黒い娘、なかなかに面白い)
この時初めて、レイナスは侍女に本格的な興味をもった。レイナス、この男は、外見で人を判断したりはしない。価値があると思った者には、それ相応の投資をする。そうすることで、これまでも優秀な人材を集めてきた。
(この話、乗ってやろうか。いや、だがこの侍女が離宮に行くまでに手紙が別の者に奪われたら……)
すると驚いたことに、その侍女はレイナスの表情から全てを読み取っていた。
「宰相様、ご心配には及びません。私は見ての通り忌み色を持っていますから、世間一般的にこのような者に近づくような物好きはおりません。また、ミルキーナ様直属であることを示すブローチをつけていますから、私を攻撃することはミルキーナ様を仇なす事と同じ。そんな不届き者はそうそういないでしょう」
レイナスは数秒間、目の前の侍女をマジマジと見つめた。そして。
「良いだろう。おい、そこの騎士。この者を王妃だと思って離宮まで護衛しろ」
先程までレイナスとやり合っていた女騎士は、あからさまに眉をしかめた。しかし、拒否することはできない。宰相に騎士を指揮する権限は無いが、その侍女が王妃のお気に入りであることは知っていたからだ。もしこのまま護衛せずに、侍女に何かがあれば、王妃からの咎が及ぶかもしれない。それを恐れた女騎士は、仕方なく是と返事するのだった。
こうして、王からの伝言は無事に茶会の席にいた王妃の元へ届けられることとなる。
その後、その侍女の計らいで、後宮の入口に待機所が設けられるようになった。見た目にそぐわず行動的なミルキーナの留守中に限って、伝言を伝えにくるレイナスを気の毒に思ってのことだった。
当初レイナスは、自分に親切にするその侍女、ルーナルーナは何か下心があるにちがいないと思い、何かにつけかまをかけていたのたが、いよいよ白と認めざるを得なくなった頃、ようやく自分の気持ちに自覚した。
(私はいったい、どうしてしまったのだろう……)
レイナスが目を閉じると蘇るルーナルーナの笑顔。裏表のない純粋な笑顔は、この国で忌避されている色を纏ってはいるものの、目鼻立ちは素晴らしいバランス。濃い化粧や金のかかる美容を施していないにも関わらず、キメの細かなツヤツヤの肌。黒いことと相まって、白い肌の者では再現できない光をその肉体に宿しているのだ。いつしかレイナスには、ルーナルーナが国一の美少女に思えてならなった。と同時に、己の中で膨れ上がるのはそこはかとない独占欲。
(彼女が欲しい)
妻帯経験はあった。しかし、お飾りの妻達はなんの役にも立たなかった。レイナスを既婚者と言わしめることだけだった。一時は一生女と連れ添うつもりを無くしていたレイナスだったが、それを覆すことになったのてある。
しかし問題はあった。レイナス程の者になると、その妻には器量も要求される。それでなくても、様々な貴族から女をあてがわれそうになって苦労しているのだ。それらを跳ね除けられるだけの外見でなくてはならない。
そして思いついたのが魔法だった。
ルーナルーナは侍女仕事の一環で、簡単な生活魔法を使っている。魔法の適性はあるのだ。そこでレイナスは、ルーナルーナに魔法書を貸し出すことにした。ルーナルーナは元々読書好きで、魔法にも興味があった。さらに、努力家でもあった。
レイナスが渡してくる本は、初めは初歩的なもの。少しずつ難易度は上がって、今では王城に詰める宮廷魔道士と肩を並べる程の知識と腕がある。
そしてレイナスが仕上げとばかり渡している本が、今ルーナルーナが持っているものだ。そこには、髪と肌と瞳の色を変える魔法が書かれてある。レイナスでも難しいものだが、これを彼女が使えるようになれば、レイナスの野望は叶ったも同然なのである。
なぜなら、幸いルーナルーナを慕う者が全くいなかったからだ。ミルキーナはルーナルーナを溺愛しているが、それは同じ女性なので問題ない。
レイナスは、徐々にルーナルーナからの信頼を勝ち得ていることを実感していた上、最近では『レイナス様』と名前で呼ばれることも増えていた。これは、大変良い兆候だった。そのため、今回の夜会はほとんど最後の仕上げになるはずだったのだ。
(それなのに……あれはまるで、恋人同士ではないか! キュリーめ、肝心なことを報告してこないとは何事だ!)
その時、ファーストダンスが終わって、次のワルツの曲が流れ始めた。ルーナルーナの隣の男が彼女の前に跪き、その手にキスをする。
レイナスは、カッとなってホールを飛び出した。
後宮へ向かって。
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