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22手がかり
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キュリーからの朗報という名の提案は、ルーナルーナにとってにわかに信じられないものだった。
(まさかキュリーが、サニーと私のことを応援してくれるなんて……そんなことをしても、キュリーには何も良いことがないのに)
ルーナルーナは、応援に必要な情報収集という名目でキュリーからさんざんサニーのことを問い正され、結局洗いざらい話してしまった。キュリーの奢りで甘味と上等の紅茶を飲んだにも関わらず、精神的な披露は甚だしいものがある。所謂恋バナにあたるものだが、ルーナルーナにとってこんな羞恥体験は初めてなのであった。
どこかトボトボとした足取りのルーナルーナだが、どこか現実味の無い話にも関わらず、キュリーが熱心に聞き入ってくれたことに嬉しさも感じていた。
ルーナルーナは後宮を目指して歩いていた。もう今日の残りは寮室に引きこもって読書しながら現実逃避し、英気を養いたいところ。しかし、またもやルーナルーナの前に予想外の事態が立ちはだかる。
「ルナ、また会ったね」
「ヒート様」
ルーナルーナが声のする方を振り向くと、ヒートはさも当然という風に彼女の隣を歩き始めた。
「ラブレターは読んでくれた?」
「怪しい紙はいただきましたが、未だに読んでいません。何かご用ですか?」
後宮に出入りする商人が侍女に唾をつけることはよくある。あからさまなものでなければ、王妃も黙認していることだ。そうでなければ、後宮に上がった侍女はあまりにも閉鎖的な場所で長い時間を過ごすことになってしまう。商人に目をつけられた侍女は、外の世界との伝手を作り、それを仕事に活かすも実家の利益に繋げるも、はたまた自身の結婚への道を開くも、その女次第。ルーナルーナは、まずヒートの目的を探りたいと思った。ヒートがルーナルーナの知りたいことを知っている可能性は高い。だが、知ることで失う代償はあらかじめ理解しておかねばならない。
「そんなに警戒されたらショックだなぁ。僕は高貴な色を纏っていないけれど、この髪の色も、顔の作りも、けっこう自信があるんだけどなぁ」
「私、急いでおりますので」
ヒートはまた遠からず後宮を訪れる可能性が高い。接触するならばその時でも良いと思ったルーナルーナは、歩みを速めた。
「そうだよね。分かってるよ。確かにサニウェル王子は、僕なんかと比べ物にならないぐらいの美男子だし。何より君に一途なところがいいよね」
これには、ルーナルーナも立ち止まらざるをえなかった。
「サニウェル……王子?」
ルーナルーナの表情を見て、ヒートは慌てて口元を手で覆う。
「夜会での君たちは見てるほうが胸焼けしそうだったよ。って、もしかして……まだ知らなかった?」
サニーのことを王子様みたいだと思ったことはある。でも本当に王子だなんて聞いていない。
(そっか。サニーは王子様……私の手が届かないところにいる、雲の上のお方。どうして私の大切な人は、いつも遠いところにいるの……?)
「え? 泣かないでよ? そこまで悪いこと言ったかな?!」
ルーナルーナの瞳から、音も立てずに涙がつっと流れる。ヒートは、周囲の通行人から自分が彼女を泣かしたと見られていることに気づき、慌ててルーナルーナを路地に引き込むのだった。そしてそのまま、ルーナルーナの手を握ったまま走り出す。
「どこに行くんですか?!」
「うちの店。すぐに着くよ!」
それから十分後。咄嗟に自身の足へ肉体強化の魔法をかけたルーナルーナは、意外にも息切れしていなかった。
(連れ去られたも同然なのに落ち着いてるし、さっきの魔法と言い、これは将来すごい姫さんになりそだな)
ヒートはニヤニヤしながら、ルーナルーナを自身の店へ招き入れた。
「ようこそ! ここがシャンデル王国とダンクネス王国を股にかけて今一番儲かっている大店『トワイライト』だよ」
目の前には白い華奢なティーカップがあり、そこからは芳しい紅茶の香りが立ち上っている。ルーナルーナは案内された部屋のふかふかのソファに座り、キョロキョロと周りを見渡していた。そこは見事にシャンデル王国の文化とダンクネス王国の文化が融合していて、絶妙なハーモニーが今どきを演出している。
(なるほど。最近流行りのエキゾチックなものって、ここから発信されていたのね)
ルーナルーナが一人納得していくと、ここへ彼女を連れてきた本人がようやく戻ってきた。
「さて、何から話そうか」
「あなたは、どうやってダンクネス王国に行っているのですか?」
「早速本題に入るんだね。いいよ。あれ、持ってきて!」
ヒートは店の使用人と思しき女性に声をかけた。すると一分もかからないうちに、小さな小瓶が机の上に運ばれてきた。
「これは……」
思わずそれに手を伸ばそうとするルーナルーナ。ヒートは、小瓶をすっと自身の方へ引き寄せる。
「この手の店では、気軽に商品へ手を触れない方がいいよ。価格も分からないのだからね?」
ルーナルーナははっと息を飲んで、その瓶を見つめた。赤紫のドロリとしたものが詰められている。
「これは、キプルの実のジャムですか?」
(まさかキュリーが、サニーと私のことを応援してくれるなんて……そんなことをしても、キュリーには何も良いことがないのに)
ルーナルーナは、応援に必要な情報収集という名目でキュリーからさんざんサニーのことを問い正され、結局洗いざらい話してしまった。キュリーの奢りで甘味と上等の紅茶を飲んだにも関わらず、精神的な披露は甚だしいものがある。所謂恋バナにあたるものだが、ルーナルーナにとってこんな羞恥体験は初めてなのであった。
どこかトボトボとした足取りのルーナルーナだが、どこか現実味の無い話にも関わらず、キュリーが熱心に聞き入ってくれたことに嬉しさも感じていた。
ルーナルーナは後宮を目指して歩いていた。もう今日の残りは寮室に引きこもって読書しながら現実逃避し、英気を養いたいところ。しかし、またもやルーナルーナの前に予想外の事態が立ちはだかる。
「ルナ、また会ったね」
「ヒート様」
ルーナルーナが声のする方を振り向くと、ヒートはさも当然という風に彼女の隣を歩き始めた。
「ラブレターは読んでくれた?」
「怪しい紙はいただきましたが、未だに読んでいません。何かご用ですか?」
後宮に出入りする商人が侍女に唾をつけることはよくある。あからさまなものでなければ、王妃も黙認していることだ。そうでなければ、後宮に上がった侍女はあまりにも閉鎖的な場所で長い時間を過ごすことになってしまう。商人に目をつけられた侍女は、外の世界との伝手を作り、それを仕事に活かすも実家の利益に繋げるも、はたまた自身の結婚への道を開くも、その女次第。ルーナルーナは、まずヒートの目的を探りたいと思った。ヒートがルーナルーナの知りたいことを知っている可能性は高い。だが、知ることで失う代償はあらかじめ理解しておかねばならない。
「そんなに警戒されたらショックだなぁ。僕は高貴な色を纏っていないけれど、この髪の色も、顔の作りも、けっこう自信があるんだけどなぁ」
「私、急いでおりますので」
ヒートはまた遠からず後宮を訪れる可能性が高い。接触するならばその時でも良いと思ったルーナルーナは、歩みを速めた。
「そうだよね。分かってるよ。確かにサニウェル王子は、僕なんかと比べ物にならないぐらいの美男子だし。何より君に一途なところがいいよね」
これには、ルーナルーナも立ち止まらざるをえなかった。
「サニウェル……王子?」
ルーナルーナの表情を見て、ヒートは慌てて口元を手で覆う。
「夜会での君たちは見てるほうが胸焼けしそうだったよ。って、もしかして……まだ知らなかった?」
サニーのことを王子様みたいだと思ったことはある。でも本当に王子だなんて聞いていない。
(そっか。サニーは王子様……私の手が届かないところにいる、雲の上のお方。どうして私の大切な人は、いつも遠いところにいるの……?)
「え? 泣かないでよ? そこまで悪いこと言ったかな?!」
ルーナルーナの瞳から、音も立てずに涙がつっと流れる。ヒートは、周囲の通行人から自分が彼女を泣かしたと見られていることに気づき、慌ててルーナルーナを路地に引き込むのだった。そしてそのまま、ルーナルーナの手を握ったまま走り出す。
「どこに行くんですか?!」
「うちの店。すぐに着くよ!」
それから十分後。咄嗟に自身の足へ肉体強化の魔法をかけたルーナルーナは、意外にも息切れしていなかった。
(連れ去られたも同然なのに落ち着いてるし、さっきの魔法と言い、これは将来すごい姫さんになりそだな)
ヒートはニヤニヤしながら、ルーナルーナを自身の店へ招き入れた。
「ようこそ! ここがシャンデル王国とダンクネス王国を股にかけて今一番儲かっている大店『トワイライト』だよ」
目の前には白い華奢なティーカップがあり、そこからは芳しい紅茶の香りが立ち上っている。ルーナルーナは案内された部屋のふかふかのソファに座り、キョロキョロと周りを見渡していた。そこは見事にシャンデル王国の文化とダンクネス王国の文化が融合していて、絶妙なハーモニーが今どきを演出している。
(なるほど。最近流行りのエキゾチックなものって、ここから発信されていたのね)
ルーナルーナが一人納得していくと、ここへ彼女を連れてきた本人がようやく戻ってきた。
「さて、何から話そうか」
「あなたは、どうやってダンクネス王国に行っているのですか?」
「早速本題に入るんだね。いいよ。あれ、持ってきて!」
ヒートは店の使用人と思しき女性に声をかけた。すると一分もかからないうちに、小さな小瓶が机の上に運ばれてきた。
「これは……」
思わずそれに手を伸ばそうとするルーナルーナ。ヒートは、小瓶をすっと自身の方へ引き寄せる。
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