昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

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24打ち明けられない想い

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 自身の体に肉体強化の魔法をかける。魔法は、しっかりとそのイメージを思い描くことで発動するのだ。

 ここは、後宮からはまだ遠い。ルーナルーナが後宮の侍女だとバレるのも、今後のことを考えると不味いだろう。ルーナルーナは知らない路地を選び、さらに走るスピードを上げる。しばらくして、今どこにいるか分からなくなった頃、ルーナルーナは物陰に隠れて座り込んだ。

(サニー……)

 冷静に魔法を駆使して逃げたものの、恐怖感は簡単に拭えなかった。相手は犬を連れている。犬は鼻もきくが、走りも早い。

(時間が無いわ)

 ルーナルーナは素早く鞄を開けると、中から小瓶を取り出した。瓶は魔法によって厳重に封されていたが、これぐらいの細工、ルーナルーナには通用しない。一気に開封すると、飲み物のようにあおり、口の中へ流し込んだ。

(サニー。サニー。お願い、サニーのところへ連れてって……)





 まだ昼過ぎだと言うのに、生きとし生ける者が寝静まっているダンクネス王国。そこへ、一人の女性がその姿を現した。

(ここはどこ?)

 ルーナルーナが辿り着いた場所は、狭い部屋だった。部屋の端と端にベッドがあり、それぞれの布団は大きく膨れていることから大人が眠っているものだと思われる。ルーナルーナは、窓に向かって右側のベッドへ、足音を忍ばせながら近づいていった。そして、掛け布団を少し下へずらしたその瞬間。

「きゃっ!」
「あ……ルーナルーナだ……夢の中に来てくれたんだね……会いたかった……もう離れたくない」

 そのベッドの主、サニーはルーナルーナを抱き枕のように抱え込むと、あっという間に布団の中へ引き込んでしまった。突然抱きしめられて緊張のあまりカチカチになったルーナルーナの体の線を、サニーの指がなぞっていく。

「ルーナルーナ……」

 うわ言のように名前を呼び続けるサニー。ルーナルーナは胸や尻まで触られて、羞恥心で死にそうだったが、サニーの腕の中にいるという安心感は疲れていた彼女を眠りの国へ誘っていく。すぐに、二人の小さな寝息が重なり始めるのだった。一方、向かいのベッドにいるメテオは、ばっちり目を冷ましていた。

(このままあの二人がおっぱじめだら、明日は朝から娼館行くからな! 絶対に行くからな!)








 そして、ダンクネス王国における朝。ベッドの上には正座させられているサニーがいた。

 ルーナルーナがダンクネス王国で眠ったにも関わらず、シャンデル王国に帰ってしまわなかったこと、そしてようやくの再会に喜びを分かち合ったのも束の間。ルーナルーナが急に怒りだしたのだった。

「もし他の女性だとしてもあんなことしたの?! 信じられない!」
「いや、違うんだ。顔を見てルーナルーナだと思ったんだよ。匂いもそうだったし。でも、ずっとこっちへ来てくれていなかったから、もう嫌われてしまったのかと思って。だから、きっとこれは夢だと……」
「嫌うわけないわ。むしろ私は……」

 顔を赤らめて黙り込むルーナルーナ。最後まで言ってしまいたかった。だが、相手は王子だ。平民の彼女が思いを告げて良い相手ではない。寸出のところで思いとどまり、代わりに熱い視線で思いを語る。

(サニー。私、自分でも驚いてるの。私、元々こんな無鉄砲なタイプではないのよ? 今までの私なら、こんな苦労したり危険を犯したりしてまで、恋に夢中になれなかった。でも、相手があなただから、どうしても諦めきれないの。そんな私をどうか許して)

「サニー……いえ、サニウェル王子。私はずっとあなたに会いたかったわ。できることならば、これからも……」

 サニーは王子という言葉に反応した。少し眉を下げて、小さくため息をつく。

「ルーナルーナ、それをどこで知ったの?」

 ルーナルーナは、すぐにサニーの質問に答えなかった。

「サニー。サニーは、二つの世界が一つになってほしいと思う?」

 次の瞬間、急激に部屋の中の緊張感が高まった。ルーナルーナは驚いて、自らを抱きしめるようにして身震いする。

「詳しく聞かせてもらおうか」

 そこへ問いかけてきたのは、ルーナルーナの知らない男だった。そう言えば同室の方がもう一人いたのだと思い返し、再び羞恥が押し寄せてくる。

「あの……私はシャンデル王国ミルキーナ王妃付きの侍女で、ルーナルーナと申します。恐れ入りますが、あなた様は……」
「メテオと呼んで? やっと会えたね、サニーのお姫様。噂以上の美人だ。これはサニーが夢中になるわけだ」
「俺は外見だけに惹かれたわけじゃない」
「はいはい、惚気はまた今度な。それより、その話。詳しく聞かせてくれない?」

 ルーナルーナはこくりと頷いて、今朝から自分の身に起こったことを全て話した。キュリーという協力者を得たこと。二つの世界を行き来する商人、ヒートの話。ヒートがキプルの実のジャムを販売していること。最後に、犬を連れた怪しげな黒マントの男の話。

「そういえば、本屋の新刊の棚でも、二つの世界を題材にした小説がたくさん出ていて、私は三冊も買ってしまったんです」

 ルーナルーナは鞄から本を取り出し、ベッドのサイドテーブルに並べてみせた。男二人はそれらを睨むようにして見下ろした。

「サニー、この件はこの国だけのことじゃないな」
「そのようだ。我が国で取り締まったところで、シャンデル王国でこの思想が蔓延しているとあれば、解決することはないだろう」
「ところでさ」

 メテオは、さりげない風を装ってサニーに問いかける。

「サニーは、二つの世界が一つになれば良いと思わないの?」

 もし一つになれば、互いの世界の価値観は破壊され、色黒のルーナルーナも、色白のサニーも、迫害されることはなくなるかもしれない。さらに言えば、キプルの実という特別な物が無くても二人は自由に逢瀬を重ねることができるのだ。

 サニーは、ルーナルーナに向き直り、その手を取った。

「俺は、これ以上ルーナルーナを危険な目に遭わせたくない。それだけだ」

 サニーは質問に答えなかった。しかしこれは、ルーナルーナのこのを大切に思っての言葉。それはルーナルーナにだってよく理解している。なのに、自分の心が血の涙を流しているかのように感じられるのだった。

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