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46分割の儀式
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翌朝の食事の席。ルーナルーナは今度こそサニーの話に驚きを隠せなかった。
「とっても嬉しいけど……いえ、嬉しいのよ、本当に」
ついつい返事がたどたどしくなってしまう。サニーから、昨夜の魔術について説明があったのだ。
あの時サニーが使った魔術は、ダンクネス王家の秘術で、王族直系の男子のみが、一生に一度だけ使えるというプロポーズのためのものだったのだ。もしあの時、ルーナルーナと愛し合うことができていなければ、魔法は無効になってしまい、もう二度と同じ魔法を使うことができなくなっていたと言う。それだけ、サニーはルーナルーナに本気だったということだ。
「これで俺とルーナルーナは、どこにいてもお互いの存在を感じ取ることができるんだ」
「なるほど、そういうことだったのね。今朝起きてから何となく不思議な感覚があったの。これで少しぐらい離れていることがあっても寂しくないわ!」
感激するルーナルーナを尻目に、壁際でメテオはやれやれとばかりに頭を掻く。
(つまるところ、浮気防止とか常時監視とか、そういう意味にもなるんだけどな。ま、本人が浮かれているならそれでいいか)
そこへ、アレスとオービットがやってきた。
「兄上、ようやく術式を習得しました! 遅くなって申し訳ございません」
「待たせて悪かった。結局二人で勉強会やってたんだ」
「そんなこと言いながら、アレスはレアのところで……」
「お前、オービット、それは秘密にしておくって!」
「僕は真実をうっかり言ってしまっただけで」
「何がうっかりだ?! ワザとだろ!」
すっかり仲良くなってしまった二人に、サニーは苦笑する。
「これじゃ、どちらが本当の兄か分からないな」
「兄上?! そんなつもりでは……!」
「こんな出来の悪い弟なんかいらん」
「アレス、それはさすがに不敬だぞ!」
メテオも混じって、男四人は朝から仲が良い。ルーナルーナはそれをニコニコしながら眺めていた。
「それにしても、あれから姫さんは一度もシャンデルに帰っていないみたいだな」
ひとしきり皆で笑った後、メテオがふと疑問を呈した。ルーナルーナは、少し困ったように眉を下げる。
「えぇ、そうなの。ジーク様やリング様は何度もキプルジャムを使って往復しているというのに。一応私の事情はミルキーナ様に言付けてもらっているし、仕事の引き継ぎメモも同僚に渡してもらっているから、ほとんど問題は起きていないと思うのだけど……」
ルーナルーナは本来仕事人間だ。サニーとイチャイチャするだけでなく、ちゃんと様々な段取りも済ませていたのだ。
「ルーナルーナ、シャンデル王国に帰りたいの?」
サニーは明らかに不満そうだ。ルーナルーナさえ良いならば、もうこのままずっとダンクネス王国に居てもらいたいと言う言葉が口から出かかっている。
「サニーとはずっと一緒にいたいけど、やっぱりいろんなことを片付けるためには一度戻らないと」
「そうか……」
「だって大人だもの。責任をもてる人でありたいの」
サニーは押し黙るしかない。
「サニー、私がダクーに留まれる理由はあなたにあると思うの」
ルーナルーナは、大巫女が亡くなる直前に話したことが頭をよぎった。
「今、この時からは、シャンデル王国に帰れるまで私に触れるのは禁止ね!」
「そんなぁ……?!」
メテオは、はっと息を飲んだ。
(なるほど。男女でそういう関係になれば、元の世界には戻れなくなる仕組みなのか。女神も粋な計らいをするもんだ)
アレスも何か勘づいたらしく、肘でサニーを小突く。
「サニー、あまり聞き分けが悪いとルーナルーナに嫌われるぞ」
「お前に言われたくない!」
その時、ルーナルーナの目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。白い光と共に現れたのは……
「ジーク様! それにリング様も!」
「待たせたな。シャンデル王国でも早急にせねばならないことが多くて、すっかり遅くなってしまった」
実は、ジークとリングも瞬間移動の魔法を習得したのだ。そのため、キプルジャムでダンクネス王国に到着した後は、一度行ったことのある場所や目視できる場所であければ、自由に行き来できる。
それにしても、リングはかなり疲れた様子だ。ルーナルーナは、またエアロスにこき使われたのかと察して、心の中で合掌する。対するジークは、これから大きな魔法を使うことを余程楽しみにしているのか、どこかツヤツヤしていた。
「どうやら、全員が術式の習得に成功したようだな」
サニーはジークに頷き返すと、フォークとスプーンを置いて、皆の輪に加わった。
「事は急を要す。魔法の行使は早速で構わないか?」
全員が是と答える。
「オービット、神具は用意できているな?」
「はい!」
「では、参ろうか。世界を元通りにするために!」
王城の地下にも教会はある。神具の分割はここで行われることになった。一応、女神像と祭壇もある。王家に関わる祈祷などが行われる聖域。一般人が決して入ってこれない空間は、世界を操る秘事をするにはぴったりの場所だった。
シャンデル側はエアロスが、ダンクネス側はオービットの暴走により引き起こされた人災とも呼ばれる非常事態。この責任の所在を有耶無耶にしたい両国は、なるべく少人数で事に当たろうとしていた。本来、このような強大な魔法を行使する際は、もっと頭数を増やして挑むものだが、それができない今、一人ひとりの責任はかなり重いものになっている。
「いいか、失敗は許されない。誰かが魔力を出しすぎたり、少なすぎたりしてもいけない。均等に、神具の中央へ注ぎ込むんだ」
ジークが、これから行われる儀式とも呼べる大魔法の注意事項を話していた。
「もし失敗したら、より多くの混乱と混沌を生むことになるだろう。両国共に、思うところはあるかもしれない。だが今だけは、手を取り合って必ず魔法を成功させよう。それこそが、我々が明日を生きるための、唯一の道なのだ!」
残りの六名がそれぞれに頷く。瞬時に空気が張り詰めた。サニーが全員に目配せをする。
「行くぞ!」
それを合図に、七名全員の頭上に複雑な術式が展開されていく。それは金のインクを使って書いた魔法陣のようなもので、幾重にも重なり合って、さらにそれらが立体的な繋がりを持ち合い、天井へ広がっていく。教会の祈祷室の上空が金色の光で満たされると、次は全員の利き手に白と青の光が宿った。
準備は整った。
「今だ!」
七名の手から、レーザービームのような強烈な光の帯が一気に神具中央に向かって注いでいく。ルーナルーナは目を開けていられないぐらいの眩しさと、吹き上がる風に目を細めながらも、必死で魔力量と照準を制御し続けた。
(すごい……どんどん魔力が吸い取られていく……これ、いつまで続くのかしら?!)
元々魔力量の多いルーナルーナでさえ、汗が噴き出てくる。気絶寸前の綱渡り状態で、息も切れ切れに集中力を持続させていた。
(もう駄目……でもここで止めるわけには……!!)
とは言え、限界はもう目の前にまで迫っていた。
「ルーナルーナ! きっとあと一息だ!」
「サニー!!」
ルーナルーナのほとんど悲鳴のような声が響き渡ったその時。全員の魔力を受けて光の玉のようになっていた神具に異変が起きた。
それは、噴水のように。
それは、地底のマグマのように。
それは、全ての人類の喜びと悲しみのように。
世界の理から外れた何かが、溢れて、溢れて、溢れ出して、太い光の柱となって天井を突き破った。
轟音と共に、地下天井に網の目状に亀裂が走り抜けていく。それでも尚、光の柱の輝きは絶えることがない。この世と女神が住まうというあの世を繋ぐ橋のようで。
そう、それはこの世で最も美しい破滅に見えたのだ。
「不味い! 天井が崩れる!」
「神具は割れたのか?!」
「分からない!」
天井や壁の一部が剥がれて落下し始めた。巻き上がる土煙。辺りに響く残虐な重低音。強烈な光で、視界は白く霧がかっていて、ほとんど目の前ですらよく見えない。
「ルーナルーナ!!」
サニーは、つい先程まで隣にいたルーナルーナの方へ手を伸ばす。しかし、手は空を切るだけ。
「ルーナルーナ?!」
だが、サニーの呼びかけに応えるルーナルーナの声は、ついぞ聞こえることはなかったのである。
「とっても嬉しいけど……いえ、嬉しいのよ、本当に」
ついつい返事がたどたどしくなってしまう。サニーから、昨夜の魔術について説明があったのだ。
あの時サニーが使った魔術は、ダンクネス王家の秘術で、王族直系の男子のみが、一生に一度だけ使えるというプロポーズのためのものだったのだ。もしあの時、ルーナルーナと愛し合うことができていなければ、魔法は無効になってしまい、もう二度と同じ魔法を使うことができなくなっていたと言う。それだけ、サニーはルーナルーナに本気だったということだ。
「これで俺とルーナルーナは、どこにいてもお互いの存在を感じ取ることができるんだ」
「なるほど、そういうことだったのね。今朝起きてから何となく不思議な感覚があったの。これで少しぐらい離れていることがあっても寂しくないわ!」
感激するルーナルーナを尻目に、壁際でメテオはやれやれとばかりに頭を掻く。
(つまるところ、浮気防止とか常時監視とか、そういう意味にもなるんだけどな。ま、本人が浮かれているならそれでいいか)
そこへ、アレスとオービットがやってきた。
「兄上、ようやく術式を習得しました! 遅くなって申し訳ございません」
「待たせて悪かった。結局二人で勉強会やってたんだ」
「そんなこと言いながら、アレスはレアのところで……」
「お前、オービット、それは秘密にしておくって!」
「僕は真実をうっかり言ってしまっただけで」
「何がうっかりだ?! ワザとだろ!」
すっかり仲良くなってしまった二人に、サニーは苦笑する。
「これじゃ、どちらが本当の兄か分からないな」
「兄上?! そんなつもりでは……!」
「こんな出来の悪い弟なんかいらん」
「アレス、それはさすがに不敬だぞ!」
メテオも混じって、男四人は朝から仲が良い。ルーナルーナはそれをニコニコしながら眺めていた。
「それにしても、あれから姫さんは一度もシャンデルに帰っていないみたいだな」
ひとしきり皆で笑った後、メテオがふと疑問を呈した。ルーナルーナは、少し困ったように眉を下げる。
「えぇ、そうなの。ジーク様やリング様は何度もキプルジャムを使って往復しているというのに。一応私の事情はミルキーナ様に言付けてもらっているし、仕事の引き継ぎメモも同僚に渡してもらっているから、ほとんど問題は起きていないと思うのだけど……」
ルーナルーナは本来仕事人間だ。サニーとイチャイチャするだけでなく、ちゃんと様々な段取りも済ませていたのだ。
「ルーナルーナ、シャンデル王国に帰りたいの?」
サニーは明らかに不満そうだ。ルーナルーナさえ良いならば、もうこのままずっとダンクネス王国に居てもらいたいと言う言葉が口から出かかっている。
「サニーとはずっと一緒にいたいけど、やっぱりいろんなことを片付けるためには一度戻らないと」
「そうか……」
「だって大人だもの。責任をもてる人でありたいの」
サニーは押し黙るしかない。
「サニー、私がダクーに留まれる理由はあなたにあると思うの」
ルーナルーナは、大巫女が亡くなる直前に話したことが頭をよぎった。
「今、この時からは、シャンデル王国に帰れるまで私に触れるのは禁止ね!」
「そんなぁ……?!」
メテオは、はっと息を飲んだ。
(なるほど。男女でそういう関係になれば、元の世界には戻れなくなる仕組みなのか。女神も粋な計らいをするもんだ)
アレスも何か勘づいたらしく、肘でサニーを小突く。
「サニー、あまり聞き分けが悪いとルーナルーナに嫌われるぞ」
「お前に言われたくない!」
その時、ルーナルーナの目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。白い光と共に現れたのは……
「ジーク様! それにリング様も!」
「待たせたな。シャンデル王国でも早急にせねばならないことが多くて、すっかり遅くなってしまった」
実は、ジークとリングも瞬間移動の魔法を習得したのだ。そのため、キプルジャムでダンクネス王国に到着した後は、一度行ったことのある場所や目視できる場所であければ、自由に行き来できる。
それにしても、リングはかなり疲れた様子だ。ルーナルーナは、またエアロスにこき使われたのかと察して、心の中で合掌する。対するジークは、これから大きな魔法を使うことを余程楽しみにしているのか、どこかツヤツヤしていた。
「どうやら、全員が術式の習得に成功したようだな」
サニーはジークに頷き返すと、フォークとスプーンを置いて、皆の輪に加わった。
「事は急を要す。魔法の行使は早速で構わないか?」
全員が是と答える。
「オービット、神具は用意できているな?」
「はい!」
「では、参ろうか。世界を元通りにするために!」
王城の地下にも教会はある。神具の分割はここで行われることになった。一応、女神像と祭壇もある。王家に関わる祈祷などが行われる聖域。一般人が決して入ってこれない空間は、世界を操る秘事をするにはぴったりの場所だった。
シャンデル側はエアロスが、ダンクネス側はオービットの暴走により引き起こされた人災とも呼ばれる非常事態。この責任の所在を有耶無耶にしたい両国は、なるべく少人数で事に当たろうとしていた。本来、このような強大な魔法を行使する際は、もっと頭数を増やして挑むものだが、それができない今、一人ひとりの責任はかなり重いものになっている。
「いいか、失敗は許されない。誰かが魔力を出しすぎたり、少なすぎたりしてもいけない。均等に、神具の中央へ注ぎ込むんだ」
ジークが、これから行われる儀式とも呼べる大魔法の注意事項を話していた。
「もし失敗したら、より多くの混乱と混沌を生むことになるだろう。両国共に、思うところはあるかもしれない。だが今だけは、手を取り合って必ず魔法を成功させよう。それこそが、我々が明日を生きるための、唯一の道なのだ!」
残りの六名がそれぞれに頷く。瞬時に空気が張り詰めた。サニーが全員に目配せをする。
「行くぞ!」
それを合図に、七名全員の頭上に複雑な術式が展開されていく。それは金のインクを使って書いた魔法陣のようなもので、幾重にも重なり合って、さらにそれらが立体的な繋がりを持ち合い、天井へ広がっていく。教会の祈祷室の上空が金色の光で満たされると、次は全員の利き手に白と青の光が宿った。
準備は整った。
「今だ!」
七名の手から、レーザービームのような強烈な光の帯が一気に神具中央に向かって注いでいく。ルーナルーナは目を開けていられないぐらいの眩しさと、吹き上がる風に目を細めながらも、必死で魔力量と照準を制御し続けた。
(すごい……どんどん魔力が吸い取られていく……これ、いつまで続くのかしら?!)
元々魔力量の多いルーナルーナでさえ、汗が噴き出てくる。気絶寸前の綱渡り状態で、息も切れ切れに集中力を持続させていた。
(もう駄目……でもここで止めるわけには……!!)
とは言え、限界はもう目の前にまで迫っていた。
「ルーナルーナ! きっとあと一息だ!」
「サニー!!」
ルーナルーナのほとんど悲鳴のような声が響き渡ったその時。全員の魔力を受けて光の玉のようになっていた神具に異変が起きた。
それは、噴水のように。
それは、地底のマグマのように。
それは、全ての人類の喜びと悲しみのように。
世界の理から外れた何かが、溢れて、溢れて、溢れ出して、太い光の柱となって天井を突き破った。
轟音と共に、地下天井に網の目状に亀裂が走り抜けていく。それでも尚、光の柱の輝きは絶えることがない。この世と女神が住まうというあの世を繋ぐ橋のようで。
そう、それはこの世で最も美しい破滅に見えたのだ。
「不味い! 天井が崩れる!」
「神具は割れたのか?!」
「分からない!」
天井や壁の一部が剥がれて落下し始めた。巻き上がる土煙。辺りに響く残虐な重低音。強烈な光で、視界は白く霧がかっていて、ほとんど目の前ですらよく見えない。
「ルーナルーナ!!」
サニーは、つい先程まで隣にいたルーナルーナの方へ手を伸ばす。しかし、手は空を切るだけ。
「ルーナルーナ?!」
だが、サニーの呼びかけに応えるルーナルーナの声は、ついぞ聞こえることはなかったのである。
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