昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

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58ずっと一緒

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 サニーは部屋に入るなり、ルーナルーナに抱きついてきた。その勢いであっという間に押し倒されるルーナルーナ。

「今日もすっごく綺麗だった!」
「サニーも素敵だったわ」

 ルーナルーナは返事をしながらサニーの胸板を必死に押し返したが、盛った獣のような年下の夫はビクともしない。降り落ちてくるのは濃厚なキス。部屋の中で聞こえるのは、ルーナルーナの蕩けそうな甘い吐息だけだった。

(ずっとおあずけだったものね。でもこの年まで未経験だったから、何となく怖いし……)

 サニーはルーナルーナの耳元に舌を這わせる。ルーナルーナは、痺れも似た熱い衝動が、尾てい骨から脳髄にかけて一直線に突き抜けていくのを感じた。

「サニー、待って……」
「結婚式が済んだら良いって言ってた」

 こんな時だけ年下ぶって甘えるサニー。ルーナルーナはそれが可愛くてしかたがなくて、彼の意外にも柔らかな髪を指で梳くようにして撫でた。そして、一世一代の告白とおねだりをするために、何とか正気を保とうとする。

(あまり焦らすのも良くないわよね。よし……がんばろう!)

 気合いを入れたものの、ルーナルーナはこれから話すことの恥ずかしさに、喋る前から真っ赤になっていた。

「ねぇ、サニー」
「なーに?」
「私がダンクネス王国に永住するための方法、今話してもいい?」
「うん、いいけど……」

 サニーは、どうせ複雑な術式を使った高等魔法なのだろうと予測している。正直、今話さなくても……という本心がありありと伺えるが、ルーナルーナはそんな様子を見ている余裕も無い。

「あのね……」

 ルーナルーナの肩はカタカタと震えている。

「私、処女なの」

 ルーナルーナは羞恥心が限界に達して、ギュッと目を閉じる。

「サニー……私のはじめて、貰ってください!」

(……言っちゃった)

 ルーナルーナが恐る恐る目を開けた瞬間。サニーはルーナルーナの夜着のリボンを一気に解いた。その手付きには、全くの迷いが感じられなかった。





 サニーは、一糸纏わぬ姿のルーナルーナをそっとベッドに横たえる。そして、彼女へ覆いかぶさるようにして身を沈めた。これまでで一番長いキス。お互いの体が触れる全ての場所から『好き』が漏れい出て、双方の心の奥深くへと流れ込んでいく。

 ルーナルーナの唇をようやく開放したサニーの瞳は、情欲の色に濡れていた。

「やっぱり、綺麗だ」

 サニーの感嘆は、ため息のように吐き出される。
 ルーナルーナの黒い肌は薄暗い部屋の灯籠の光で、テラテラと輝いていた。

「綺麗じゃないわ。私、行き遅れだったし、手も足もカサカサで……」
「働き者の手も、足も、全て誇るべきものだ」

 サニーは、ルーナルーナの片足を持ち上げて、柔らかなふくらはぎに唇を寄せる。ルーナルーナはできるだけ足を開くまいと体を捩らせた。

「じゃ、今度こそ、ルーナルーナを俺のものにするよ」

 ルーナルーナは頷いた。

「あなたのものにして。私の全てを、サニーにあげる」















 その後、サニーは、クロノスが五十歳を迎えた年に王として即位し、ルーナルーナは王妃となった。ダンクネス王国だけでなくシャンデル王国からも慕われるおしどり夫婦には、二人の王子と二人の姫がいる。白肌と黒肌が二人ずつ。四人とも美男美女の賢い子ども達で、国の行く末は安泰だと言われている。

 ルーナルーナの侍女、コメットは、レアとアレスに引き合わされたメテオと紆余曲折がありながらも無事に結ばれた。そして、ルーナルーナの子ども達の乳母としても活躍することになる。

 シャンデル王国に残ったキュリーは、ことあるごとにレイナスからエアロスの妃候補として推されるのを力づくで払い除け、時間はかかったがレイナスの後妻として収まった。彼女の執念とレイナスの苦労は、押して図るべし。

 レアとアレスはサニーとルーナルーナの婚礼が終わり次第、結婚準備期間に入り、半年後には無事に挙式。社交界の華とも呼ばれていたレアが既婚になったことは、多くの紳士を絶望させたと言われている。

 レアはヒートから完全に商売を引き継ぎ、シャンデル王国との交易にも多大に貢献することになる。その際、シャンデル王国の窓口となったリングからは、毎度のようにルーナルーナのことを詳しく尋ねられるので、正直壁癖しているという噂もある。

 サニーはオービット率いる元第二王子派をすっかり配下として取り込み、クロノス王時代の腐敗は王になってからたった一年で一掃してしまった。そのため、一部の者達には残虐王と呼ばれているが、一般庶民達はルーナルーナと仲睦まじい印象が強いのか、穏健な王というイメージを持っている。

 一方、シャンデル王国の第一王子エアロスは随分長い間ルーナルーナへの想いを拗らせていたが、最近は庶民出身の平民侍女の尻を追いかける姿が王城ではよく目撃されている。エアロスと同じ失恋のような痛みを味わったリングは、王子の気持ちは分かるものの、新たな問題が起こりそうな悪い予感に襲われて毎晩寝付きは悪いようだ。

 そしてジークは、度々ダンクネスに通っては、サニー同席の下、ルーナルーナと魔法談義で盛り上がっている。最近では交易に役立てるために、物の転送魔法を研究しているようだ。

 ライナは相変わらず大巫女として君臨している。姫巫女を守るためという名目で多額の寄付金を集めていたが、結局ルーナルーナの希望で、平民に教育を与えるための資金として使われることになった。また、ライナの布教活動により、ダンクネス王国における持ち色の偏見は随分と下火になった。おそらく、これが彼女の生涯における最も大きな功績となるだろう。

 最後にミルキーナ。初めこそ、新婚夫婦を邪魔せぬようにと大人しくしていた彼女だが、一年も経つと月に一度はルーナルーナを呼び出して『侍女ごっこ』をするのが恒例になっている。また、シャンデル王国における外見による差別の撤廃に最も貢献したのもミルキーナである。





 





 これは、ある日の話。朝の光と夜の闇が手を繋いで混じり合う頃。闇の女神のルナが眠りに落ちるその前に、珍しい客が彼女の横に寝そべっていた。

「やぁ、ルナ」

 声をかけてきたのは、光の男神だ。

「やぁ、じゃないわよ! あなた、何て事してくれたの? 私の神具を破壊する魔法を下界にもたらしたのはあなたでしょう?」
「気づいてたんだね」

 光の男神は、悪びれる様子もなく、クスクス笑う。

「笑い事じゃないわ! 無事に世界が完全に一つになったら、一緒に下界へ降りて、二人で一からやり直そうって言ってたのに!」

 それは、闇の女神と光の男神の悲願であったはずなのだ。再び二人が人間となって愛し合うためには、世界が一つになる必要があった。

「でも、下界にはたくさんの男がいる。君はとても魅力的だから不安なんだ。でも、ここなら永遠に二人きり。駄目かな?」

 闇の女神は頬を染めた。

「いいわ。あなたさえいれば、私……」

 男神は女神をその身に引き寄せた。


 その日の朝焼けは一際美しく、いくつもの流れ星が長い尾を引いてシャンデル王国とダンクネス王国の上に降り注いだという。




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