昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

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外伝01 メテオとコメット

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 婚儀の日、晩餐会の後。ルーナルーナが足腰が立たなくなる程にサニーから愛されていた頃、コメットは、ダンクネス王城内の一室で所在げなく佇んでいた。部屋にある高い窓からは僅かに朝の光が差し込んでいるが、概ね薄暗い。用意されていた夜着を身に纏ったものの、あまりにも落ち着かないその生地の薄さと丈の短さにもぞもぞするしかないのだった。

(ルーナルーナの気持ちが少しは分かったかも)

 コメットは緊張と羞恥の半々で顔を赤らめる。近くのテーブルでは、あらかじめリラックス効果のある香が焚かれていたが、ほとんど意味を成していない。

 彼女は今、一人の男を待っている。

 メテオ・ポールスター。サニーの腹心の一人で、ダンクネス王国においては伯爵家の次男である。ポールスター家は代々王家の影を担う役目を負っていて、当代は次男であるメテオがその重要な立場を引き継いでいる。

 光に当たると若干緑がかって見える黒い髪に、細身の体。いつもつまらなさそうな顔をしているわりに、内心では人の心配をしたり悪態をついたりと表情豊かな人間だということは、サニーとアレスを含めた数名しか知らないことだろう。

 コメットがここに来ることになったきっかけは、晩餐会に遡る。シャンデル王国出身であるコメットの事情を知るレアが声をかけてきたのだ。

「コメット、れいの件、手筈が整ったわよ」
「れいのって……」
「あなた、ルーナルーナの忠実な侍女なのでしょう? まさか主を置いて頻繁に母国との往復をするつもりなんてないでしょうね?」

 コメットとて元々伯爵家令嬢だ。侍女のあるべき姿ぐらい心得ている。しかし、どうしても浮かない顔になってしまう。そんなコメットを見たレアは、大袈裟にため息をついた。

「この前言ってたじゃない? 婚約破棄されてしまったから、母国では既に傷物の令嬢として見られてるって。どうせ母国に残っていてもずっと年上の方や訳有り物件と政略結婚するしかないから、ここで良いご縁を探したいと言っていたのはどこのどなた?」
「その通りです……」
「じゃ、決まりね!」

 社交界の華は体の前で掌をパチリと合わせて、ふわりと笑う。

「それで、私のお相手とはどなたなのですか?」

 ピンクブロンドの少女は、おずおずと尋ねた。レアはコメットの耳元に近づいて、答えを告げる。

「メテオよ」

 コメットはすぐにその顔を思い浮かべることができた。サニーと共に、ルーナルーナから紹介された男性。シャンデル王国では見かけない浅黒い肌に、服の上からでも分かる引き締まった体に目が釘付けになったものだ。

「今ならお買い得よ! これまで裏仕事ばかりしていた彼も、サニーの名前が上がると同時に今後評価は高まっていくと思うの。そうすれば、その辺りにいる雑魚令嬢に取られちゃうかもしれないでしょ? 私、あなたなら彼を任せられると思うし、これはサニーの意向でもあるわ」

 サニーの名前を出されてしまっては、コメットも返す言葉が無い。ただ頷いて、レアに感謝を述べることしかできないのであった。

 そして、冒頭に戻る。

 コメットがそわそわしながら部屋の中を熊のようにぐるぐるとあるき続けて三十分。突然部屋の扉が音もなく開いた。

「遅くなってごめんね」

 入ってきたのは、予定通りメテオである。晩餐会からどこへも立ち寄っていなかったのか、まだ式典仕様のキモノに見を包んでいる。

「あの、お受けくださって、どうもありがとうございます」

 コメットは、何度も心の中で練習してきた言葉を吐き出した。

 今の彼女には、もう迷いは無い。母国で親に言われるがままに変な男の元へ嫁がされて抱かれるよりは、ほとんど面識が無くても優良物件の男に相手してもらう方が数百倍良いのだ。しかもメテオの持つ飄々とした雰囲気は、コメット自身も気づかぬ間に彼女を惹きつけて止まなかったのである。

「いや、俺の方こそ。でも、ほんとにいいの?」

 コメットはメテオの目を見ずにコクリと頷く。

 第三者的に見ると、職務上の主のために処女を捨てるなど哀れなことになるのかもしれないが、コメットは良い機会だと思っていた。レアは一度の逢瀬ではなく、メテオとの今後についてもコメットに期待しているという。つまり、これから始まるのはお見合いでもあるのだ。

 メテオはコメットの反応を確認すると、さっと重ね着していたキモノを二枚脱ぎ捨てた。すると、青みがかったグレーのキモノが一枚だけ残される。それを見たコメットは、キョトンとすると同時に、金縛りにあったかのように動けなくなっていた。それに気づいたメテオが、苦笑いで近づいてくる。

「コメット…さん、でいい?」
「さん、は要りません。とうぞ、コメットと」
「じゃ、俺のことはメテオね?」

 メテオはコメットを軽々と抱き上げると、そのまま寝台に連れて行った。メテオは、そこに敷かれた高級な布団を見て、レアの肝の入れ様を感じ取り、一人苦笑いをする。コメットは訳も分からず不安げに瞳を揺らしていた。

(それにしても、すっげぇ可愛い子じゃん。さすが姫さんの侍女だけあるな)

 薄暗い部屋の中で、色白のコメットはまるでぼんやりと光る花の妖精のようだった。メテオは珍しいピンクブロンドの髪を指で梳いて、その華奢な体をしっかりと抱きしめる。

(商売女以外を抱くのって、いつぶりだろう? この子、いい匂いもする)

 メテオは、コメットの胸元に鼻を近づけてスンスンと嗅いだ。

「あ、あの……」

 コメットは明らかに戸惑っている。体が固くなってしまったのをメテオは気づいた。

「大丈夫。怖くないよ」
「あの、優しく、してください」

 上目遣いのコメット。涙が溢れ出す直前のウルウルとした瞳。
 メテオは頭を鈍器で殴られた気がした。

(どうしよう。俺、この子好きかもしれない)

 しかし、メテオは自身の気持ちを顔に出さないタイプだ。それは職業柄ということもある。それが、コメットを大いに不安にさせて、後々自分の首を締めることになるとは、思いもよらなかったのである。

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