昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

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外伝02 ルーナルーナの部屋

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 ダンクネス王城にあるルーナルーナの部屋は、彼女のために一室だけシャンデル仕様になされている。繊細な柄の壁紙が貼られ、床も板張りやタタミと呼ばれる植物を編んで作られたものではなく、しなやかな絨毯。どこか丸みのある曲線で形作られたテーブルセットや戸棚が並び、シャンデルから持ち込まれた白磁の食器には艶やかな模様が入っている。

 これらはルーナルーナが故郷を懐かしみ、居心地よくするためのものでもあるが、同時にここまでの心配りがなされることで彼女がダンクネス王国における重要人物であることを城の内外に知らしめる目的もある。

 この日はその特別な部屋に、特別な客が立ち寄っていた。

「この食器はなかなか良い。もっと多くのものを我が国へ簡単に持ち込めるようになればいいのだが」

 そう言って、華奢なティーカップを持ち上げるのは、この国の王、クロノスだ。普通、王が自国の城で目下の者の部屋へわざわざ出向いて茶会を催すなどありえない。しかし、この部屋がそれを可能にしてしまった。クロノスは、今後シャンデル王国との付き合いを深めるためにも、シャンデル仕様の茶会を所望したのだ。

「お義父様、今、母国のジークが、世界を超えて物を送り合える魔法の術式を研究しております。それが早く実現すれば良いのですが」

 ルーナルーナは緊張感を保ちながらも、クロノスに返答する。実はクロノス、サニーに隠れて頻繁にルーナルーナへ接触しているのだ。正妃を早くに亡くし、息子達も厳しく育てるために国の統治者としてしか向き合ってこれなかった彼は、ここに来て初めてできた義理の娘が可愛らしくて仕方がないらしい。

(仲良くしていただくのはありがたいことだけど、オービット様のお母上のお立場を考えると微妙なのよね)

 などとルーナルーナが懸念していることを見抜きつつも、クロノスのこの部屋への往来は少なくなることはない。というのも、シャンデル王国の紅茶をすっかり気に入ってしまったというのも理由の一つ。自室で飲めばいいものだが、ダンクネス王国伝統の朴訥な建築仕様の部屋よりも、この手の混んだ洗練された部屋で飲む方が味が格段に良くなるとか。

「茶葉は嵩張るものではありませんから、シャンデルからの定期便で今後も入手できると存じます」

 ルーナルーナは、今日もご満悦のクロノスに笑顔を向けた。

(ともかく、お義父様がサニーのことを憎んだり嫌ったりしているのではないことが分かって良かったわ)

 ルーナルーナは、以前サニーから聞いた話から、親子の確執はかなり深いものがあると感じていた。しかし今は、幾分それがマシになり、嫁という潤滑剤がしっかりと機能している状況である。

 その時、ルーナルーナはふと、あることを思い出した。

「それにしても、お義父様。一つお伺いしたいことがございます」
「何だね?」
「あの、サニーの誕生日はいつなのでしょうか? これまでは事情があって、なかなか大々的に祝うことがままならなかったと聞き及んでおります」
「そうだったな……」

 クロノスは苦々しげな顔になるも、その右手が掴んでいるのはコメット手製の焼き菓子。実は親子揃って甘いものが好きなのだ。

「誕生日は、今日からちょうど十日後だ」

 ルーナルーナは、クロノスがちゃんと覚えていたことに安堵していた。そして、いつまでも王の傍らに立ったままの男性へ目を向ける。

「あの、ラック様もどうぞおかけください」
「そうだぞ。せっかくこの部屋へ来たにも関わらず、茶も飲まないとは、さすがに勿体ない」

 ルーナルーナに続いて、彼の主からも咎めるような目を向けられると、ラックもその席に座るしかなくなってしまう。

「宰相ごときがこのような場で王と同席とは、大変恐れ多く……」

 ラックはもごもご言いながらも、遠慮がちに椅子へ浅く腰掛けた。実は、クロノスの変化に一番驚いているのは彼なのだ。これまでのクロノスがしてきた息子達へのふるまいには、同じ人の親としても思うところがあったラック。けれど今では、嫁と仲睦まじく茶会をするようにまでなるとは、何たる進展か。思わず目頭が熱くなってしまう彼である。

 それを遠巻きに見ていたコメットは、すぐに新しいお茶の準備にかかった。

 コメットは最近、侍女仕事へ没頭している。元々ミルキーナ妃付きであったことから、その腕前は一流なのだが、それをさらにステップアップさせようと必死になっているのが、ルーナルーナには分かってしまうのだ。

(やっぱりあの夜、メテオ様と上手く行かなかったのかしら?)

 コメットの変化は、どう考えてもあの夜が境目だった。もちろん、何があったのか、悩んでいるのではないかと何度も尋ねたのだが、梨の礫。ルーナルーナはクロノスとの会話でリズムよく相槌を打ちながらも、大切な友でもある侍女のことが心配でならなかった。





 クロノスが執務のために茶会を切り上げて退室してしまうと、すぐに次の客がやってくる。

「レア様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ルーナルーナ様」

 レアは長いキモノの裾を引きずるようにして部屋の中に入ってきた。ルーナルーナもキモノを着ているのだが、未だにその長い裾捌きに慣れないでいる。レアの優雅な手付きを見て学ぼうとするのだが、こればかりは一朝一夕とはいかないようだった。

「どうぞお掛けになってください」

 ルーナルーナはレアに席を勧める。先程まで王が座っていた席だ。今日は、珍しくルーナルーナがレアを招待した形である。実は、やっと思った通りのものが手に入ったからだ。

「レア様。改めましてお礼を言わせてください。シャンデルでの夜会のドレス類に始まり、婚礼の衣装まで。そして、この国に不慣れな私が困らぬようあらゆる気遣いをしてくださいました」

 ルーナルーナは立ち上がったまま腰を折る。レアは驚いて彼女まで立ち上がってしまった。

「いいのよ! 私が好きでしたことですし。それにあなた程の美人を自由に着飾らせることができるのは、とっても楽しかったわ」

 レアの言葉が世辞でないことは、彼女の慌てぶりを見ればすぐに分かる。ルーナルーナは、レアが彼女の理解者であり協力者であることは、大変幸運なことだと思っていた。

「レア様、実はシャンデルからこのような物を輸入したのです。レア様自身がお召になってもよろしいかと思いますし、悪目立ちしそうでしたら、お商売のヒントにでもしていただけたらと」

 ルーナルーナの言葉が終わらぬ間に、コメットはレアの前にある物を持ってきた。

「まぁ! 見事だわ……」

 レアは感激のあまり言葉を無くしてしまった。それは、元々ミルキーナのクローゼットに仕舞われていたドレスだが、まだ一度も袖を通されていない新品。ダンクネス王国には無い精緻な柄がびっしりと刺繍されていて、その分多少重量はあるのだが、豪華絢爛の言葉がピッタリと嵌る衣装である。

 レアが早速、その少し光沢のある生地を手に取って恍惚としているのを見て、ルーナルーナはそっと胸を撫で下ろした。シャンデルを出る前にミルキーナへ相談したところ、レアへの謝礼にはこれを持っていきなさいと言われたのは出発の前日。他にも多くの日常品を持ち込む必要があったので、ダンクネスに持ち込むのは少し遅くなっていたのだ。

「これ、本当にいただいていいのかしら?」
「えぇ、もちろんです。このままではなく、ダンクネス風にアレンジして使っていただいても良いですし、服にするには難がありましたら、布地だけ部屋の装飾に活用いただいても……」
「そんな勿体ないことしたくないわ。ここぞという舞台で着させていただくわね。ルーナルーナ様、どうもありがとう!」

 その後は、普通の茶会となった。ルーナルーナはサニーの誕生日が判明したので、早速祝いの品を考えたいということを話す。レアはサニーとの付き合いは長いものの、彼の欲しがりそうな物は思い当たらず、会話は途中で途切れてしまった。

 そこでレアは、近くに立つ侍女へ話を振る。

「そう言えばコメット、あれから一週間経ちましたけれど、私、まだ報告を聞いてませんことよ?」

 コメットが分かりやすく顔を強張らせた。

「レア様、私のために格別のお手配をしてくださいまして、誠にありがとうございました。お陰様で、完全にダンクネスの人間となり、ふいにシャンデルへ戻ってしまう心配も無くなりました」

 コメットは頭を下げて、動かない。レアから見ても、その堅苦しすぎる返事はあまりにも違和感があった。

「……なるほど。すべきことは、最後まで為されたということなのね」

 少々あけすけな物言いに、ルーナルーナまで顔を赤くする。

「でも、おかしいわねぇ。初めての方はいろいろと驚くこともあったでしょうけれど、それ以前にメテオと何かあったでしょ? 隠すなんて無駄よ。全て私に話しておしまいなさい!」

 レアの圧力は凄まじい。コメットは大人しく屈した。そして聞かされた出来事は……

「あのお馬鹿!!」

 レアが吠えた。

 コメットが言うには、メテオは一貫して彼女に優しく接していたが、事が済むとすぐにその場を立ち去ってしまったらしい。しかも、途中からは表情が抜け落ちていて、コメットとしては自分が粗相をして完全に嫌われたと思っているのだ。それ以来コメットは、できるだけメテオを避けて生活しているらしい。

 レアは一人唸っていた。

 レアはルーナルーナ達の婚儀の翌朝、メテオに直接確認を入れている。その際、メテオから聞かされた話はこのようなものだった。

「俺、本当にあの子に本気になってもいいのかな? 次に会う約束とか取り付けるの忘れちゃったんだけど、どうしよう」

 メテオは、サニーよりも二歳上の二十歳だが、これまで抱いてきた女の数はそれなりにある。いつもは衝動の赴くままに、街中のプロ相手に発散してきた彼だが、コメットばかりは大切にしたくて仕方がない、あんな妖精みたいな女の子は他にはいないとレアに言ったのだ。

 レアは婚約者の友人の遅すぎる初恋にげんなりしていたのだが、まさかコメット側がこんな風に捉えていたとは思ってもみなかったのである。

「それで、コメット。あなたはどうしたいの? メテオとはどうなりたいの?」

 ルーナルーナは直球すぎる質問だと思ったが、これぐらいしないと今のコメットは口を割らない。コメットは蚊の鳴くような声で返事した。

「嫌われたく、ありません」

 レアはおもむろに頷く。

「私に任せなさい!」

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