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魔法少女ですが、9時5時契約はじめました。
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魔法少女ですが9時5時契約はじめました。
「魔法少女? それ、契約書は当然あるのよね?」
小学五年生というまだ小さな少女は、凍りつきそうな冷ややかな目をしていた。
「え? そ、の、まずは変身してみない?」
天使の使い魔の一人である動物、小さなパンダのような外見をした案内者《チューター》は目を白黒させている。
「は? 何よそれ。契約書もなし、就業規則もなし、報酬の説明もなし? とんだブラック企業ね。お断りよ、そんなもの」
漆黒の髪をツインテールにした少女は、冷たく言い放って踵を返した。焦げ茶色のランドセルを背負い、中身をかたかたと言わせながら遠ざかっていく。その姿を見送りながら、案内者は茫然と言った。
「うっそぉ……」
案内者にとっては前代未聞の、魔法少女だった。
***
「ただいまー」
神凪心寧。小学五年生。心寧には父、母、そして姉がいた。
「少し帰りが遅かったけれど、どうかした?」
キッチンから、ふわりとした優しい雰囲気の母親が顔を覗かせた。
「んー。お当番と、何か外で声掛けられた」
「えっ? 嘘、大丈夫だった?」
血相を変えて心寧の母はキッチンから飛び出てくる。
「男の人? それとも女の人?」
「んーん、何か、動物みたいなの」
小さいパンダ、と言っても信じては貰えなさそうだと心寧が勝手に端折った結果だったが、母親は安堵の息を吐いた。
「なんだ~動物とお話してたのね。びっくりしちゃったわ」
(危なかった。喋りすぎるところだった)
心寧の母親は、どこかメルヘンチックで天然な部分がある。姉も似たり寄ったりで、家族の雰囲気はいつもほんわかしていた。心寧もある程度の年齢まではゆったりと柔らかな雰囲気を纏う少女だった。それが崩れたのは一年前のことだ。
一人部屋に入ると、窓がコンコンとノックされた。ここは一軒家の二階だ。嫌な予感がしたが、心寧が目をやると先ほどのミニパンダが居た。仕方ないので窓を開ける。
「何しに来たの。私は契約しないって言ったのよ」
「君は契約書をご所望だったんだろう。上司に言って貰ってきたんだよ。これで契約してくれるかな」
心寧は契約書と呼ばれる用紙を一読した。そこには、二行ほどの文字で「私は魔法少女として契約します」と言う文言のみが書かれている。
「普通働くなら契約書は必須でしょ。当たり前のことよ。あとここには休日や、基本給、その他手当が何も書いていないんだけど?」
「それも要る?」
「当然よ。何時から何時まで働くのかも分からないし、残業手当や、他の手当てにも言及すべきでしょ。報酬は幾ら? 社会保険はどうなるの? ちなみに労働形態は何? 正社員? パート? アルバイト?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、案内者はタジタジとなった。
「そんなこと、聞かれたことなかったよ」
「ていうか、そんなことも確認しないで魔法少女になっている子が沢山いるの? 馬鹿なのかしらね。……そんなだから……ブラック企業にいいように使われちゃうのよ」
語尾は、消えて掠れそうな声だった。唇を噛みしめる幼い少女は、ただ一つの決意を持って、何かを成そうとしているようだった。
「そうだ、君の名前は?」
「神凪心寧。神保小学校の五年生よ」
「君には、何か望みがあるのかな?」
案内者が言うと、ツインテールの少女は凛として頷いた。
「あるわ」
「魔法少女になれば、願い事を叶えてあげられるよ。どんなことだって、叶えられる」
「それは結構よ。私が魔法じゃない手段で、勝ち取る必要のあることなの。私、将来弁護士になりたいの」
心寧は沈んだ瞳で言う。
「そうすれば、ブラック企業で働いている人たちを救える。ううん、救ってみせるから!」
「君が――心寧が大人になれば、その願いは叶うかもしれない。でも、それまでに今助けたい人がいるんだろう。違う?」
「そうよ。今すぐにでも助けたい人がいるわよ。私の――お姉ちゃん……」
心寧の瞳に薄っすら涙が溜まる。タンスの上には、家族四人で写った写真がある。皆笑顔で、桜の花舞う季節だったのだろうか。写真の画面端は大きな桜の花びらが映りこんでいた。
「契約を、出来る限り君の望み通りに用意しよう。約束するよ。どうして魔法少女レーダーが君に強く反応したか今分かったよ。心寧の理想は、あまりにも僕たちの目的と近すぎる。僕たちは、ブラック企業と戦う魔法少女を集めているんだ」
「! それは……本当なの?」
心寧は案内者ににじり寄った。
「本当だ。魔界から地上に降り立ち、悪魔たちは人間のふりをして起業し、金を稼ぐことに執着する。そうして、人を貶め、自分たちの利益を貪ることに夢中になる。ブラック企業は、そうして生まれるんだよ。何も社長職だけじゃない、中間管理職や、人を使う側になった人間が、悪魔化することもあるんだ。僕らはそれらをホワイト企業に戻す役割を担っている。浄化出来る会社もあれば、どうしても破産させざるを得ない場合もあるけれど……。ブラック企業で働く従業員の人たちを助けるためなんだ。ブラック企業が狂っているのは、悪魔たちが原因であることも大きい。正気の人間なら、ブラック企業のような真似はまずしないだろうからね。そして、被害に遭っているその会社の人間の生気まで奪い取る。現在、日本にはそうしたブラック企業があまりにも多いんだ。だから、僕たちと一緒にブラック企業を倒す魔法少女になってくれないか!」
心寧は瞳を輝かせた。
「私も協力したい! ブラック企業を倒したい!」
「なら……」
案内者の言葉を心寧は遮る。
「で、も! 契約書が滅茶苦茶だからやり直し。後契約は九時五時にして。よく夜中に魔法少女が悪を倒したりしているけど、成長期の子どもにとってあれほど悪影響なことはないわ! 宿題だってやらなくちゃいけないし。勉強だってしなくちゃ。その時間からどうしても外れるようなら残業手当も出すのよ? 勿論法定規則通りにね」
「そんなぁ……。結構悪魔は夜型だから難しいかもしれないよ」
「それは貴方がマネジメントをすることなの! 私に押し付けることじゃあないわ。労働環境を整えられないようなら、貴方たちの組織こそがブラック企業よ!」
案内者は言葉を失った。突きつけられた指を顔面蒼白で見やると、ふらふらと出窓に飛んで行く。
「分かった……。上司に掛け合って、君を必ず迎えに来るよ。君ほどの魔力の持ち主はそうそういない。ホワイト企業マークを取得できるぐらい、僕たちも生まれ変わってくる!」
心寧は笑った。
「そうして貰いたいわね。あまり時間はかけないでよ? 素早く体制を整えてきて! それまで私も準備しておくわ。魔法少女になれるように」
ブラック企業と戦いたい。心寧はそう申し出たかったが、ぐっとこらえた。きちんとした契約を結んでおくことは、何より大事だからだ。
(傷病手当とかどうなってるのかしら。魔法少女には危険がつきもの。死にかけるときだって漫画やアニメでは多いのに)
「私も、就業するにあたって色々調べておかないと」
もしかしたら、案内者であるミニパンダはもう来ないのかもしれなかった。それでも構わない。心寧の目指す職業は弁護士だ。
今すぐ姉を助けられたらどれだけいいだろうと思えたが、それも幾分遅いように思えた。
「勉強しようっと」
今の自分に為すべきことをするしかない。心寧は夜の帳が満ちてきた部屋から逃れるように、カーテンを引いた。
「魔法少女? それ、契約書は当然あるのよね?」
小学五年生というまだ小さな少女は、凍りつきそうな冷ややかな目をしていた。
「え? そ、の、まずは変身してみない?」
天使の使い魔の一人である動物、小さなパンダのような外見をした案内者《チューター》は目を白黒させている。
「は? 何よそれ。契約書もなし、就業規則もなし、報酬の説明もなし? とんだブラック企業ね。お断りよ、そんなもの」
漆黒の髪をツインテールにした少女は、冷たく言い放って踵を返した。焦げ茶色のランドセルを背負い、中身をかたかたと言わせながら遠ざかっていく。その姿を見送りながら、案内者は茫然と言った。
「うっそぉ……」
案内者にとっては前代未聞の、魔法少女だった。
***
「ただいまー」
神凪心寧。小学五年生。心寧には父、母、そして姉がいた。
「少し帰りが遅かったけれど、どうかした?」
キッチンから、ふわりとした優しい雰囲気の母親が顔を覗かせた。
「んー。お当番と、何か外で声掛けられた」
「えっ? 嘘、大丈夫だった?」
血相を変えて心寧の母はキッチンから飛び出てくる。
「男の人? それとも女の人?」
「んーん、何か、動物みたいなの」
小さいパンダ、と言っても信じては貰えなさそうだと心寧が勝手に端折った結果だったが、母親は安堵の息を吐いた。
「なんだ~動物とお話してたのね。びっくりしちゃったわ」
(危なかった。喋りすぎるところだった)
心寧の母親は、どこかメルヘンチックで天然な部分がある。姉も似たり寄ったりで、家族の雰囲気はいつもほんわかしていた。心寧もある程度の年齢まではゆったりと柔らかな雰囲気を纏う少女だった。それが崩れたのは一年前のことだ。
一人部屋に入ると、窓がコンコンとノックされた。ここは一軒家の二階だ。嫌な予感がしたが、心寧が目をやると先ほどのミニパンダが居た。仕方ないので窓を開ける。
「何しに来たの。私は契約しないって言ったのよ」
「君は契約書をご所望だったんだろう。上司に言って貰ってきたんだよ。これで契約してくれるかな」
心寧は契約書と呼ばれる用紙を一読した。そこには、二行ほどの文字で「私は魔法少女として契約します」と言う文言のみが書かれている。
「普通働くなら契約書は必須でしょ。当たり前のことよ。あとここには休日や、基本給、その他手当が何も書いていないんだけど?」
「それも要る?」
「当然よ。何時から何時まで働くのかも分からないし、残業手当や、他の手当てにも言及すべきでしょ。報酬は幾ら? 社会保険はどうなるの? ちなみに労働形態は何? 正社員? パート? アルバイト?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、案内者はタジタジとなった。
「そんなこと、聞かれたことなかったよ」
「ていうか、そんなことも確認しないで魔法少女になっている子が沢山いるの? 馬鹿なのかしらね。……そんなだから……ブラック企業にいいように使われちゃうのよ」
語尾は、消えて掠れそうな声だった。唇を噛みしめる幼い少女は、ただ一つの決意を持って、何かを成そうとしているようだった。
「そうだ、君の名前は?」
「神凪心寧。神保小学校の五年生よ」
「君には、何か望みがあるのかな?」
案内者が言うと、ツインテールの少女は凛として頷いた。
「あるわ」
「魔法少女になれば、願い事を叶えてあげられるよ。どんなことだって、叶えられる」
「それは結構よ。私が魔法じゃない手段で、勝ち取る必要のあることなの。私、将来弁護士になりたいの」
心寧は沈んだ瞳で言う。
「そうすれば、ブラック企業で働いている人たちを救える。ううん、救ってみせるから!」
「君が――心寧が大人になれば、その願いは叶うかもしれない。でも、それまでに今助けたい人がいるんだろう。違う?」
「そうよ。今すぐにでも助けたい人がいるわよ。私の――お姉ちゃん……」
心寧の瞳に薄っすら涙が溜まる。タンスの上には、家族四人で写った写真がある。皆笑顔で、桜の花舞う季節だったのだろうか。写真の画面端は大きな桜の花びらが映りこんでいた。
「契約を、出来る限り君の望み通りに用意しよう。約束するよ。どうして魔法少女レーダーが君に強く反応したか今分かったよ。心寧の理想は、あまりにも僕たちの目的と近すぎる。僕たちは、ブラック企業と戦う魔法少女を集めているんだ」
「! それは……本当なの?」
心寧は案内者ににじり寄った。
「本当だ。魔界から地上に降り立ち、悪魔たちは人間のふりをして起業し、金を稼ぐことに執着する。そうして、人を貶め、自分たちの利益を貪ることに夢中になる。ブラック企業は、そうして生まれるんだよ。何も社長職だけじゃない、中間管理職や、人を使う側になった人間が、悪魔化することもあるんだ。僕らはそれらをホワイト企業に戻す役割を担っている。浄化出来る会社もあれば、どうしても破産させざるを得ない場合もあるけれど……。ブラック企業で働く従業員の人たちを助けるためなんだ。ブラック企業が狂っているのは、悪魔たちが原因であることも大きい。正気の人間なら、ブラック企業のような真似はまずしないだろうからね。そして、被害に遭っているその会社の人間の生気まで奪い取る。現在、日本にはそうしたブラック企業があまりにも多いんだ。だから、僕たちと一緒にブラック企業を倒す魔法少女になってくれないか!」
心寧は瞳を輝かせた。
「私も協力したい! ブラック企業を倒したい!」
「なら……」
案内者の言葉を心寧は遮る。
「で、も! 契約書が滅茶苦茶だからやり直し。後契約は九時五時にして。よく夜中に魔法少女が悪を倒したりしているけど、成長期の子どもにとってあれほど悪影響なことはないわ! 宿題だってやらなくちゃいけないし。勉強だってしなくちゃ。その時間からどうしても外れるようなら残業手当も出すのよ? 勿論法定規則通りにね」
「そんなぁ……。結構悪魔は夜型だから難しいかもしれないよ」
「それは貴方がマネジメントをすることなの! 私に押し付けることじゃあないわ。労働環境を整えられないようなら、貴方たちの組織こそがブラック企業よ!」
案内者は言葉を失った。突きつけられた指を顔面蒼白で見やると、ふらふらと出窓に飛んで行く。
「分かった……。上司に掛け合って、君を必ず迎えに来るよ。君ほどの魔力の持ち主はそうそういない。ホワイト企業マークを取得できるぐらい、僕たちも生まれ変わってくる!」
心寧は笑った。
「そうして貰いたいわね。あまり時間はかけないでよ? 素早く体制を整えてきて! それまで私も準備しておくわ。魔法少女になれるように」
ブラック企業と戦いたい。心寧はそう申し出たかったが、ぐっとこらえた。きちんとした契約を結んでおくことは、何より大事だからだ。
(傷病手当とかどうなってるのかしら。魔法少女には危険がつきもの。死にかけるときだって漫画やアニメでは多いのに)
「私も、就業するにあたって色々調べておかないと」
もしかしたら、案内者であるミニパンダはもう来ないのかもしれなかった。それでも構わない。心寧の目指す職業は弁護士だ。
今すぐ姉を助けられたらどれだけいいだろうと思えたが、それも幾分遅いように思えた。
「勉強しようっと」
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