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第一章
クラリスは兄の死に疑念を抱く
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そのまま眠ってしまったようだ、目を覚ますと窓の外は明るくなっていて、クラリスは眠い目をこすりながら身体を起こした。
「おはようございます、クラリス様」
わずかな物音でクラリスの目覚めに気づいたのか、侍女たちが室内に入ってくる。クラリスの姿を見てあのまま眠ってしまったことに気づいたようだが彼女たちはそれに触れず、朝のお支度をしましょうと言いながらそばに寄ってきた。心配りのできる優秀な侍女たちである。
「クラリス様、先ほどリリス様の侍女から言伝を預かりました。リリス様が、今日の午後王宮にお茶をしたいとのことで」
「リリスが?」
クソ男――否、ギルベルトの妹でありクラリスの従妹の名に、クラリスは意外そうに眉を上げた。あのギルベルトの妹、しかも同じく『蒼薔薇の瞳』持ちとは思えないほどに優しく、なおかつ人懐っこくて愛らしいリリスをクラリスも可愛がっており、二人はまるで姉妹のように仲が良かったのだ。
「もちろんよ。最近は色々あって会えていないし。待っていると伝えておいて」
「承知いたしました」
リリスに会える。
それだけで、ここ最近塞いでいた心が浮上していくのをクラリスは感じていた。
「突然の申し出と訪問お許しください、クラリス様」
午後。侍女を一人伴ってやってきたリリスは、優雅に微笑んでそう頭を下げた。仲のいい従姉妹とはいえどクラリスは正当な王女、リリスは傍系の令嬢。身分の差は大きく、こうしてわきまえた挨拶をするのは当然のことだった。
「いいえ、いいのよ。私がそちらに伺うべきだったのに、わざわざ来てもらって悪かったわね」
「もったいないお言葉です」
そう会話を交わしながら二人はクラリスの部屋に入る。気心知れた侍女たちだけになると、二人は王女と令嬢の仮面を一気に脱ぎ捨てた。
「仕方ないこととはいえ、ああいう堅苦しい挨拶はむず痒いわねぇ……」
「ほんとに。従姉妹なんだからもっと気楽に話せればいいのに」
どさっとベッドに腰を下ろしながらクラリスは言う。リリスも椅子に音を立てて腰を下ろした。『蒼薔薇の瞳』を持ち何かと人々の注目を浴びがちな二人が気を抜ける貴重な時間だと知っている侍女たちは、彼女たちの粗雑なそんな動作を咎めることなく黙認していた。
「で、実際のところどうしたの?」
「んー、うちのバカ兄様が申し訳ないっていう謝罪だけど……一番は、やっぱりクラリスと話したかったから。最近は色々あったもの」
「……お兄様のこと、かしら」
「そう」
アルベルトも、リリスのことは妹のように可愛がっていた。リリスだけではない。フォルスターのこともセレーネのことも。ギルベルトのことも気にかけてはいたが、ギルベルトが何か敵視してくる上にクラリスを虐めるのでここ最近はアルベルトも距離を置いていた。
「……ね、クラリス」
リリスは少しだけ躊躇ってからそう呼びかけた。人目があるところでは「クラリス様」と呼んでいるが、こうして気心知れた人たちしかいないところでは呼び捨てだ。
「アルベルト兄様のこと、みんな話したがらないのよね。まるで触れちゃいけないことみたい」
「……どういうこと?」
「だって、変に静か。貴族たちは騒いでるけど、それはクラリスが次期国王になるのを反対してたりクラリスにギル兄様を嫁がせようとしてたりっていう騒ぎじゃない?アルベルト兄様が亡くなったことに対してはそこまで騒いでないのが不思議なのよ。あんなことがあったのに……」
「あんなこと、ってなに」
思った以上に強い声が出た。リリスが驚いたように瞳を瞬かせてクラリスを見つめる。しばらく困惑したような色を浮かべて黙っていたが、やがてはっとしたように息を小さく飲んだ。
「……もしかしてクラリス、知らないの?アルベルト兄様が倒れたとき、兄様の部屋から白い煙が出てて……部屋に魔法を失敗した痕跡が残っていたって」
「なにそれ」
クラリスの心臓が一つ、大きく鳴った。リリスはクラリスの表情を見てさらに困惑した表情になる。
「クラリス……アルベルト兄様の死因を聞いてる?」
「ええ……急な熱病だったって。ほら、亡くなる少し前に『黒き荒野』の調査に行っていたでしょ?そこで何か瘴気にあてられたんじゃないかって」
『黒き荒野』。ルーヴェリア王国の南部にある、黒い霧に覆われた不毛の地だ。
建国神話によればかつてこの国は魔族が支配していた。しかし、王祖レオナールが率いる『蒼薔薇の騎士団』が剣をとり魔法を用いて立ち上がり、この『黒き荒野』で熾烈な戦いが繰り広げられたと言われている。その時に流れた魔族の黒き血により大地は腐り、二度と清き生命が宿ることはない不毛の大地へと変わったのだ。
――だが、建国時に魔族はすべて滅ぼされたとはいえ、まだ残党が残っているという噂もある。
『『蒼薔薇の瞳』を持つ者よ、忘れるな!われらは何度でも黒き大地より蘇る……!!』
レオナールにより討たれる間際、魔族の長であるヴェルゼオスはそう言い残したという。そのため、定期的に『黒き荒野』は巡回と調査が行われているのだ。アルベルトも亡くなる少し前、騎士団の精鋭たちとともに調査に赴いていた。
「……」
クラリスの言葉にリリスの表情が曇った。
「クラリス、やっぱりおかしいわ。家族に正しい死因が伝わってないなんてありえない。アルベルト兄様の死には何かきっと隠されているのよ」
「……お兄様は熱病じゃなかったってことなの?」
「ええ。『急性の魔力暴走によるもの』だって」
魔力暴走。魔法が開花したときならよくある話だ。自分が持つ魔力量が己の技量を上回った結果、魔力を使いこなせずに魔力を暴発させてしまうのだ。身体に大きな負荷がかかり、大半は体調を崩したり寝込む程度で済むがごくまれに身体が魔力に耐え切れなかったり魔力の暴発に巻き込まれたりで命を落とすケースがあるのだ。
だが、兄はそんな不安定な魔法の使い手ではなかった。王家の歴史の中でも類まれなる氷魔法の使い手で、魔法を寸分の狂いもなく操っていた。暴走などありえない。
「お兄様が魔力暴走させるなんてありえない……!」
「だからおかしいと思ったのよ。アルベルト兄様が魔力暴走で亡くなられたなんてありえないし、本当だとしたらもっと騒ぎになっているはずよ。もし本当に魔力暴走で亡くなったなら、アルベルト兄様が魔力を暴走させるほどの何かが起きたということなんだもの。伯父上も伯母上ももっと動いているはず」
リリスはじっとクラリスを見つめた。
「クラリス……もしかしたら、アルベルト兄様の死には何か大きな秘密があるかもしれないわ」
「おはようございます、クラリス様」
わずかな物音でクラリスの目覚めに気づいたのか、侍女たちが室内に入ってくる。クラリスの姿を見てあのまま眠ってしまったことに気づいたようだが彼女たちはそれに触れず、朝のお支度をしましょうと言いながらそばに寄ってきた。心配りのできる優秀な侍女たちである。
「クラリス様、先ほどリリス様の侍女から言伝を預かりました。リリス様が、今日の午後王宮にお茶をしたいとのことで」
「リリスが?」
クソ男――否、ギルベルトの妹でありクラリスの従妹の名に、クラリスは意外そうに眉を上げた。あのギルベルトの妹、しかも同じく『蒼薔薇の瞳』持ちとは思えないほどに優しく、なおかつ人懐っこくて愛らしいリリスをクラリスも可愛がっており、二人はまるで姉妹のように仲が良かったのだ。
「もちろんよ。最近は色々あって会えていないし。待っていると伝えておいて」
「承知いたしました」
リリスに会える。
それだけで、ここ最近塞いでいた心が浮上していくのをクラリスは感じていた。
「突然の申し出と訪問お許しください、クラリス様」
午後。侍女を一人伴ってやってきたリリスは、優雅に微笑んでそう頭を下げた。仲のいい従姉妹とはいえどクラリスは正当な王女、リリスは傍系の令嬢。身分の差は大きく、こうしてわきまえた挨拶をするのは当然のことだった。
「いいえ、いいのよ。私がそちらに伺うべきだったのに、わざわざ来てもらって悪かったわね」
「もったいないお言葉です」
そう会話を交わしながら二人はクラリスの部屋に入る。気心知れた侍女たちだけになると、二人は王女と令嬢の仮面を一気に脱ぎ捨てた。
「仕方ないこととはいえ、ああいう堅苦しい挨拶はむず痒いわねぇ……」
「ほんとに。従姉妹なんだからもっと気楽に話せればいいのに」
どさっとベッドに腰を下ろしながらクラリスは言う。リリスも椅子に音を立てて腰を下ろした。『蒼薔薇の瞳』を持ち何かと人々の注目を浴びがちな二人が気を抜ける貴重な時間だと知っている侍女たちは、彼女たちの粗雑なそんな動作を咎めることなく黙認していた。
「で、実際のところどうしたの?」
「んー、うちのバカ兄様が申し訳ないっていう謝罪だけど……一番は、やっぱりクラリスと話したかったから。最近は色々あったもの」
「……お兄様のこと、かしら」
「そう」
アルベルトも、リリスのことは妹のように可愛がっていた。リリスだけではない。フォルスターのこともセレーネのことも。ギルベルトのことも気にかけてはいたが、ギルベルトが何か敵視してくる上にクラリスを虐めるのでここ最近はアルベルトも距離を置いていた。
「……ね、クラリス」
リリスは少しだけ躊躇ってからそう呼びかけた。人目があるところでは「クラリス様」と呼んでいるが、こうして気心知れた人たちしかいないところでは呼び捨てだ。
「アルベルト兄様のこと、みんな話したがらないのよね。まるで触れちゃいけないことみたい」
「……どういうこと?」
「だって、変に静か。貴族たちは騒いでるけど、それはクラリスが次期国王になるのを反対してたりクラリスにギル兄様を嫁がせようとしてたりっていう騒ぎじゃない?アルベルト兄様が亡くなったことに対してはそこまで騒いでないのが不思議なのよ。あんなことがあったのに……」
「あんなこと、ってなに」
思った以上に強い声が出た。リリスが驚いたように瞳を瞬かせてクラリスを見つめる。しばらく困惑したような色を浮かべて黙っていたが、やがてはっとしたように息を小さく飲んだ。
「……もしかしてクラリス、知らないの?アルベルト兄様が倒れたとき、兄様の部屋から白い煙が出てて……部屋に魔法を失敗した痕跡が残っていたって」
「なにそれ」
クラリスの心臓が一つ、大きく鳴った。リリスはクラリスの表情を見てさらに困惑した表情になる。
「クラリス……アルベルト兄様の死因を聞いてる?」
「ええ……急な熱病だったって。ほら、亡くなる少し前に『黒き荒野』の調査に行っていたでしょ?そこで何か瘴気にあてられたんじゃないかって」
『黒き荒野』。ルーヴェリア王国の南部にある、黒い霧に覆われた不毛の地だ。
建国神話によればかつてこの国は魔族が支配していた。しかし、王祖レオナールが率いる『蒼薔薇の騎士団』が剣をとり魔法を用いて立ち上がり、この『黒き荒野』で熾烈な戦いが繰り広げられたと言われている。その時に流れた魔族の黒き血により大地は腐り、二度と清き生命が宿ることはない不毛の大地へと変わったのだ。
――だが、建国時に魔族はすべて滅ぼされたとはいえ、まだ残党が残っているという噂もある。
『『蒼薔薇の瞳』を持つ者よ、忘れるな!われらは何度でも黒き大地より蘇る……!!』
レオナールにより討たれる間際、魔族の長であるヴェルゼオスはそう言い残したという。そのため、定期的に『黒き荒野』は巡回と調査が行われているのだ。アルベルトも亡くなる少し前、騎士団の精鋭たちとともに調査に赴いていた。
「……」
クラリスの言葉にリリスの表情が曇った。
「クラリス、やっぱりおかしいわ。家族に正しい死因が伝わってないなんてありえない。アルベルト兄様の死には何かきっと隠されているのよ」
「……お兄様は熱病じゃなかったってことなの?」
「ええ。『急性の魔力暴走によるもの』だって」
魔力暴走。魔法が開花したときならよくある話だ。自分が持つ魔力量が己の技量を上回った結果、魔力を使いこなせずに魔力を暴発させてしまうのだ。身体に大きな負荷がかかり、大半は体調を崩したり寝込む程度で済むがごくまれに身体が魔力に耐え切れなかったり魔力の暴発に巻き込まれたりで命を落とすケースがあるのだ。
だが、兄はそんな不安定な魔法の使い手ではなかった。王家の歴史の中でも類まれなる氷魔法の使い手で、魔法を寸分の狂いもなく操っていた。暴走などありえない。
「お兄様が魔力暴走させるなんてありえない……!」
「だからおかしいと思ったのよ。アルベルト兄様が魔力暴走で亡くなられたなんてありえないし、本当だとしたらもっと騒ぎになっているはずよ。もし本当に魔力暴走で亡くなったなら、アルベルト兄様が魔力を暴走させるほどの何かが起きたということなんだもの。伯父上も伯母上ももっと動いているはず」
リリスはじっとクラリスを見つめた。
「クラリス……もしかしたら、アルベルト兄様の死には何か大きな秘密があるかもしれないわ」
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