5 / 6
第一章
カタリナは毒を吐いている
しおりを挟む
貴族たちの反発の声は日に日に大きくなっていった。女性であるクラリスを王位に就けるべきではない、と。
「……たまたまここ数代男子相続が続いていただけの話よ」
姉・カタリナの言葉にクラリスも頷いた。母譲りの琥珀色の瞳は険しげに細められ、忌々しいと言わんばかりの語気だ。
「百歩譲って、クラリスに王家の血を引く男を娶せたとしても、ギルベルトだけは論外。絶対にダメよ、あんな愚鈍で女たらしの男」
言いながら果実酒を呷るカタリナ。酒でも飲まなければやってられないのだろう。
「クラリスが『蒼薔薇の瞳』を持っているんだから、夫になる男が『蒼薔薇の瞳』を持っている必要はないのよ。王家の血を重視するならフォルスターだっていいじゃない」
カタリナが挙げたのはギルベルトの弟の名前だ。彼の瞳は母譲りの赤で、『蒼薔薇の瞳』ではない。だが、ギルベルトと同じ親から生まれたとは思えないほど聡明で、カタリナにもクラリスにも優しく紳士的だった。ギルベルトとの弟妹たち――弟フォルスター、上の妹リリス(『蒼薔薇の瞳』持ちだが氷魔法は使えない)、下の妹セレーネは皆、従姉妹であり王族であるカタリナとクラリスに優しいのだ。父親を早くに亡くし、母親はギルベルトにばかり愛情を注いでおり他の子たちに無関心だったという影響もあるのだろう。
「でもお姉様、私とギルベルトが結婚すれば生まれる子は確実に『蒼薔薇の瞳』を持って生まれてくるんだもの。確実に王位継承者をもうける、という点では理にかなってはいるのよね……」
「それは表向きの理由でしょう? 実際のところは権力を得たいからじゃない」
クラリスの言葉に、カタリナは眉間に皺を寄せながらそう言い放った。
貴族たちが、クラリスにギルベルトをあてがおうとしている理由。確かに確実に王位継承者をもうけるためだという理由もあるのだろうが、最も大きな理由は自分たちが政を牛耳れる可能性が高まるからである。ギルベルトは能力も性格もすべてが国王としては不適合極まりない男。そんな男にこの国のかじ取りを担わせては確実にこの国は崩壊する。国を守るため、と銘打って自分たちが政の舵取りを担おうという魂胆なのだ。
「本当にこの国の行く末を想って行動している人間がどれくらいいるのかしらね」
カタリナが渋い表情で毒づいた。
「お父様もお母様もあなたとギルベルトの結婚だけは避けようとしてくれているけれど……お父様は臥せりがちだし、お母様はやっぱり王妃だからと侮られているし。どうすればいいのよまったく」
「カ、カタリナ様……さすがにそろそろお酒はおやめになられませ」
もう何杯目か分からない果実酒を呷ろうとするカタリナを侍女がさっと止めた。いいじゃない、飲まなきゃやってられないわよ、とイライラした様子で果実酒をさらに呷るカタリナは確実に泥酔している。
「私だって止めたいけど、結局私は『蒼薔薇の瞳』を持っていないから……王族と言えど、あんた以上に侮られているのよ」
言いながらカタリナはガラスの杯を持つ手に力を込めた。ピシリ、と音がして杯にわずかにヒビが入ったように見える。
「ほんっとうに、お兄様が生きてさえいてくれれば……」
それを最後に、カタリナはくてんとテーブルに伏せた。侍女たちが「カタリナ様!?」と大慌てで駆け寄るが、カタリナからは寝息が聞こえてきた。要するに泥酔して寝落ち――王女としてあるまじき醜態ではある。
「……悪いけど、お姉様を寝かせてあげて。私は部屋に戻るわ」
「はい、クラリス様」
カタリナの侍女たちにあとは任せてクラリスは立ち上がった。そのまま足早に自室へと戻る。就寝前の支度を手伝おうと侍女たちがさっと近づいてくるが、クラリスは手でさっと制した。
「もう寝るわ。支度は自分でできるからあなたたちは下がりなさい」
「で、ですが……」
「お願い」
「……承知いたしました」
侍女たちが心配そうな表情を浮かべつつ頷き、「おやすみなさいませ」と一礼して立ち去る。足音が完全に遠ざかったのを確認して、クラリスはベッドに飛び込んで枕に顔を埋めた。
「……お兄様……」
姉の言葉が脳裏をよぎる。本当にその通りだ。兄さえ、アルベルトさえ生きていてくれたら。
「どうしていなくなってしまったの……お兄様ッ……」
兄が死んでから、クラリスは初めて泣いた。
「……たまたまここ数代男子相続が続いていただけの話よ」
姉・カタリナの言葉にクラリスも頷いた。母譲りの琥珀色の瞳は険しげに細められ、忌々しいと言わんばかりの語気だ。
「百歩譲って、クラリスに王家の血を引く男を娶せたとしても、ギルベルトだけは論外。絶対にダメよ、あんな愚鈍で女たらしの男」
言いながら果実酒を呷るカタリナ。酒でも飲まなければやってられないのだろう。
「クラリスが『蒼薔薇の瞳』を持っているんだから、夫になる男が『蒼薔薇の瞳』を持っている必要はないのよ。王家の血を重視するならフォルスターだっていいじゃない」
カタリナが挙げたのはギルベルトの弟の名前だ。彼の瞳は母譲りの赤で、『蒼薔薇の瞳』ではない。だが、ギルベルトと同じ親から生まれたとは思えないほど聡明で、カタリナにもクラリスにも優しく紳士的だった。ギルベルトとの弟妹たち――弟フォルスター、上の妹リリス(『蒼薔薇の瞳』持ちだが氷魔法は使えない)、下の妹セレーネは皆、従姉妹であり王族であるカタリナとクラリスに優しいのだ。父親を早くに亡くし、母親はギルベルトにばかり愛情を注いでおり他の子たちに無関心だったという影響もあるのだろう。
「でもお姉様、私とギルベルトが結婚すれば生まれる子は確実に『蒼薔薇の瞳』を持って生まれてくるんだもの。確実に王位継承者をもうける、という点では理にかなってはいるのよね……」
「それは表向きの理由でしょう? 実際のところは権力を得たいからじゃない」
クラリスの言葉に、カタリナは眉間に皺を寄せながらそう言い放った。
貴族たちが、クラリスにギルベルトをあてがおうとしている理由。確かに確実に王位継承者をもうけるためだという理由もあるのだろうが、最も大きな理由は自分たちが政を牛耳れる可能性が高まるからである。ギルベルトは能力も性格もすべてが国王としては不適合極まりない男。そんな男にこの国のかじ取りを担わせては確実にこの国は崩壊する。国を守るため、と銘打って自分たちが政の舵取りを担おうという魂胆なのだ。
「本当にこの国の行く末を想って行動している人間がどれくらいいるのかしらね」
カタリナが渋い表情で毒づいた。
「お父様もお母様もあなたとギルベルトの結婚だけは避けようとしてくれているけれど……お父様は臥せりがちだし、お母様はやっぱり王妃だからと侮られているし。どうすればいいのよまったく」
「カ、カタリナ様……さすがにそろそろお酒はおやめになられませ」
もう何杯目か分からない果実酒を呷ろうとするカタリナを侍女がさっと止めた。いいじゃない、飲まなきゃやってられないわよ、とイライラした様子で果実酒をさらに呷るカタリナは確実に泥酔している。
「私だって止めたいけど、結局私は『蒼薔薇の瞳』を持っていないから……王族と言えど、あんた以上に侮られているのよ」
言いながらカタリナはガラスの杯を持つ手に力を込めた。ピシリ、と音がして杯にわずかにヒビが入ったように見える。
「ほんっとうに、お兄様が生きてさえいてくれれば……」
それを最後に、カタリナはくてんとテーブルに伏せた。侍女たちが「カタリナ様!?」と大慌てで駆け寄るが、カタリナからは寝息が聞こえてきた。要するに泥酔して寝落ち――王女としてあるまじき醜態ではある。
「……悪いけど、お姉様を寝かせてあげて。私は部屋に戻るわ」
「はい、クラリス様」
カタリナの侍女たちにあとは任せてクラリスは立ち上がった。そのまま足早に自室へと戻る。就寝前の支度を手伝おうと侍女たちがさっと近づいてくるが、クラリスは手でさっと制した。
「もう寝るわ。支度は自分でできるからあなたたちは下がりなさい」
「で、ですが……」
「お願い」
「……承知いたしました」
侍女たちが心配そうな表情を浮かべつつ頷き、「おやすみなさいませ」と一礼して立ち去る。足音が完全に遠ざかったのを確認して、クラリスはベッドに飛び込んで枕に顔を埋めた。
「……お兄様……」
姉の言葉が脳裏をよぎる。本当にその通りだ。兄さえ、アルベルトさえ生きていてくれたら。
「どうしていなくなってしまったの……お兄様ッ……」
兄が死んでから、クラリスは初めて泣いた。
0
あなたにおすすめの小説
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる