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第一章
クラリスはクソ男から逃げたい
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「……また?」
侍女から届けられた手紙の束に、クラリスは形の良い眉を顰めた。
ここ数日、毎日のようにクラリスのもとに何通も手紙が届いている。送り主はすべて同じ。『ギルベルト=フォン=ルーヴェリア』。ルドヴィクの弟の息子――先王子の息子なので王家の姓を名乗っているが、『フォン』がつくことで王家本体ではないことを示している。
「いい加減にしてほしいものね」
どうせ書かれている内容はいつも同じ。そうは思うが、念のため内容を確認しようとクラリスは封を切り便箋を指でつまむように引き出す。ふわりと甘ったるい香りが漂ってきて、さらに眉間の皺が深くなった。
「……ギルベルト様は相変わらずのようですね」
幼い頃からそばに仕えている侍女がやや呆れた口調で言った。そうねぇとクラリスも頷く。
おそらく、便箋に香水を吹きつけているのだろう。ルーヴェリアでは女を口説くときによく使う手段だが、あいにくクラリスはあまりこういう甘ったるい匂いは好きではない。王女として、淑女のたしなみとして公の場では香水をつけるが、こういう甘ったるい香りよりは柑橘系のさっぱりとしたものを使っていた。
「女ならこういうのが好きだろうって思いこんでいるのよ。これをしておけば喜ぶって……まあ、要するに私を下に見てるってことね」
クラリスは言いながらざっと便箋の内容に目を走らせる。先王子の息子という由緒正しく高貴な家柄でありきちんとした教育を受けているとは到底思えな汚らしい字が並んでいた。
内容はいつも同じ。自分がいかにクラリスを大切に思っているか、クラリスがどれほど美しく聡明か。そして、共に手を携えこのルーヴェリアを守り反映させて盛り立てて行こうと。そんなこと思ってもないくせに、とクラリスは内心で吐き捨てた。
「思ってもないことを書き連ねる才能だけはおありのようですね」
「さすが、女たらしはやることが違いますね」
仮にも王家の血を引く相手に対して侍女たちの言動も容赦がない。けれど、ギルベルトの愚鈍ぶりと女癖の悪さは有名であり当然侍女たちも把握している。
「というか、今までクラリス様に対してやってきた言動をなかったことにしてこんな美辞麗句を並べ立てることができるとは……」
「その掌返しの見事さだけは称賛に値しますね」
「それ以外の才能や長所は微塵もありませんが」
侍女たちはズバズバと言ってのける。しかし、クラリスとて否定する気は全くなかった。なぜなら事実だから。
ギルベルトの、これまでクラリスに対しての言動。それは、仮にも従妹であり王女である相手に対するものとしてはあまりにも冷たかった。要するに、女でありながら勝気でお転婆なクラリスを「女らしくない」と見下していたのだ。
『女は黙って男の三歩後ろを歩いていればいいのさ』
『『蒼薔薇の瞳』持ちとはいえど、所詮はアルベルトの代替品。ま、アルベルトにもしものことなんてないからな。お前に存在価値なんてあるのか?』
『伯父上も伯母上もバカだよなぁ。お前みたいなのを好きにさせてんだから』
『女の分際で『蒼薔薇の瞳』を持ってるなんて生意気なんだよ。アルベルトだけで十分だろ』
言葉だけなら無視していればいい。ギルベルトとは従兄妹同士であり子供の頃から交流があった――つまり子供の頃から心ない言葉を浴びせられてきたクラリスにとってはギルベルトのこんな言動は慣れっこで、言われても無視していた。だが、「女」を見下しているアルベルトは、「女」であるクラリスに無視されていることすら腹立たしかったようだ。魔術で攻撃されたことや、実際に髪を引っ張られたり叩かれたりしたこともあったし、長じるにつれて手口は陰険かつ分かりづらくなっていった。
もちろん、王女であるクラリスのそばには常に侍女たちや警備の兵士たちがいて、ギルベルトのそんな言動はすべて国王であるルドヴィクに筒抜けだった。だが、ルドヴィクはある程度は目をつぶっていた。決してクラリスを軽んじていたわけではなく、単純にその都度ギルベルトを注意するとなると毎週のようにギルベルトを呼び出さなければならなかったからだ。国王であり多忙なルドヴィクは、わざわざ毎週甥を呼び出すわけにはいかなかった。だが、さすがに度が過ぎると呼び出して厳しく叱責した。王家の血を引き『蒼薔薇の瞳』を持つとはいえ、お前は王族ではない。クラリスは王位継承者はないがれっきとした王女で、なにより自分の大事な娘だと。我が子を傷つけることがこれからも続くのであればお前の処遇も考えなければならないと。
――だが、ここで邪魔者が一人。ギルベルトの母親である。
『義兄上、ギルベルトは『蒼薔薇の瞳』を持つれっきとした王家の血を引く存在にございます。ギルベルトの処遇に関しては慎重になられませ。クラリス様がギルベルトを大切にしないのも悪いのでは?』
ギルベルトを溺愛していた彼女は、ギルベルトに対する叱責を許さなかった。要するに、クラリスが悪いのだと。そんな義妹の言動に、ルドヴィクはいつも眉を顰めていたがもはやあきらめの境地だった。
ともかく、である。そんな風に昔からクラリスを邪険に扱い粗雑で冷酷だったギルベルトが今更クラリスに求愛し媚びてくる理由は一つしかない。アルベルトの急逝に伴いクラリスが王位継承者となったからだ。貴族たちが女であるクラリスが王位継承者になることに反発し、クラリスの配偶者としてギルベルトを即位させようと提案したのがギルベルトの耳に入ったのである。そして、ギルベルトとその母親は自分たちの手に王位が転がり込んでくる可能性が浮上したことに狂喜乱舞。クラリスに媚び、婚姻を成立させようと画策しているのだろう。
「あんなやつと婚姻を結ぶなんて絶対に嫌よ」
「クラリス様……」
「ギルベルトが王になったらこの国は滅ぶわ。それだけは絶対に避けなきゃ」
クラリスはそう言いながら手紙を放り捨てたのだった。
侍女から届けられた手紙の束に、クラリスは形の良い眉を顰めた。
ここ数日、毎日のようにクラリスのもとに何通も手紙が届いている。送り主はすべて同じ。『ギルベルト=フォン=ルーヴェリア』。ルドヴィクの弟の息子――先王子の息子なので王家の姓を名乗っているが、『フォン』がつくことで王家本体ではないことを示している。
「いい加減にしてほしいものね」
どうせ書かれている内容はいつも同じ。そうは思うが、念のため内容を確認しようとクラリスは封を切り便箋を指でつまむように引き出す。ふわりと甘ったるい香りが漂ってきて、さらに眉間の皺が深くなった。
「……ギルベルト様は相変わらずのようですね」
幼い頃からそばに仕えている侍女がやや呆れた口調で言った。そうねぇとクラリスも頷く。
おそらく、便箋に香水を吹きつけているのだろう。ルーヴェリアでは女を口説くときによく使う手段だが、あいにくクラリスはあまりこういう甘ったるい匂いは好きではない。王女として、淑女のたしなみとして公の場では香水をつけるが、こういう甘ったるい香りよりは柑橘系のさっぱりとしたものを使っていた。
「女ならこういうのが好きだろうって思いこんでいるのよ。これをしておけば喜ぶって……まあ、要するに私を下に見てるってことね」
クラリスは言いながらざっと便箋の内容に目を走らせる。先王子の息子という由緒正しく高貴な家柄でありきちんとした教育を受けているとは到底思えな汚らしい字が並んでいた。
内容はいつも同じ。自分がいかにクラリスを大切に思っているか、クラリスがどれほど美しく聡明か。そして、共に手を携えこのルーヴェリアを守り反映させて盛り立てて行こうと。そんなこと思ってもないくせに、とクラリスは内心で吐き捨てた。
「思ってもないことを書き連ねる才能だけはおありのようですね」
「さすが、女たらしはやることが違いますね」
仮にも王家の血を引く相手に対して侍女たちの言動も容赦がない。けれど、ギルベルトの愚鈍ぶりと女癖の悪さは有名であり当然侍女たちも把握している。
「というか、今までクラリス様に対してやってきた言動をなかったことにしてこんな美辞麗句を並べ立てることができるとは……」
「その掌返しの見事さだけは称賛に値しますね」
「それ以外の才能や長所は微塵もありませんが」
侍女たちはズバズバと言ってのける。しかし、クラリスとて否定する気は全くなかった。なぜなら事実だから。
ギルベルトの、これまでクラリスに対しての言動。それは、仮にも従妹であり王女である相手に対するものとしてはあまりにも冷たかった。要するに、女でありながら勝気でお転婆なクラリスを「女らしくない」と見下していたのだ。
『女は黙って男の三歩後ろを歩いていればいいのさ』
『『蒼薔薇の瞳』持ちとはいえど、所詮はアルベルトの代替品。ま、アルベルトにもしものことなんてないからな。お前に存在価値なんてあるのか?』
『伯父上も伯母上もバカだよなぁ。お前みたいなのを好きにさせてんだから』
『女の分際で『蒼薔薇の瞳』を持ってるなんて生意気なんだよ。アルベルトだけで十分だろ』
言葉だけなら無視していればいい。ギルベルトとは従兄妹同士であり子供の頃から交流があった――つまり子供の頃から心ない言葉を浴びせられてきたクラリスにとってはギルベルトのこんな言動は慣れっこで、言われても無視していた。だが、「女」を見下しているアルベルトは、「女」であるクラリスに無視されていることすら腹立たしかったようだ。魔術で攻撃されたことや、実際に髪を引っ張られたり叩かれたりしたこともあったし、長じるにつれて手口は陰険かつ分かりづらくなっていった。
もちろん、王女であるクラリスのそばには常に侍女たちや警備の兵士たちがいて、ギルベルトのそんな言動はすべて国王であるルドヴィクに筒抜けだった。だが、ルドヴィクはある程度は目をつぶっていた。決してクラリスを軽んじていたわけではなく、単純にその都度ギルベルトを注意するとなると毎週のようにギルベルトを呼び出さなければならなかったからだ。国王であり多忙なルドヴィクは、わざわざ毎週甥を呼び出すわけにはいかなかった。だが、さすがに度が過ぎると呼び出して厳しく叱責した。王家の血を引き『蒼薔薇の瞳』を持つとはいえ、お前は王族ではない。クラリスは王位継承者はないがれっきとした王女で、なにより自分の大事な娘だと。我が子を傷つけることがこれからも続くのであればお前の処遇も考えなければならないと。
――だが、ここで邪魔者が一人。ギルベルトの母親である。
『義兄上、ギルベルトは『蒼薔薇の瞳』を持つれっきとした王家の血を引く存在にございます。ギルベルトの処遇に関しては慎重になられませ。クラリス様がギルベルトを大切にしないのも悪いのでは?』
ギルベルトを溺愛していた彼女は、ギルベルトに対する叱責を許さなかった。要するに、クラリスが悪いのだと。そんな義妹の言動に、ルドヴィクはいつも眉を顰めていたがもはやあきらめの境地だった。
ともかく、である。そんな風に昔からクラリスを邪険に扱い粗雑で冷酷だったギルベルトが今更クラリスに求愛し媚びてくる理由は一つしかない。アルベルトの急逝に伴いクラリスが王位継承者となったからだ。貴族たちが女であるクラリスが王位継承者になることに反発し、クラリスの配偶者としてギルベルトを即位させようと提案したのがギルベルトの耳に入ったのである。そして、ギルベルトとその母親は自分たちの手に王位が転がり込んでくる可能性が浮上したことに狂喜乱舞。クラリスに媚び、婚姻を成立させようと画策しているのだろう。
「あんなやつと婚姻を結ぶなんて絶対に嫌よ」
「クラリス様……」
「ギルベルトが王になったらこの国は滅ぶわ。それだけは絶対に避けなきゃ」
クラリスはそう言いながら手紙を放り捨てたのだった。
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