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No.7 天籟
File:8 声
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疲れたは疲れたが……それで足を止めている場合じゃねぇよな。さっきの侍は相当強かった。まだ絵画は見当たらねぇが、リアムの考察が正しいとするなら、目標に近付いているのは確かだ。まぁそれは、他の奴らも同じなんだろうけど。
兎に角だ。向かう方向が合ってるんだ。ソフィアは俺以上に絵画へ近付いていても不思議じゃねぇ。俺は瞼を閉じ、ソフィアに持たせていた蝙蝠へ意識を飛ばす。
……成功したな。そこそこ遠い。まだ絵画は見付かってないようだが……俺が居る場所とはかなり雰囲気が違う。木が捻じれ、濃い霧が立ち込めている。リアムが言っていた『空間が歪んでいる』というのはこの事か?取り敢えず、ソフィアが絵画へ近付いているだろう事は確認できた。俺も急がねぇとだな。
「つっても俺、ソフィアみてぇな速度出ねぇけど……」
手札の多さは俺の方が上だが、単純な身体能力だけ見るんならソフィアの方が微妙に上だ。可能な限り速度は上げるが、追い付くのは少し骨が折れるな。あぁでも、分業してるから気にする程の事でもねぇか?まぁ急ぐに越した事は無ぇ。俺は再び、林の中を走り始めた。
問題は、やっぱ他の魔術師共だな。ソフィアより遠くへ進んでるとは思えねぇが、あの侍以上に強い奴とぶち当たっとして、俺と同じ程度時間を使ってるとも思えねぇ。他の魔術師の正確な位置が掴めねぇ以上は妨害もできねぇ。
作戦ミスったか?絵画の捜索はソフィアに任せて、俺は他の魔術師の妨害をするとか……いやしかし、協会の死神共が俺の半端な妨害を馬鹿正直に受ける気もしねぇんだよなぁ……そもそも受けたとして、正面からねじ伏せられて終わりってのも十二分に考えられる。
「あ~面倒臭ぇなぁクソ」
落ち着け。思い出せ。俺の役割は広範囲を正確に捜索する事だ。具体的な位置が明らかになっていない以上、ただの人間の視点じゃ死角は必ずできる。その中に丁度絵画があっても不思議じゃねぇ。元からそれ狙いの分業作戦だろうが。俺は全身を蝙蝠の群れへ変化させ、林の中へ飛ばす。
あの男……ジョセフと言ったか。思ったよりも強いようだ。『魔術師』と名乗ってはいたが、研究者と言うよりは戦士、兵士に近い印象だ。特別行動班の面子も似たような物だが、彼はその側面が私達以上に強そうだ。日本の退魔師達以上かも知れない。
それにもう一人の方は兎に角速い。移動速度は私達の誰よりも速く、そして何故か強い骸骨に遭遇しない。戦闘を避けるよう動いている様子も無いだけに不可解だ。そういう魔術でも使っているのか?自身の気配や魔力を消すか、或いは姿まで消しているか……こういう魔術は珍しくないが、良い使い方だ。
恐らく、彼女は他の誰よりも絵画に近付いている。彼らが我々の契約に利益を感じ、協力した魔術師ならそれで良いが、彼らが悪意を持ち、絵画を強奪、利用しようとしている魔術師である可能性は否定できない。念には念を入れて、急ぐ必要があるだろう。間違えても、アレを悪意を持った人間に渡してはいけない。
『リアム』
突然、無線機から声が聞こえて来た。馴染みがある訳ではないが、聞き覚えのある、一度聞けば忘れられない、威圧感と存在感のある声。この声を主を一度見た者は、誰もが彼を『この地上で最も強く、恐ろしいモノ』と答えるだろう。
自然と、背筋が凍るような緊張が走る。私は走りながらも、軽く深呼吸をし、無線機から聞こえる声へ耳を傾ける。
「……いかがしましたか?」
『話を聞いたんだ。そっちにジョセフ、ソフィアという名の二人組が居るだろう?』
「はい。あの二人が何か?」
『魔女の絵画を二人に譲ってほしい』
その言葉に、私は思わず足を止めた。何を言っているんだ?『魔女の絵画』の確保は、協会の中でもかなり重要度の高い案件だ。それを協会の魔術師でないあの二人に、『譲れ』と?契約で縛る訳でも何かの対策をするでもなく、ただ譲れと言うのか?とても納得できる事ではない。
「……何故でしょう」
『その方が良い。俺達にとっても、彼らにとっても』
「それだけで私が、それ以上に上層部が納得するとお思いですか?」
『するしか無い』
「ですから……!」
『それだけで納得できる訳が無い』。それだけの簡単な言葉を、私は口から出す事ができなかった。途方も無い恐怖と緊張感が、私の心臓を、いや全身を貫き、周囲の空間に固定する。私は呼吸が早く、浅くなるのを感じながら、次の言葉へ耳を傾ける。
「おれをてきにまわしたくはないだろう?」
その声は無線機からではなく、私の直ぐ後ろ、正に耳元で聞こえたような気がした。声は『じゃあ、頼んだ』とだけ言い残して、通信から消えてしまった。私はその場にしゃがみ込み、大きく溜息を漏らす。
「何なんだあの人……」
確かに、彼を敵に回したいと思う神秘学者は、この世に一人として居ないだろう。彼に敵視されれば、どんな人間も敵を噛めない蟻と変わらない。だからって、それを脅しの道具に使うなよ……
何が『協会の死神』だ。彼一人だけの方が、よっぽどその名に相応しい。この世のどこに居ようが、恐らくはあの世や、存在するかも不確かな異世界に渡ろうが、彼から逃れる事はできない。彼が『殺す』と決めたなら、どこに居ようが殺しに来る。死んでも死んでも殺しに来る。それができるからこそ、私は彼に逆らわない。
私は無線機で他の魔術師達へ連絡を入れようとして、無線機の電源を入れていなかった事を思い出した。
兎に角だ。向かう方向が合ってるんだ。ソフィアは俺以上に絵画へ近付いていても不思議じゃねぇ。俺は瞼を閉じ、ソフィアに持たせていた蝙蝠へ意識を飛ばす。
……成功したな。そこそこ遠い。まだ絵画は見付かってないようだが……俺が居る場所とはかなり雰囲気が違う。木が捻じれ、濃い霧が立ち込めている。リアムが言っていた『空間が歪んでいる』というのはこの事か?取り敢えず、ソフィアが絵画へ近付いているだろう事は確認できた。俺も急がねぇとだな。
「つっても俺、ソフィアみてぇな速度出ねぇけど……」
手札の多さは俺の方が上だが、単純な身体能力だけ見るんならソフィアの方が微妙に上だ。可能な限り速度は上げるが、追い付くのは少し骨が折れるな。あぁでも、分業してるから気にする程の事でもねぇか?まぁ急ぐに越した事は無ぇ。俺は再び、林の中を走り始めた。
問題は、やっぱ他の魔術師共だな。ソフィアより遠くへ進んでるとは思えねぇが、あの侍以上に強い奴とぶち当たっとして、俺と同じ程度時間を使ってるとも思えねぇ。他の魔術師の正確な位置が掴めねぇ以上は妨害もできねぇ。
作戦ミスったか?絵画の捜索はソフィアに任せて、俺は他の魔術師の妨害をするとか……いやしかし、協会の死神共が俺の半端な妨害を馬鹿正直に受ける気もしねぇんだよなぁ……そもそも受けたとして、正面からねじ伏せられて終わりってのも十二分に考えられる。
「あ~面倒臭ぇなぁクソ」
落ち着け。思い出せ。俺の役割は広範囲を正確に捜索する事だ。具体的な位置が明らかになっていない以上、ただの人間の視点じゃ死角は必ずできる。その中に丁度絵画があっても不思議じゃねぇ。元からそれ狙いの分業作戦だろうが。俺は全身を蝙蝠の群れへ変化させ、林の中へ飛ばす。
あの男……ジョセフと言ったか。思ったよりも強いようだ。『魔術師』と名乗ってはいたが、研究者と言うよりは戦士、兵士に近い印象だ。特別行動班の面子も似たような物だが、彼はその側面が私達以上に強そうだ。日本の退魔師達以上かも知れない。
それにもう一人の方は兎に角速い。移動速度は私達の誰よりも速く、そして何故か強い骸骨に遭遇しない。戦闘を避けるよう動いている様子も無いだけに不可解だ。そういう魔術でも使っているのか?自身の気配や魔力を消すか、或いは姿まで消しているか……こういう魔術は珍しくないが、良い使い方だ。
恐らく、彼女は他の誰よりも絵画に近付いている。彼らが我々の契約に利益を感じ、協力した魔術師ならそれで良いが、彼らが悪意を持ち、絵画を強奪、利用しようとしている魔術師である可能性は否定できない。念には念を入れて、急ぐ必要があるだろう。間違えても、アレを悪意を持った人間に渡してはいけない。
『リアム』
突然、無線機から声が聞こえて来た。馴染みがある訳ではないが、聞き覚えのある、一度聞けば忘れられない、威圧感と存在感のある声。この声を主を一度見た者は、誰もが彼を『この地上で最も強く、恐ろしいモノ』と答えるだろう。
自然と、背筋が凍るような緊張が走る。私は走りながらも、軽く深呼吸をし、無線機から聞こえる声へ耳を傾ける。
「……いかがしましたか?」
『話を聞いたんだ。そっちにジョセフ、ソフィアという名の二人組が居るだろう?』
「はい。あの二人が何か?」
『魔女の絵画を二人に譲ってほしい』
その言葉に、私は思わず足を止めた。何を言っているんだ?『魔女の絵画』の確保は、協会の中でもかなり重要度の高い案件だ。それを協会の魔術師でないあの二人に、『譲れ』と?契約で縛る訳でも何かの対策をするでもなく、ただ譲れと言うのか?とても納得できる事ではない。
「……何故でしょう」
『その方が良い。俺達にとっても、彼らにとっても』
「それだけで私が、それ以上に上層部が納得するとお思いですか?」
『するしか無い』
「ですから……!」
『それだけで納得できる訳が無い』。それだけの簡単な言葉を、私は口から出す事ができなかった。途方も無い恐怖と緊張感が、私の心臓を、いや全身を貫き、周囲の空間に固定する。私は呼吸が早く、浅くなるのを感じながら、次の言葉へ耳を傾ける。
「おれをてきにまわしたくはないだろう?」
その声は無線機からではなく、私の直ぐ後ろ、正に耳元で聞こえたような気がした。声は『じゃあ、頼んだ』とだけ言い残して、通信から消えてしまった。私はその場にしゃがみ込み、大きく溜息を漏らす。
「何なんだあの人……」
確かに、彼を敵に回したいと思う神秘学者は、この世に一人として居ないだろう。彼に敵視されれば、どんな人間も敵を噛めない蟻と変わらない。だからって、それを脅しの道具に使うなよ……
何が『協会の死神』だ。彼一人だけの方が、よっぽどその名に相応しい。この世のどこに居ようが、恐らくはあの世や、存在するかも不確かな異世界に渡ろうが、彼から逃れる事はできない。彼が『殺す』と決めたなら、どこに居ようが殺しに来る。死んでも死んでも殺しに来る。それができるからこそ、私は彼に逆らわない。
私は無線機で他の魔術師達へ連絡を入れようとして、無線機の電源を入れていなかった事を思い出した。
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