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No.8 ふじのやま
File:22 修行
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シュウジとの決闘から更に二週間。俺は毎日、日中夜中問わず、日本のダイアモンドクラスと代わる代わる戦い続けた。強くなる実感は多少なりともあるが、それ以上に問題があった。
吸血鬼になった俺は、身体能力の強化や吸血鬼としての特性を獲得する他にも、単純に体力が無尽蔵になる。このお陰で俺は、再生能力便りの泥仕合でも勝てる。とは言え、気力はそうも行かねぇ。頭脳労働が続けば頭痛がしたり集中力が著しく低下したり、疲労感を感じたりはする。そして手札を伏せているダイアモンドクラスとの闘いは、想像以上に頭を使う。
まぁ何が言いてぇかと言うと、俺の体に、恐らく空前絶後であろう異常事態が発生している。俺は闘技場の観戦席で、なるべく楽な体勢を模索している。
「ジョセフ君……大人しく仮眠室を使わせてもらったらどうだい?」
「無理だろうなぁ……いやそれよりも、少し休みてぇ……」
あの鬼畜共が。誰か一人、或いは一組に勝つまではこの闘技場以外の施設を使わせねぇとか、頭がおかしくなりそうだ。せめて仮眠室使わせろ。休ませろ。
本来睡眠の必要が無ぇ筈の俺は、人生で恐らく初めて眠気という物を感じている。だがベンチの幅が狭いせいで、横になって眠れねぇ。眠りてぇのに眠れねぇ状況がこんな面倒なモンだとは知らなかった。
「……私から彼らに掛け合ってみよう」
「いやよせ。ここで通す我儘は俺を甘えさせる」
強くなる。強くなる。ソフィアを守れるように。コイツへ伸びる悪意の糸を全て断ち切れるように。コイツを害そうとする全てを叩き潰せるように。
もう少しで次のダイアモンドクラスが来る。眠ぃ。だが、動かない事には何も変わらねぇ。取り敢えず起き上がって、準備運動でも……と思い、立ち上がろうとした俺の頭を、ソフィアは抱き寄せるようにして、自身の膝に押し当てた。
「……なぁ、放してくれると助かるんだが?」
「一度休んだ方が良い。ベンチは相変わらず狭いが、枕の代わり程度にはなれるさ」
「もう少しで次の相手が来るんだ。休んでる暇は……」
「万全の状態で戦うべきだ。どんな状況でもある程度良いパフォーマンスができる事は重要だが、あまり悪すぎるコンディションで事に当たっても、良い結果は出ないだろう?」
「いやそういう話じゃ……」
あぁ不味い。眠気がひでぇ。体が上手い事動かねぇ。と言うか意識が……段々……
眠ってくれた。いやぁ良かった。流石にここ二週間のジョセフ君は動き過ぎだ。いくら彼に睡眠の必要が無いとしても、全く疲労が蓄積しない訳じゃないだろう。事実、彼は睡眠薬を用いて無理矢理眠ったり、目を閉じ、仮眠を取る事がある。最も、この二週間はそれすら無かった訳だが。
彼をそうさせているのは私だ。私が彼を止めるのは筋違いだろう。それでも、私は彼に無理をしてほしくない。自分の命を軽くみないでほしい。自分の事を大事にしてほしい。私なんかよりも、自分の事を。
もし私があの日、初めて彼と会った日、彼と関わりを持ち続ける事になるような話にしなければ、こんな事になっていなかったんだろうか。もし私が彼と関わり続けなければ、こんな事になっていなかったんだろうか。もし私が彼と出会わなければ、こんな事になっていなかったんだろうか。もし、私が生まれて来なければ……
「なんで、この男が貴女の膝枕で寝ていますの?」
突然、後ろから声がした。その声の主の方へ振り向くと、そこには『エヴァラックの盾』で戦った、少女の姿があった。彼女は冷たい目つきで、私の膝で眠っているジョセフ君を見下ろしている。
「一応、私達も暇じゃないのですけれど」
「この二週間一睡もせず、仮眠も取らずだったんだ。少し位、許してあげたらどうだい?」
「『修行を続ける』という意思が無ければ、簡単にロックは外れますわ。そうなっていないという事は、この男にまだその意思があるという事。止めるのも、休ませるのも、彼のとっての侮辱では?」
「時間が無駄に消えるのを防いだだけだとも」
「それが侮辱だと言っているのですけど?本当、頭に来る二人……」
最後の言葉は日本語だった。私達に伝わらないようにというよりは、本音が漏れたような感じだ。まぁそうだろうな。彼女達の立場からすると、私達に協力する事自体が不愉快な筈だ。まぁ、だからと言ってどうしようという気も起きない訳だが。
「彼を強くする事で君達にどんなメリットがあるかは知らないが、ただ彼を打ちのめしているだけでは、意味が無いんじゃないか?」
「メリットなんて無いですわ。ただお姉様と八神蒼佑が、そうするように言っただけですもの」
「あの二人の考えは読めそうも無いな……まぁ、それなら尚更、彼を一度休ませるべきだと思うが?」
「……はいはいそうですわね。取り敢えず、私と手合わせする筈だった時間を、この男の休憩時間に充てますわ」
「ありがとう」
千里眼が使えないせいで、正確ではないだろうが、彼女は強い不快感を感じている筈だ。それでも私の主張を認める辺り、彼女は私達と、多くの言葉を交わしたくないのだろう。まぁ、全く話さないという訳でもないのだから、何も問題は無い訳だが。
吸血鬼になった俺は、身体能力の強化や吸血鬼としての特性を獲得する他にも、単純に体力が無尽蔵になる。このお陰で俺は、再生能力便りの泥仕合でも勝てる。とは言え、気力はそうも行かねぇ。頭脳労働が続けば頭痛がしたり集中力が著しく低下したり、疲労感を感じたりはする。そして手札を伏せているダイアモンドクラスとの闘いは、想像以上に頭を使う。
まぁ何が言いてぇかと言うと、俺の体に、恐らく空前絶後であろう異常事態が発生している。俺は闘技場の観戦席で、なるべく楽な体勢を模索している。
「ジョセフ君……大人しく仮眠室を使わせてもらったらどうだい?」
「無理だろうなぁ……いやそれよりも、少し休みてぇ……」
あの鬼畜共が。誰か一人、或いは一組に勝つまではこの闘技場以外の施設を使わせねぇとか、頭がおかしくなりそうだ。せめて仮眠室使わせろ。休ませろ。
本来睡眠の必要が無ぇ筈の俺は、人生で恐らく初めて眠気という物を感じている。だがベンチの幅が狭いせいで、横になって眠れねぇ。眠りてぇのに眠れねぇ状況がこんな面倒なモンだとは知らなかった。
「……私から彼らに掛け合ってみよう」
「いやよせ。ここで通す我儘は俺を甘えさせる」
強くなる。強くなる。ソフィアを守れるように。コイツへ伸びる悪意の糸を全て断ち切れるように。コイツを害そうとする全てを叩き潰せるように。
もう少しで次のダイアモンドクラスが来る。眠ぃ。だが、動かない事には何も変わらねぇ。取り敢えず起き上がって、準備運動でも……と思い、立ち上がろうとした俺の頭を、ソフィアは抱き寄せるようにして、自身の膝に押し当てた。
「……なぁ、放してくれると助かるんだが?」
「一度休んだ方が良い。ベンチは相変わらず狭いが、枕の代わり程度にはなれるさ」
「もう少しで次の相手が来るんだ。休んでる暇は……」
「万全の状態で戦うべきだ。どんな状況でもある程度良いパフォーマンスができる事は重要だが、あまり悪すぎるコンディションで事に当たっても、良い結果は出ないだろう?」
「いやそういう話じゃ……」
あぁ不味い。眠気がひでぇ。体が上手い事動かねぇ。と言うか意識が……段々……
眠ってくれた。いやぁ良かった。流石にここ二週間のジョセフ君は動き過ぎだ。いくら彼に睡眠の必要が無いとしても、全く疲労が蓄積しない訳じゃないだろう。事実、彼は睡眠薬を用いて無理矢理眠ったり、目を閉じ、仮眠を取る事がある。最も、この二週間はそれすら無かった訳だが。
彼をそうさせているのは私だ。私が彼を止めるのは筋違いだろう。それでも、私は彼に無理をしてほしくない。自分の命を軽くみないでほしい。自分の事を大事にしてほしい。私なんかよりも、自分の事を。
もし私があの日、初めて彼と会った日、彼と関わりを持ち続ける事になるような話にしなければ、こんな事になっていなかったんだろうか。もし私が彼と関わり続けなければ、こんな事になっていなかったんだろうか。もし私が彼と出会わなければ、こんな事になっていなかったんだろうか。もし、私が生まれて来なければ……
「なんで、この男が貴女の膝枕で寝ていますの?」
突然、後ろから声がした。その声の主の方へ振り向くと、そこには『エヴァラックの盾』で戦った、少女の姿があった。彼女は冷たい目つきで、私の膝で眠っているジョセフ君を見下ろしている。
「一応、私達も暇じゃないのですけれど」
「この二週間一睡もせず、仮眠も取らずだったんだ。少し位、許してあげたらどうだい?」
「『修行を続ける』という意思が無ければ、簡単にロックは外れますわ。そうなっていないという事は、この男にまだその意思があるという事。止めるのも、休ませるのも、彼のとっての侮辱では?」
「時間が無駄に消えるのを防いだだけだとも」
「それが侮辱だと言っているのですけど?本当、頭に来る二人……」
最後の言葉は日本語だった。私達に伝わらないようにというよりは、本音が漏れたような感じだ。まぁそうだろうな。彼女達の立場からすると、私達に協力する事自体が不愉快な筈だ。まぁ、だからと言ってどうしようという気も起きない訳だが。
「彼を強くする事で君達にどんなメリットがあるかは知らないが、ただ彼を打ちのめしているだけでは、意味が無いんじゃないか?」
「メリットなんて無いですわ。ただお姉様と八神蒼佑が、そうするように言っただけですもの」
「あの二人の考えは読めそうも無いな……まぁ、それなら尚更、彼を一度休ませるべきだと思うが?」
「……はいはいそうですわね。取り敢えず、私と手合わせする筈だった時間を、この男の休憩時間に充てますわ」
「ありがとう」
千里眼が使えないせいで、正確ではないだろうが、彼女は強い不快感を感じている筈だ。それでも私の主張を認める辺り、彼女は私達と、多くの言葉を交わしたくないのだろう。まぁ、全く話さないという訳でもないのだから、何も問題は無い訳だが。
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