3 / 80
村のキッチンと新たな挑戦
しおりを挟む日記、三日目。
この世界に来て、ようやく三日目だ。
昨日、僕たちはリナの案内で村にたどり着いた。
エルドリア大陸の小さな村、「オークウェル」
木造の家々が並び、煙突から漂うスープの匂いがどこか懐かしい。
でも、やっぱりこの世界の独特な雰囲気があって、僕の知ってる日本の田舎とは全然違う。
今日は初めてこの世界のキッチンに立った。
そして、料理を通じて、この世界のことをもっと知ったんだ。
---
村に着いたのは、夕暮れ時だった。
オークウェルの入り口には、木の看板が立っていて、擦れた文字で「ようこそ」と書かれていた。
文字も日本語で見えるんだなあとぼんやり思う。
家々は丸太でできた簡素な作りで、屋根には藁やスレートが葺かれている。
道は土と石が混ざったもので、馬車や人の足跡で少し凸凹だ。
遠くには、畑や牧場が見えるけど、規模は小さくて、必要最低限の食料を賄っている感じ。
リナが連れて行ってくれたのは、村の中心にある宿屋だった。
「オークの休息」という名前で、木の温もりが感じられる建物だ。
中に入ると、薪が燃える暖炉の匂いと、煮込み料理の香りが混ざった空気が迎えてくれた。
でも、その香りは……正直、ちょっと物足りない。
塩気が強すぎるか、逆に薄すぎるか。
スパイスやハーブのバランスが悪いのかな、って思った。
宿屋の主人は、ガッシリした体格のオッサンで、名前はカールさん。
リナが僕のことを説明すると、カールさんは眉を上げて、興味深そうに僕を見た。
「ほう、別の世界から来たって? そりゃ珍しいな。で、リナの話だと、料理が得意だと?」
「はい、料理は好きで、よく家で作ってました。」
カールさんは、腕を組んでニヤリと笑った。
「そいつはいい。この村の料理は、はっきり言ってマズいぞ。腹を満たすだけで、味なんて二の次だ。何か美味いもん作れるなら、歓迎するぜ。」
リナが、目をキラキラさせて割り込んできた。
「ね、ね、優! さっそく何か作ってよ! 昨日、森で集めた食材、使えるでしょ?」
「うん、確かに。ミストマッシュルームとサファイアベリー、ルミナフラワーの蜜があったよね。キッチン借りられるなら、試してみたいな。」
カールさんが、顎を撫でながら答えた。
「キッチンは自由に使っていい。ただ、うちの調理器具は大したことないぞ?鍋とフライパン、後は薪の火くらいだ。都会の料理屋みたいな凝った道具は期待するなよ。」
「都会?」
思わず聞き返した。
この世界にも、都会と村の違いがあるんだ。
首を傾げていたら、リナが説明してくれた。
「そう、エルドリア大陸には、大きな都市もあるんだよ。例えば、王都のルミエール。そこには、魔法で動く調理器具とか、珍しいスパイスを扱う市場とか、すっごい料理屋があるんだ。でも、こんな田舎の村じゃ、基本は自給自足。鍋一つ、火一つでなんとかするしかないんだよね。」
「魔法で動く調理器具!?
どんなの?」
「えっと、例えば、自動で火加減を調整するオーブンとか、食材を瞬時に切り分ける魔法のナイフとか! 王都の料理人は、魔法と料理を組み合わせて、すっごい料理を作るんだって。でも、めっちゃ高いから、私みたいな冒険者は滅多に行けないけど。」
リナの話に、頭の中でイメージが膨らんだ。
魔法で動くオーブン!?
火加減を自動で調整してくれるなんて、夢みたいな話だ。
でも、この村ではそんなハイテクな道具はないらしい。
シンプルな調理法で、最大限の味を引き出すしかない。
それは…逆に燃えてくるな。
「よし、カールさん、キッチン貸してください! 今夜はみんなで食べられる料理を作ってみます!」
カールさんが、ニヤッと笑ってキッチンに案内してくれた。
宿屋のキッチンは、想像以上に簡素だった。
石造りの竈に、鉄の鍋とフライパンが一つずつ。
木のまな板は、使い込まれて表面がボコボコだ。
ナイフは錆びてないけど、刃が少し欠けている。
調味料は、塩と何か乾燥した葉っぱだけ。
葉っぱを嗅いでみると、ちょっとローズマリーに似た香り。
でも、この世界のハーブだろう。
名前はわからないけど、使えそうだ。
「これが、村のキッチンか……。確かに、さっき話してた都会の料理屋とは大違いだな。」
独り言をつぶやきながら、森で集めた食材を並べた。
ミストマッシュルーム、サファイアベリー、ルミナフラワーの蜜。
カールさんが、村の貯蔵庫からジャガイモみたいな根菜と、ゴブリンホッグの干し肉を少し分けてくれた。
これで、何か作れる。
まずは、ミストマッシュルームのスープにしよう。
リナが言ってた通り、焼くと甘みが出るらしいから、フライパンで軽く炒めてみる。
火を熾すのは、ちょっと手間取った。
薪に火をつけるのに、擦り合わせる石を使って火花を飛ばすなんて、キャンプ以来だ。
でも、なんとか火が点いた。
フライパンに干し肉の脂を少し溶かして、ミストマッシュルームを炒める。
紫色のキノコが、熱で少し縮んで、香ばしい匂いが漂ってきた。
うん、いい感じだ。
次に、根菜を小さく切って、鍋に水と一緒に入れる。
水は、村の井戸から汲んできたもの。
ガルドさんが「煮沸すれば安全だ」と教えてくれたから、しっかり沸騰させる。
そこに、炒めたキノコと、ちぎった干し肉を加えた。
干し肉を入れているから塩を控えめに、ローズマリーっぽいハーブをパラパラと振ってみる。
「ゆーうー、出来たー?うわ、いい匂い!」
リナが、キッチンの入り口で鼻をヒクヒクさせながら現れた。
「まだできてないよ。でも、いい感じになってきたかな。」
「絶対美味しいよ、これ! 優、ほんとすごいね!」
リナの期待の目に、ちょっと照れた。
でも、プレッシャーも感じる。
この世界の人は、こんなシンプルな料理でも喜んでくれるのかな?
スープが煮えたところで、サファイアベリーを試してみることにした。
そのまま食べると、甘酸っぱいらしいけど、デザートっぽくしたい。
ルミナフラワーの蜜を少し混ぜて簡単なコンポートにしてみよう。
鍋にベリーと蜜を入れて、弱火で煮る。
甘い香りがキッチンに広がって、リナがまた叫んだ。
「やばい! やーばい!なにこれ、めっちゃ美味しそう! 優、王都の料理人に負けてないよ!」
「いやいや、まだ食べてないでしょ。味見してから褒めてよ。」
スープとコンポートが完成した頃、宿屋の食堂に村人たちが集まってきた。
カールさんが、「新しい料理人が何か作ってるぞ」って触れ回ったらしい。
テーブルには、10人くらいの村人が座っていて、みんな興味津々だ。
「ほら、優、持ってきな。みんな、待ってるぞ。」
カールさんに促されて、鍋と皿を運んだ。
スープを木のボウルに盛り、サファイアベリーのコンポートを小さな皿に分ける。
村人たちの目が、キラキラしてる。
でも、ちょっと不安そうでもある。
そりゃ、知らないやつが作った料理は警戒するよね。
「えっと、ミストマッシュルームとゴブリンホッグのスープです。デザートに、サファイアベリーのコンポートも。どうぞ、食べてみてください。」
みんなは恐る恐るスープを口に運んだ。
最初は静かだった食堂が、急にざわめき始めた。
「うわ、なんだこれ! スープが、こんなに美味いなんて!」
「キノコの甘みがすごい! 肉の臭みもないぞ!」
「このデザートも甘酸っぱくて、めっちゃいい!」
リナはボウルを両手で持って、ガツガツ飲んでる。
女の子とは思えない食べっぷりだ…。
「っはー!優ってば天才! こんな美味しいスープ、初めてだよ!コンポートも甘いのに、くどくない!」
初めて食べると言うのに食レポ出来ちゃうみんなに僕としてはびっくりなんだけど。
でも美味しそうな顔に嬉しくなる。
カールさんも満足そうに頷いた。
「こりゃ、すげえな。優、お前、都会の料理人顔負けだぞ。この村でこんな料理が食えるなんて、夢みたいだ。」
みんなの笑顔を見て、胸が熱くなった。
料理って、こんな風に人を幸せにできるんだ。
この世界でも、僕の居場所が見つかった気がした。
でも、カールさんがポツリと言った。
「ただな、優。 この村でこんな料理が食えるのは奇跡だ。都会じゃもっとすごい料理があって、魔法で食材の味を引き出したり、見た目も派手にしたりする。 お前、才能あるんだから、いつか王都で腕試ししてみねえか?」
「王都で?」
「ああ。ルミエールじゃ、料理コンテストが開かれてる。勝てば名声も金も手に入る。 お前ならやってけるんじゃねえか?」
それを聞いたリナが、目を輝かせて言った。
「いいね、それ! 優!絶対王都に行こうよ! 私も冒険者としてもっと稼ぎたいし、一緒に行ったら楽しいよ!」
王都、ルミエール。
魔法の調理器具、珍しいスパイス、料理コンテスト。
なんか、めっちゃワクワクしてきた。
でも、今はまだこの村で、もっとこの世界の料理を学びたい。
どんな食材があって、どんな味がするのか。
一つ一つ、試してみたいんだ。
この日記も、リナが貸してくれた紙に書いている。
彼女はほんと頼りになるな。
明日も、村の食材で何か作ってみよう。
ゴブリンホッグの肉、もっと柔らかくする方法、考えてみるか。
230
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。
かの
ファンタジー
孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。
ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈
【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ
一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。
百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。
平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。
そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。
『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』
雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。
前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。
しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。
これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。
平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。
異世界ネットスーパー始めました。〜家事万能スパダリ主夫、嫁のために世界を幸せにする〜
きっこ
ファンタジー
家事万能の主夫が、異世界のものを取り寄せられる異世界ネットスーパーを使ってお嫁ちゃんを癒やしつつも、有名になっていく話です。
AIと一緒に作りました。私の読みたいを共有します
感想もらえたら飛んで喜びます。
(おぼろ豆腐メンタルなので厳しいご意見はご勘弁下さい)
カクヨムにも掲載予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる