おじろよんぱく、何者?

月芝

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716 千本鳥居

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 わらわら観光客で賑わう伏見稲荷。
 春夏秋冬、年がら年中、ご利益を求める参拝者の姿が途絶えることがないというのだから驚きだ。平日からお参りするのに順番待ちが必要とか、どんだけだよ。高月の寺社仏閣なんて、いつでも拝み放題だというのに。
 さすがは稲荷の総本山、たいした盛況ぶりである。
 あぁ、この二十分の一でもうちの商店街にご利益をわけてくれたら……。

 なんぞと考えながら参道をえっちらおっちら。
 ずらずらずらずら、視界の先まで延々と並ぶたくさんの鳥居たち。名物の千本鳥居。じつに幻想的かつ壮観な光景だ。
 ……にしてもここは、なんだかざわざわする。
 聖域特有の凛とした空気、清浄さ、どこか浮世離れした雰囲気がある一方で、妙なぬめり、湿り気があるというか、生々しい俗っぽさが混在している。
 まるで場所自体が生きており、汗をかいては呼吸をしているかのよう。

 おれと美人母娘は朱色の行列の下を潜っては、写真撮影に勤しむ参拝客らをかわしつつ先へ先へと。
 参道にはやや傾斜がある。地味にしんどい。
 だというのに先を歩く竜胆さん。慣れた足どりにて静々進む。動きにくい和装姿にもかかわらず、涼しい顔にて汗のひとつもかいちゃいない。
 そのうしろにて並んで歩くおれと桔梗。

「なぁ、裏千社の本部って、どこにあるんだ? うえの本殿にあるのか? それとも高野山みたいに奥の院とかあるの?」
「いえ、それとは少しちがいますね。えーと、そろそろだと思うのですけど」

 桔梗の言葉におれが首をかしげていると、ふいに足を止めたのは前にいた竜胆さん。
 くるりとこちらをふり返る。

「さぁ、こちらへ」

 そこは数えて三百三十三本目の鳥居の前であった。
 艶のある流し目にてにこり。竜胆さんが鳥居の柱の陰へとまわるようにして、参道を脇へとそれたかとおもえば、その姿がふつりと消えた。気配やニオイが完全に途絶え、文字通りの消失。いわゆるひとつの神隠し?
 おれは驚きのあまり「えっ!」と固まる。
 そんなおれの腕をとり、「私たちも行きましょう。ぐずぐずしていたら門が閉じてしまいます」と桔梗。
 されるがままに竜胆さんにならって、おれたちも柱の裏へ。

 瞬間、へんな感触があった。
 いなくなった家ネコの探索時に、縁の下とかに入ったとき、うっかりクモの巣に顔から突っ込んだときのような……。

 とたんに世界ががらりと変わった。
 参道に充ちていた賑やかな声は途切れ、あれほどいた参拝者らの姿が一斉に消えた。
 空気がひやり。清浄さがさらに増す。あまりにも凛と澄みすぎて逆に怖いほど。
 急激すぎる環境の変化に思考が追いつかない。おれはやや呆然自失。

 ジャリ。

 足下で鳴った音で、はっとする。
 地面に顔を向ければ白い玉砂利がびっちり敷き詰められてあった。
 そして顔をあげたおれの視界に飛び込んできたのは、大きな社(やしろ)。
 鮮やかな朱色を基調とした荘厳にして美麗なる建造物。

『御本殿五社相殿ウチコシナガシ作四方ニ高欄有ケタ行五間五尺ハリ行五間五尺』

 と社記に記されている「稲荷造」の建物。
 信仰心なんぞたいして持ち合わせちゃいないおれでも、おもわずあんぐりして見入ってしまうほど。圧巻の様式美。意匠、ここに極まれり!

「ごくり……。ここがあの裏千社の本拠地」

 存在自体は動物界隈にて広く知られているけれども、キツネ族以外が足を踏み入れたという話はほとんど聞かない。おれはいまそんな稀有な場所に立っている。
 立ち尽くし目をぱちくりしているおれ。
 桔梗が「ふふふ」と控えめな笑みにて「私も小さい頃にはじめて母に連れてこられたときには驚いたものです。もっとも足繁く通ううちに、すっかり馴れてしまいましたけど」

 なんでも同じ敷地内に狐崑九尾羅刃拳の道場があるそうな。
 ちなみにこの裏千社の本拠地。誰でも入れるわけじゃない。事前に許可をもらい、招かれた者のみが、あの三百三十三本目の鳥居から立ち入れるからくりになっているんだと。
 うーん、摩訶不思議な奇天烈空間。

 おれと桔梗が足を止めていたら「急ぎなさい」と竜胆さんから軽い叱責。「もうみなさま、お揃いとのことです」

 あわてて駆け寄りつつ「みなさまとはなんぞや?」とたずねたら、竜胆さんは「説明している時間はありません。どうせ行けばすぐにわかります」と素っ気ない。
 どうやら例の殺生石がらみの件にて集まった面々らしいのだが、どうしてそんなご大層な席に街の探偵屋ごときが招かれるのだろう。
 えーと、まさかとはおもうけど……。
 いやいやいや、さすがに、ねえ。
 九尾の狐とか絶対に無理だから。ほんと、もう、かんべんしてください。


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