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033 星夜の約束

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 明日は夜明け前から出立の準備に追われるので、早めに就寝。
 とはいえ、生まれて初めての本格的な旅路をまえに、いささか気が立っておりちっとも眠くならない。
 もしかしたら「しばらくお別れだから、今日はおねえちゃんといっしょに寝るのー」とか言って、カノンが甘えてくるかと期待するも、それもない。
 すくすく順当に育っている愛妹。
 わずか七歳にしてこの肝の座りよう。圧倒的精神耐性と強度。もしかしたら彼女が授かる才芽は、母と同じ「すこやか」なのかもしれない。
 などということを考えつつ睡魔の到来を待っていたら、ふいに窓がコンコンと鳴った。
 ムクリと寝台から起き様子をうかがう。するとまたしてもコンコン。
 どうやら何者かが外から叩いているらしい。
 夜更けの来訪者に警戒するミヤビ。すぐさまスコップ状態から白銀の大剣になろうとするも、わたしはそれを止めた。
 窓越しに見えたのは、見慣れたサンタのボサボサ頭だったからだ。
 そういえば里の子たちがこぞって挨拶に来てくれたというのに、サンタだけはついに姿を見せなかった。
 まぁ、イケてない幼なじみ同士。あらためて思い出をふり返ってみても、わたしがサンタをいちびった光景しか浮かんでこない。
 そんな間柄なので特に気にはしていなかったのだけれども……。

  ◇

 自室の扉を開けたとたん、流れ込んできた夜の冷気にぶるっとなる。
 見上げると満天の星空があった。
 辺境の夜は暗い。ましてや里でも屈指のすみっこ暮らしである我が家だと、いっそう暗い。おかげでキラキラお星さまがよく映える。
 けれどもこれもしばらく見納め。そう考えるとなにやら感慨深いものがある。
 なんぞとぼんやりしていたら、サンタが差し出したのは小瓶。
 振ってみると、カタカタ音がする。
 フタを開けて中身を確かめると、アメ玉がいっぱい。

「えっ! これってロクエさんのアメじゃないの?」

 驚くわたしに、コクンとうなづいたサンタ。
 里の北にある丘周辺の菜の花畑を縄張りとする六衣蜂たち。これを統べる女王さまな銀禍獣がロクエさん。ポポの里四天王紅一点にて、極上のハチミツを提供してくれる彼女。ハチミツの製造過程にて発生する栄養満点な希少素材を用いて作ったのが、このアメ玉。
 数に限りがありめったに出回らない逸品にて、里の子どもたち垂涎の甘味。
 それをこんなにたくさん……。
 わたしが目をぱちくりさせていたら、「ちょっとムリをいって頼んだんだ」とサンタ。
 イケてないはずの幼なじみからの、まさかのイケてる贈り物!
 不意打ちにわたしはすっかり面喰らった。あまりのことに「ありがとう」の言葉がノドの奥に引っかかって、うまく出てこない。
 まごまごしていたら、サンタが「なぁ、チヨコ。おまえ、聖都に行ったら、もう里には帰ってこないのか?」

 あわてて首をふるふる。わたしはこれを全力で否定。

「いやいやいや、ふつうに帰ってくるつもりだけど。畑も花壇も、なによりカノンが心配だからね。それにわたしには第一次産業の星になるという、壮大な野望もあるから」

 剣の母としての使命を果たしたあかつきには凱旋帰郷。
 実家の畑と花の栽培の二刀流にてブイブイいわせるつもりだと語ると、サンタはホッとした表情を見せた。

「そうか。そうだよな。ははは、そうか、そうか。だよな。うんうん。おまえに都会なんて似合わねえもんな」
「ムッ。なにやら失礼な物言い。サンタのくせに生意気な」
 わたしはぷくりと頬を膨らませる。「ふふん、まぁ、そうやってせいぜい余裕をかましているがいいさ。次に会うときには、お母さんみたいにボン、キュッ、ボン。都会の風で洗練された知的で艶やか、無敵にステキな大人の女になっているから」

 ささやかな胸元を強調し、腰をくねり。
 しなをつくって片目をパチリ。
 呪い師ハウエイさん直伝「男を悩殺するかまえ。一の型」を披露。
 数多の男どもの人生を狂わせてきたという秘奥義。
 いずれはこれに見合う女体へと成長し、十ある型のすべてを完璧に習得してみせようとも。
 わたしの決意と未来予想図を提示されたサンタ。急に優しい目となる。

「えーと、うん。なれたらいいな。夢を見るのは人に生まれた特権さ」

 なんだかムカついたので、わたしはサンタの口にロクエさんのアメ玉をひとつ放り込んで黙らさせた。
 そして自分もひとつ頬張った。モゴモゴ。
 うん、やっぱり美味しい!


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