34 / 81
034 そして伝説へ
しおりを挟む聖都からきた使節団。
これに連れられてポポの里を出立した、剣の母チヨコ。
行く先々で、勇者のつるぎミヤビと共に数多の奇跡を成す。
ときに土の才芽と水の才芽にて大地を潤し、ときに飢餓と病に苦しむ民草を救い、ときに自ら勇者のつるぎを手に悪漢どもを相手にして大立ち回り、獅子奮迅の大活躍。ときに陣頭にて頼りにならない大人たちを鼓舞し、立ちふさがる巨大な災厄を退け続けた。
功績はキラ星のごとく。
皇(スメラギ)からの信任も厚く、天剣(アマノツルギ)にふさわしい持ち主を探し、各地を廻る日々。
旅の途中、救われし者、救われし土地、救われし心と魂、数知れず。
なのに当人はいたって謙虚。けっして驕ることがない。そんな彼女の態度が、ますます人々の尊敬を集める。
天剣の持ち主を探す旅。
始めた頃は、まだあどけなさが残っていた愛らしい少女も、やがて美しく気高い乙女へと育つ。
見目麗しいだけでなく、人心卑しからず。
まばゆいばかりの魂の輝きを持つ心優しき乙女。
これを慕い、惹かれ、告白する老若男女は鈴なりにて、あとを絶たず。
しかし剣の母としての責務ある身ゆえにと、チヨコは首を横にふるばかり。
例え相思相愛とて、その恋はかなわない。かなえるわけにはいかない。なぜなら自分には果たすべき尊い使命があるのだから。
世のため人のために我が身を犠牲にし、己の想いにもフタをして邁進する乙女。
その不器用なまでの真っすぐ、けれども切ない生き方に涙するもの数多。
ついには伝記となり小説となり、どちらも一千万部を突破。
舞台化されれば連日の大入り。国内外にて演じられて好評を博し、剣の母の勇名は津々浦々にまで浸透。
道行く小さい女の子に「あなたの将来なりたい職業は?」とたずねれば、みなが口をそろえて「剣の母さま!」と笑顔でにっこり。
◇
「……そして彼女は伝説となったのであった」
見た目は豪華なのにけっこう揺れる馬車の車内。
座席にて、わたしがぶつぶつ。
すると乙女の額をいきなりピシャリ。「てぃ」
手刀を落としたのはあきれ顔のホラン。
「おいこら、嬢ちゃん。里を出てまだ半日もたってねえってのに、勝手に旅を終わらすんじゃねえ」
「だって退屈なんだもの! しかもこの馬車、なんか遅いし」
「しようがねえだろう。百を超える行列だ。しかも軍人、官吏、楽師とかいろいろ混じってんだから」
事実、使節団の歩みはとってもノロかった。
せっかくの四頭立ての馬車だというのに、若干十一歳のわたしが歩くのとかわらない。
見かけ倒しにもほどがある!
わたしばブーブー不平を零すも、ホランは「これはそういうもんだ」とにべもない。
なんでもえらい人の行列ほど、ゆっくり動くものらしい。
せせこましいのは、やんごとない者のすることではない。
ましてや皇(スメラギ)さまが派遣した行列にて、なおのこと権威とか威容とか見栄えに気を配らなければならない。
よってわずかな乱れも許されず、ビシっとムダに背筋をのばし、気張って静々進むことになる。
「こんな辺境の草ぼうぼうの荒れた道。どうせ誰も見ちゃいないよ。とっととタカツキの街に行くべきだよ」
剣の母であるわたしはごねた。
勇者のつるぎミヤビに乗って、ビューンとブイブイしまくっている身からすると、現状は時間の浪費にしか思えない。こんな調子で一か月以上も旅を続けるとか、考えただけで吐きそう。
けれどもそのミヤビは旅が始まってから終始ごきげん。
彼女は基本的にわたしと密着できていれば、それでいいらしい。
ここぞとばかりにわたしが本音をぶちまけると、同乗しているお世話役の女官であるカルタさんは、ひらひらの袖で口元を隠しクスクス笑い、やはり同乗している使節団の代表ガラムトは「申し訳ありません。どうかどうか」と平謝り。
小太りの汗っかきのおっちゃんの体温上昇にともない、馬車の内部がほんのり暖かくなった。
いずれの派閥にも属さないマジメ人間ゆえに、代表という大役に選ばれてしまった不運な中間管理職。この人に謝られると「もう、しょうがないなぁ」という気持ちになるからふしぎ。
交渉の達人、里長のモゾさんをして「謝罪の神」と言わしめた逸材。もしかしたらその身に宿る才芽の影響なのか。
少々気になったのでわたしはたずねてみた。
「わたくしめの才芽ですか? 『計算』ですが、それが何か」
四桁五桁も瞬時にスラスラ暗算。役所仕事にて帳簿をつけるのに重宝している。
ガラムトは官吏になるべくしてなったというか、その才芽ゆえに官吏の道を選んだそうな。
とすれば、あの芸術的な土下座は後天的に身につけたものということになる。
いや、もしかしたらアレにも計算の才芽が関与しているのかもしれない。
だってその場その場の機微を見極めるのもまた、計算のうちなのだから。
あれ? そう考えるとこのおっちゃん、じつはけっこうできる人なのかも。
なお、ついでにホランとカルタさんにも才芽についてたずねたが、こちらは「秘密」とはぐらかされた。
カルタさんが意味深な笑みを浮かべたことからして、もしかしたら影に身を置く者として、相応の能力を持っているのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
最狂公爵閣下のお気に入り
白乃いちじく
ファンタジー
「お姉さんなんだから、我慢しなさい」
そんな母親の一言で、楽しかった誕生会が一転、暗雲に包まれる。
今日15才になる伯爵令嬢のセレスティナには、一つ年下の妹がいる。妹のジーナはとてもかわいい。蜂蜜色の髪に愛らしい顔立ち。何より甘え上手で、両親だけでなく皆から可愛がられる。
どうして自分だけ? セレスティナの心からそんな鬱屈した思いが吹き出した。
どうしていつもいつも、自分だけが我慢しなさいって、そう言われるのか……。お姉さんなんだから……それはまるで呪いの言葉のよう。私と妹のどこが違うの? 年なんか一つしか違わない。私だってジーナと同じお父様とお母様の子供なのに……。叱られるのはいつも自分だけ。お決まりの言葉は「お姉さんなんだから……」
お姉さんなんて、なりたくてなったわけじゃない!
そんな叫びに応えてくれたのは、銀髪の紳士、オルモード公爵様だった。
***登場人物初期設定年齢変更のお知らせ***
セレスティナ 12才(変更前)→15才(変更後) シャーロット 13才(変更前)→16才(変更後)
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
新約・精霊眼の少女
みつまめ つぼみ
ファンタジー
孤児院で育った14歳の少女ヒルデガルトは、豊穣の神の思惑で『精霊眼』を授けられてしまう。
力を与えられた彼女の人生は、それを転機に運命の歯車が回り始める。
孤児から貴族へ転身し、貴族として強く生きる彼女を『神の試練』が待ち受ける。
可憐で凛々しい少女ヒルデガルトが、自分の運命を乗り越え『可愛いお嫁さん』という夢を叶える為に奮闘する。
頼もしい仲間たちと共に、彼女は国家を救うために動き出す。
これは、運命に導かれながらも自分の道を切り開いていく少女の物語。
----
本作は「精霊眼の少女」を再構成しリライトした作品です。
もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです
もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。
この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ
知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ
しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる