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061 水かけ論
しおりを挟む裏に表に、様々な思惑がうごめく選定の儀。
これを間近に控えたある日の午後。
迎賓館に顔をみせた紅風旅団副首領アズキは、ちょっとお疲れ気味であった。
聞けば膨れあがった団内では早くも派閥抗争が生まれつつあり、うち二つが大モメ。その対処に頭を悩ましているんだとか。
「井戸の所有権をめぐって、前々から対立していたんだ。それがここんところの聖都の熱気にあてられたのか、どうにも気が立って荒っぽくなってしまって」
ひとつの井戸がちょうど二つの区画の中間に位置して存在している。
便利がいいのでみんな利用するのだが、それゆえにいつも混んでいる。そして大勢の人間が使用するゆえに、井戸の周辺環境がちょっと荒れがちに。
『大切な井戸です。みんなでキレイに使いましょう』
言うのは簡単なのだが、どこにでも決まり事を守れないヤツはいる。ふだんはキチンとしている人でもついうっかり、なんてこともある。だって人間だもの。
そうなると今度は「誰それが汚した」だの「あっちの使い方が悪い」だのと文句が噴出し、互いにいがみ合うようになったんだとか。
「水なんて湖にいけば、いくらでもあるんじゃないの?」
アズキの話にわたしは首をかしげた。
なにせ聖都の前には超広大なピ湖がある。
整えられた排水路と砂利を用いたろ過技術にて、生活排水はうまく処理しているらしく、水質も良好。
だから水なんて使いたい放題だと思うのだが。
「いや、そこはそれ、毎日のこととなると。いちいち汲みに降りていくのはめんどうだし、行きはよいよい帰りは……で、たいへんなんだよ」
アズキの言い分に、わたしも「あー」と納得。
広げた扇を逆さまにしたような聖都は、緩やかな斜面を利用した階層構造になっている。
上から順に宮廷、カモロ地区、タモロ地区、シモロ地区となっており、これにピ湖が続く。
いかに傾斜がゆるいとはいえ坂は坂。
そこを水の入った瓶を担いでおっちらのぼるのは、とっても重労働。
いかに生活のためとはいえ、タダ働きはちとつらい。
どうしたって身近にある井戸を頼りたくなるのが人情というもの。
「ひとつしかないからモメるんだよね? だったらいっそのこと、新しいのをもうひとつ掘ったらいいじゃない。このまえバラまいたお金がまだ残ってるでしょう。それを使ってさ」
わたしが提案するも、アズキは首を横にふる。
「じつは掘ろうとしたんだよ。けど岩盤がどうにも固くて。いま使ってるのも調べてみたら、たまたま割れている隙間から湧いているのを利用しているだけってわかってさ」
ビクともしない岩盤。チカラ自慢の男衆が束になったのに手も足もでない。
がっちりした体躯にて武芸も達者なキナコも、男衆に混じってツルハシを手にがんばったらしいのだが、どうにもならなかったそう。
で、ますます井戸の価値があがってしまい対立がいっそう激化。
すでに一触即発との話を聞いて、わたしはひと肌ぬぐことにする。
紅風旅団首領としては、困っている団員たちを見過ごすことなんてできやしないもの!
なーんてことはなく、たんに暴発されたら困るから。
下が問題を起こして上が知らぬ存ぜぬを決め込めるのは、厚顔無恥な一部の特権階級のみ。
剣の母であり紅風旅団の首領であり商公女であり、非公認ながらも禍獣の母でもある、このわたしの立場ならば言い逃れも可能かもしれない。
が、相手はあの皇(スメラギ)さま。
国にとって益となるうちは手厚く保護してくれるけれども、益なしと判断された瞬間にバッサリ切り捨て、関係を反故にされちゃう。
アレはそういうおっかない人物。
ならば災いの芽はとっととつんでおくにかぎる。
◇
そんなわけで迎賓館をこっそり抜け出したわたし。
いや、ホランとカルタさんに相談したら「ふらふら出歩くな!」って、ぜったいに反対されるから。
かといって、まごついているうちに事態が悪化したら目も当てられないからね。
「シモロ地区にて暴動発生! 紅風旅団が扇動か?」なんていう展開はごめんこうむる。
なお、留守番はワガハイにまかせた。
最近ますますしゃべりが達者になってきた鉢植え禍獣。ひまにあかせて、ついには声マネを覚える。
しょせんは素人の宴会芸の域は出ないものの、扉越しとかならばバレない程度の完成度。
だからこれを利用して自室にこもって、「一心不乱にミヤビの手入れをしているから邪魔しないで」という設定をでっちあげた。
なお外部への経路については、義賊として何度かカモロ地区に侵入していたアズキたち監修のもと、すでに作成済みであった「いざというときのために。明日への逃走経路」を活用する。
◇
こっそり迎賓館の敷地内から抜け出した女間諜チヨコ。
物陰から物陰へと移動しつつ、ときに影に潜み、ときに人をやり過ごし、シュタタと華麗にカモロ地区を脱出。なんちって。
タモロ地区へと通じる門近くの路地裏にて、先にきていたアズキと合流。ここからは地下へと潜る。
聖都の地下に迷路のように張り巡らされた下水道。これを通り、タモロ地区を突っ切りシモロ地区までいっきに向かう。
なお地下のことについてはあえて触れまい。
なにせここは人口百万越えの大都会なもので、垂れ流されるものもそれなりなのだ。
数年おきに内部は清められているというが、やたらとネズミの死骸とか転がってるし、この分では怪しいものである。疫病とか流行しなければいいんだけど。
ちんたら歩いていたら日が暮れてしまう。
下水道内では白銀の大剣の姿となったミヤビに乗って、ビューンとかっ飛ぶ。
低空飛行ながらも初めての乗剣に、すっかりへっぴり腰なアズキに道案内をさせて、先を急ぐ。
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