狐侍こんこんちき

月芝

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其の四十四 藍染川の主

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 九坂家の台所にて。
 近藤左馬之助より貰った羊羹を、さっそくいただくことにしたのだが……。

「なんだそのせこい切り方は。もっと厚く切れ、厚く。あと栗のところは譲れんぞ」

 藤士郎が羊羹を切り分けているのだが、隣で銅鑼があれこれやかましい。
 これには母志乃も「あらあら」と呆れつつ、お茶を淹れてくれている。
 河童の三太、宗吉、お通らは桐箱入りの高価な菓子に興味深々といった様子。もちろん彼らの分もちゃんと切り分けてあげる。
 こうしてみなに品がいき渡ったところで「それじゃあ、いただこうか」と藤士郎。
 でもそのときのことであった。

 どぉおぉぉぉぉぉん!!!

 玄関の方からもの凄い音がして、建屋全体がぐらぐらぐら。
 轟っと突風が唸り、粉塵が舞う。天井からもぱらぱらと粉が降ってきて、とたんに室内が埃っぽくなる。

「えっ、なに? 地震かい」
「ひゃあ」「わっ」「きゃっ」
「にゃーっ、せっかくの羊羹が埃まみれにーっ!」

 驚いた藤士郎、けほけほ咳き込む。
 とっさに互いに抱きつき団子となったのは河童たち。
 銅鑼は悲鳴をあげ、幽霊の身の上である母志乃のみが、何ごともなかったかのようにふよふよ宙に浮かんでいる。

 揺れが収まったところで、藤士郎は玄関先へ向かうも、待っていた光景にあんぐり、立ち尽くすことになった。

「うそでしょう……、うちの門があいてるよ」

 九坂家の自宅兼道場の門は、門構えこそはそれなりに立派。でもよくよく見れば全体がちょっと傾いている。おかげで建付けが悪い。門扉はびくともしないもので、正門は長らく自主閉門状態であった。そのせいで脇の潜り戸すらも開けるのに四苦八苦するのがつね。この前の襲撃でも、賊たちの引き込み役の者がたいそう苦戦していたほど。
 だというのにである。
 その大扉が開け放たれているではないか!
 おかげで外から涼しい風がびゅうびゅう吹き込んで、どうにも風通しのいいこと。
 信じられないことに、それをやったのはひとりの女人。
 たまげた藤士郎はぽかんと顎が下がりっぱなし。

 浅黄色の縞模様をした男物の着物に、藍の羽織を肩にかけた格好の偉丈夫。
 背の高い藤士郎よりも、さらに頭ひとつ分ぐらい大きな女伊達。
 脇にはここまで担いできたとおぼしき、大きな葛籠が置かれてある。

「よぉ、挨拶に寄らせてもらったぜ。あたいは得子、藍染川を仕切っている河童の頭だ。こちらでうちの若いもんが世話になっているそうで」

 まさかの四体目の河童が登場、しかも親玉っ!

  ◇

 堅苦しいのは性に合わないというので、客を中庭の方に案内する。
 いちいち草履を脱がなくていいのが気に入ったらしく、得子は勧められままに日当たりのいい縁側にどっかと腰を降ろす。
 座ってもやはり大きい。間近に接すると体の厚みがよくわかる。腕足肩胸、すべてがとにかく大きい。

 頭みずからが挨拶にきたというので、三太らもおずおず顔を見せる。

「ったく、なかなか帰ってこないから心配したじゃないか。お通に様子を見に行かせたら、こっちはこっちで簡単な文を一度寄越したきりだし」
「すみません得子の姉さん、もう少しでぬか漬けの極意が掴めそうなもんで、つい夢中になってしまって」
「……まだ帰れません。ここで帰っちまったら、三太に差をつけられちまう」
「わたしは三太さんが気のすむまで付き合おうかと」

 かみ合っているのかいないのか。よくわからない三太、宗吉、お通たち。
 これには「おまえたちは、あいかわらずだねえ」と得子も苦笑い。

 それを横目にいったん奥へと引っ込んだ藤士郎は困り顔。
 なにせ急な来訪である。なんの備えもないもので、藍染川の主をもてなすのに、どうすればいいのやら。
 とりあえず手持ちの中で一番高価な品である、戴き物の津雲屋の羊羹を出すことにしたものの……。
 いざ切って皿に盛ってみると、どうにも貧弱に映る。
 大柄な得子と比べて小さすぎるせいだ。

「これだとなんだかちまちましているねえ」

 腕組みにて「うーん」と悩む藤士郎。すると母志乃が「だったらいっそのこと、丸ごとお出ししてみたら? あの方ならばきっとぺろりよ」と言う。

 だからその助言に従ってみたところ、これにすっかり気を良くした得子。
 にこにこ顔で素手で掴んでは、豪快に丸かじり。ぱくりぱくりと、羊羹の棹をほんの三口ほどでぺろりと平らげる。
 見事な食べっぷり。藤士郎はとても足りぬと判断し、急ぎ追加でもう二棹、お盆にのせて差し出した。
 左馬之助から貰ったのは全部で五棹。
 ひとつはすでに切り分けて、埃まみれとなってしまったので、残るは一棹のみ。
 これには銅鑼が「にゃーっ、おれの羊羹がーっ」と悲鳴をあげ、残りをくわえて逃げようとしたもので、させじと取り押さえて納戸に放り込んでおく。

 さいわい三棹で満足した得子。
 口直しに添えたきゅうりの漬物をつまみつつ。

「いや、美味かった。おっと、そうだ、忘れるところだった。こいつは土産だ。とっておいてくれ」

 言うなり無造作にひっくり返されたのは、大きな葛籠。
 なかからごろごろ出てきたのは、煌びやかな品々。
 見覚えのある珊瑚玉から、ぎやまんの花入れ、皿、べっ甲の櫛に金銀細工、象牙の彫り物、大粒の真珠、蒔絵の施された漆塗りの箱、いろとりどりの宝石や水晶などの他に、小判の切り餅なんぞも混じってる。
 津雲屋の羊羹三棹が宝物に化けた!
 宝の山を前にして、藤士郎は顔をひくつかせる。


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