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其の四十九 百万石
しおりを挟む行き方知れずとなった猫。
いやさ猫又の卵を探すことになった九坂藤士郎。
さりとて江戸は広い。そしてけっこう入り組んでいる。身分により立ち入れぬ場所も多々。
はっきり言って、ここからしらたまと心助を探すのは、砂浜にて小さな金の粒を見つけるようなもの。
たとえ北と南の奉行所が総出となったところで、どうなることやら。
生駒たちから頼まれ引き受けたはいいものの、当然ながら藤士郎はすぐに探索に行き詰まった。
しかしぐずぐずしていたら、二匹の国元にいなくなったことがばれてしまう。
そうなったら江戸中に猫又があふれて、とんでもないことに!
でっぷり猫の銅鑼に相談してみるも、「おおかた、浮かれて正体がばれたのだろう。とっくにどこぞで打ち据えられて、野垂れ死んでいるのにちがいあるまい。南無南無」なんぞとひどいことを言う。
藤士郎は頭を抱えた。
しかしここでおもわぬ援軍があらわれる。
それは夜な夜な道場兼自宅に出入りしている連中。
こちらは同じ猫又でも、生駒らとはちがい人の姿には化けずに、猫の姿にて暮らしている者たち。
「聞いたか、おのおの方。お世話になっている藤士郎さまが、とてもお困りのご様子」
「藤士郎さまの母上であらせられる志乃さまからは、ご自身の帯やお着物をほどいて作られたという、美麗な手ぬぐいをたくさんいただいた」
「道場を借りたおかげでつつがなく踊りの稽古ができている。かつてない練度、今度のお披露目の会では、きっと猫仙人さまからお褒めの言葉をもらえるはず」
「過分なるご厚情、我ら、いまこそ恩義に報いるときではなかろうか?」
「おうとも! こいつを見過ごしたとあっては猫がすたるというもの」
情けは人の為ならず、もとい猫の為ならず?
九坂家に出入りしている猫又たち、踊りの稽古のかたわら積極的に動く。
各々の伝手から伝手を辿って、しらたまと心助の行方を追う。
猫又たちは手下の猫らを方々へと走らせ、猫たちは鼠たちを脅し、さらに広域へと走らせる。数珠繋ぎにて広がり続ける捜索の網。
やがて目当てとおぼしき相手が網にかかったというので、藤士郎はさっそく判明した場所へと向かったのだが……。
◇
大大名と呼ばれる家は十万石を超えるところ。
数は五十ほどもあるが、その中でも突出しているのが百万石を誇る加賀藩。
「槍の又左」「日本無双の槍」と勇名を馳せた、戦国の英傑である前田利家。
これをよく支え尽くし叱咤激励、ときにたしなめさえしたという、良妻賢母と名高きまつ。
前田夫妻を祖とし、将軍家とも縁続き、朝廷より従三位参議を拝領しており、他の大名とは別格である能登一帯を治める雄。
そんな加賀藩の江戸屋敷は本郷にある。
周囲には寺社や武家屋敷が多く、中山道の街道筋にあたる好立地ゆえに、町場としても栄えており、とても賑やかなところ。
端がまるで見えない。
どこまでも続く白壁は見上げるほど。高さが一丈はあろうか。
下手な寺社の山門よりも遥かな威容を誇る御門。
これに比べたら九坂家の開かずの門なんぞは裏木戸みたいなもの。
そんな御門の向こうに広がる敷地は三十町ほどもあり、嘘か誠か、主家が暮らす上屋敷は豪華絢爛にて、一度に大勢の者らが集える四百畳敷きの広間があるという。
さらに驚かされるのは、こことは別に染井に中屋敷が、深川と板橋に下屋敷を構えているということ。
なにもかもが桁違い。
そんな加賀藩の藩邸を前にして、藤士郎はあんぐり。
九坂家に出入りしている猫又たち。あちらこちらから集めてくれた目撃情報により、どうやらしらたまと心助の二匹は、この近辺で消息を絶ったものとわかった。おそらくは藩邸内にいるのではとのこと。
だからさっそくここまで足を運んでみたものの、あまりの巨大さに藤士郎は「どうしよう……」と途方に暮れる。
まず中に入れてもらえない。
知己でもいれば「やあやあ」と招き入れてもらえるのだが、あいにくとそんな都合のよい相手はいない。なにせ伯天流は江戸剣術界から嫌われている。藤士郎の交友関係はとても狭いのだ。ゆえに自力でなんとかするしかない。
とはいえまんまと忍び込めたとて、探すにはあまりにも、あまりにも広すぎる。
猫や鼠らの手を借りても、どれだけかかることか。
もちろん途中で発見されたら、刀や槍を手にした集団に追いかけ回されることになる。
加賀藩は祖の前田夫婦の教えを固く守っており、太平の世にあってなお文武両道を掲げている。おかげで藩士は粒ぞろいの武闘派と聞く。
「うーん、忍び込むにしても、ある程度、しらたまたちの居場所がわかってないと、こっちが迷子になりそう。これはちょっと思案のしどころだね」
闇雲に突っ込んだところで勝ち目がない。
そう判断した藤士郎は、ざっと周辺の状況を確認してから帰路についた。
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