狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
67 / 483

其の六十七 猫又騒動顛末記 後編

しおりを挟む
 
 隠れ里から天狗の子どもの姿が失せたのは己の不注意によるもの。
 困っていた天狗の子どもを救ってくれたのは人間の老婆。
 そこへ押しかけ天狗の子どもを捕まえたのは美僧に化けた妖白猿。
 捕まっている間、よくしてくれたのは猫又の男の子。
 じつは憐れんでこっそり菓子なんぞを差し入れしてくれる人間もいたとか。
 挙句に術を施され蔵へと閉じ込めらた天狗の子どもを助けたのは人間の若者。

 受けた恩義、晴らす恨み、罪と徳と罰と、足して引いてまた足して……。
 と、とにかくややこしい。
 天狗たちは考えるほどに「あれ? あれ?」とこんがらがった。
 当の天狗の子どもも切実に大人たちに訴える。

「悪い人ばかりじゃないの。それにもしも天狗たちが暴れたら、しらたまや心助ら猫又だけじゃなくて、王子の狐たちにもきっと迷惑がかかるから」

 だからどうか怒りを鎮めてとまで言われては、「うーむ」となる。
 しかしいったん振り上げた拳。どう降ろしたらいいのかがわからない。天狗らは返答に窮した
 そこで見かねた銅鑼が助け船を出す。

「だったら今回の詫びとして酒でも貢がせたらどうだ? ついでに甘い菓子もつけさせればいい。加賀藩は酒も菓子もどっちもいけるぞ」

 腹立ちまぎれに天狗の威を示し、存分に地ならしをしたとて、かえって腹が減るばかり。
 そんな無益なことをするぐらいならば、貰う物をたんまり貰う方が良い。
 ついでに貢物のやり取りをするための場所として、どこぞに神社のひとつでも建てさせれば天狗としても大いに面目躍如となろう。

 そんな提案をした銅鑼。さすがは大妖、年の功であろう。
 これに天狗たちはおおきに気を良くした。
 加賀藩側にとっても、これで手打ちとしてくれるのならば安いものと、留守居役の大槻兼山が責任を持って請け負うと約束し、ひとまず一件落着とあいなった。

  ◇

 御殿での上げ膳据え膳の暮らしは、まるで夢のよう。
 しかし性に合わない。
 悲しいかな、根っからの庶民気質の狐侍。どうにか動けるようになったとたんに、さっさと辞去して実家へと戻った。
 が、すぐには元通りとはいかないもので、たっぷり二十日ほども寝込むことになる。
 せっかく帰宅したのになかなか落ちついて養生できない。
 ありがたいことに、かわるがわる見舞い客が顔を出すもので。

 道場を稽古場に貸している猫又らが、連日にゃんにゃんやってきては「おかげさまで、江戸は安泰。次のお披露目の会も無事に開けますにゃ」と感謝を述べる。

 辰巳芸者の生駒、梅千代、ちとせ、猫又芸者三人衆はこぞって置屋のきれいどころを連れては、今回の骨折りのお礼がてら、お見舞いにと足繁く通う。

 母志乃の弟子である河童の三太、宗吉、お通らも顔を出してくれた。ただし「得子の姉御からの見舞いの品です」と怪しげな苔玉みたいない丸薬を渡され、藤士郎は扱いに困る。
 なにせ妖の薬はよく効くけれども、だいたいあとで手痛いしっぺ返しを喰らうと相場が決まっていると、銅鑼に脅されたため。

 大工小鬼たちも寝床に「よぉ、どんな塩梅だい?」と顔を出すも、それはあくまで母志乃の漬物を分けてもらいにきたついでといった感じ。

 加賀藩邸からは大槻兼山の名代の藩士が訪れ、重箱に詰めた菓子をたんと持ってきてくれたが、それらは早々に銅鑼の胃袋に収まった。
 でっぷり猫いわく「ひさしぶりに正体をあらわしたもので、ずいぶんと力を使ってしまった」とのことであったが、たぶん嘘である。たんに食い意地が張っているだけ。もっともあの大きな虎の身であれば、それもしようがないのかしらん。

 馴染みの茶屋のおみつも団子を持って訪問してくれたが、当然ながら団子もあらかた銅鑼がたいらげてしまった。
 なお知念寺の堂傑もやってきたが、こちらは巌然さまと幽海さまからの文を持って。
 巌然さまからの文には『お札の代金は元気になったら自分で払いにこい』と書かれており、幽海さまからの文には『貸しひとつ』とのみ書かれてあった。

 書物問屋の銀花堂の若だんなからは「暇つぶしどうぞ」と黄表紙を数冊貰った。中には加賀藩邸での怪事を扱ったよみうりが数枚挟まれていた。だからとて若だんなが仔細を承知の上でのことではなくて、たんに世間で話題になっているからと差し込んだのであろう。
 どれも猿の妖怪と槍鬼との戦いが大きく取り上げられており、狐侍には一切言及なし。
 まぁ、百万石の大身としての落としどころとしては、こんなものであろう。臭い物には蓋をするのは、いまに始まったことではない。こうして世はつつがなく回っていくのである。

 友人が珍しく寝ついたと知った定廻り同心の近藤左馬之助は、わざわざ奥方の紗枝さまと愛娘の知恵を連れて、家族そろってお見舞いにきてくれたものの、紗枝さまは首を傾げる。

「あら? 怪我で不自由している男やもめのわりには、ずいぶんと掃除が行き届いていますのね。障子の桟まできれいだわ。うちの人にも少しは見習って欲しいわね」

 奥方のつぶやきに左馬之助は、びくり。
 ついでに物陰に潜んでいた幽霊の母志乃も、ぎくり。

  ◇

 ようやく床払いをした九坂藤士郎。
 とりあえず知念寺に顔を出そうと向かう道すがら。

「やあ」と手をあげたのは銀花堂の若だんな。たまさかこちら方面に用があったもので、ついでに藤士郎のところにも寄るつもりだったとか。

 立ち話もなんだからと、ふたりは馴染みの茶屋へと。
 いつものようにお茶と団子を頼んだ藤士郎。
 けれども運ばれてきた団子の皿を目にして「おや?」
 いつもはみたらしの餡がたっぷりかかっているのに、今日はちょびっと。
 隣の若だんなの分を見れば、こちらは黄金色の葛餡に溺れるかのよう。

「あれ、どうしたんだろう。えらく貧相だよねえ。親父さんってば、餡をかけ忘れたのかしらん」

 だから藤士郎はおみつに「ちょっと」と声をかけようとするも、ついとそっぽを向く看板娘。「知りません」とぷいっ。おみつは頬を膨らませて、そのまま店の奥へと消えてしまった。なにやらたいそうご立腹の様子。
 訳が分からず藤士郎が困惑していると、にやにや顔の若だんな。

「いわゆる女心というやつですよ。いやはや、藤士郎さんも隅に置けませんよねえ。すっかり評判になっていますよ」
「へっ、評判? いったいなんのこと」
「なにって、そりゃあもちろん、道場にとっかえひっかえ、売れっ子芸者たちを引き込んでは、色恋の稽古に余念がないって」
「!」


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】

里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

処理中です...