狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
197 / 483

其の百九十七 あばら家の一夜

しおりを挟む
 
 地元の者たちから「くだん坂」や「くらやみ坂」と呼ばれているところを、おっちらのぼった先にあるのが九坂家の屋敷兼伯天流の道場。近隣は空き家や竹林ばかりの寂しい処。道がどこかに通じているわけでもないので、この坂をのぼってくるのはもっぱら九坂家に用事のある者ばかり。だからそれ以外となれば……。

 藤士郎があばら家に戻ると、ほっかむり姿の町人風の男たちが押し込んでいた。みな手にはぎらりと光る匕首を持っている。堂に入った立ち居振る舞いからして、侍や忍びの変装ではない。おそらくは市井にて荒事を生業としている者たちであろう。
 一方で襲われていた魚心はというと……。
 なんと手拭い片手に応戦しているではないか!
 ただし、その辺に落ちていた小石を手拭いで包むことにより打撃武器にしていた。
 魚心は身を守る得物を持っていない。何度も襲われているというのに、である。元柳生新陰流の高弟であったのだから、いまでも刀を手にすればそれなりに戦えるはずなのだが、小刀の一本も持とうとしない。それが彼なりの覚悟や意地なのかはわからない。けれどもその場その場で使える品を手にしては、うまいこと窮地を切り抜けているのはたいしたもの。

 びゅん、びゅん、びゅん。

 石入りの手拭いを振り回し魚心は敵勢を牽制、傾いだ柱の陰などをたくみに使っての位置取り。にらみ合いに焦れて床の穴を越えて襲ってきた相手。その着地際に狙うのは顔面、とみせかけて足の脛の部分。弁慶の泣き所をがつんとやられた相手は、たまらず転がり悶絶する。
 かとおもえば、魚心は倒した相手をそっちのけで、いきなり脇の柱をおもいきり蹴飛ばした。
 ひょうしに屋内にばさりと降ったのは、ほこりの粉雪。長いこと放置されてそこかしこに溜まっていたものが、ぶわっと。
 そのせいで目もまともに開けていられず、たまらず咳き込む町人風の男たち。
 これに体当たりをかまし、押しのけ、殴っては脱出を試みる魚心。
 そこへ藤士郎が合流し、魚心を守りながらそろって表へと出た。
 逃がすまいと追いかけてくる男たち。だが肝心の獲物の姿が見当たらない。

「くそ、あの野郎、どこに行きやがった」
「逃げ足がはやいとは聞いていたが、これほどとは」
「まだ遠くには行っていないはずだ、探せ!」

 男たちのそんな姿を、藤士郎たちはあばら家の縁の下からじっとうかがっていた。
 外へ逃げたとみせかけて素早く潜り込んでいたのである。
 しめしめと藤士郎と魚心。ふたりはしばらく隠れてほとぼりをさますことにする。

  ◇

 追手に居所がばれたので、すぐに別のねぐらへ……とは移動しない。
 襲撃馴れしている魚心いわく「こういう時は下手にうろつかないほうがいい。よもや、まだ同じところに居座っているとはおもうまい」とのこと。
 神経が図太いといおうか、肝が据わっているといおうか。どちらにせよ並みの胆力ではない。
 藤士郎は半ば呆れつつも、その方針に従うことにした。

 自宅から持ち込んだ火鉢にて暖をとりつつ、沸かした白湯を飲み、焼いた餅を喰う。
 外に明かりが漏れぬようにと、壁のすき間や戸口や窓には板を立て掛けてある。
 侵入者対策として念のために周囲には、鈴を結んだ紐で鳴子もどきも仕掛けておいた。
 魚心の読みが当たったのか、ほこりっぽいあばら家での夕餉の刻は静かに過ぎていく。

「あのほっかむり連中、柳生とは別口でしょうか、もぐもぐ」

 醤油を塗って海苔をまいた餅を頬張りながらの藤士郎。

「だろうな。裏柳生の手の者かともおもったが、あれは生粋の町人だろう。おおかた主筋か親族に雇われた口だろうさ。にしてもうまいな、この糠漬け」

 きゅうりの糠漬けをおかずに、餅をかじっていた魚心はそう答える。
 ぼろ長屋の方に押しかけたのが、柳生新陰流の一門の者たち。
 あばら家の方に押しかけたのが、金で雇われて殺しを請け負う者たち。
 でもって裏柳生とは、柳生一門を裏から支える暗部のこと。柳生といえば、もはやただの剣術の一流派の範疇を越えた勢力。上様の信任厚く、幕閣にも深く食い込んでおり、諸藩にも顔が利き、手の者らは雑草の根のごとく方々にのび散らばっている。
 それだけの規模と力を持った集団がきれいごとだけでやっていけるわけがない。
 とどのつまり柳生一門お抱えの忍びのような存在ということ。

「……魚心さんってば、よくいままで生きてられましたよね」
「ははは、褒めるなよ九坂殿、照れるじゃないか」
「いや、褒めてませんからね」

 妖怪骨牌の出処を探っているうちに、それを描いた絵師へと辿り着いたところで、待っていたのは剣呑すぎる事態。話が大筋からずれまくり!
 いかに窮鳥懐に入れば猟師も殺さずとはいえども、さすがにこれはちょっと……。

「どうして次から次へとこう難事が続くのかしらん」

 藤士郎は頭を抱えずにはいられない。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

山本五十六の逆襲

ypaaaaaaa
歴史・時代
ミッドウェー海戦において飛龍を除く3隻の空母を一挙に失った日本海軍であったが、当の連合艦隊司令長官である山本五十六の闘志は消えることは無かった。山本は新たに、連合艦隊の参謀長に大西瀧次郎、そして第一航空艦隊司令長官に山口多聞を任命しアメリカ軍に対して”逆襲”を実行していく…

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...