狐侍こんこんちき

月芝

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其の百九十七 あばら家の一夜

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 地元の者たちから「くだん坂」や「くらやみ坂」と呼ばれているところを、おっちらのぼった先にあるのが九坂家の屋敷兼伯天流の道場。近隣は空き家や竹林ばかりの寂しい処。道がどこかに通じているわけでもないので、この坂をのぼってくるのはもっぱら九坂家に用事のある者ばかり。だからそれ以外となれば……。

 藤士郎があばら家に戻ると、ほっかむり姿の町人風の男たちが押し込んでいた。みな手にはぎらりと光る匕首を持っている。堂に入った立ち居振る舞いからして、侍や忍びの変装ではない。おそらくは市井にて荒事を生業としている者たちであろう。
 一方で襲われていた魚心はというと……。
 なんと手拭い片手に応戦しているではないか!
 ただし、その辺に落ちていた小石を手拭いで包むことにより打撃武器にしていた。
 魚心は身を守る得物を持っていない。何度も襲われているというのに、である。元柳生新陰流の高弟であったのだから、いまでも刀を手にすればそれなりに戦えるはずなのだが、小刀の一本も持とうとしない。それが彼なりの覚悟や意地なのかはわからない。けれどもその場その場で使える品を手にしては、うまいこと窮地を切り抜けているのはたいしたもの。

 びゅん、びゅん、びゅん。

 石入りの手拭いを振り回し魚心は敵勢を牽制、傾いだ柱の陰などをたくみに使っての位置取り。にらみ合いに焦れて床の穴を越えて襲ってきた相手。その着地際に狙うのは顔面、とみせかけて足の脛の部分。弁慶の泣き所をがつんとやられた相手は、たまらず転がり悶絶する。
 かとおもえば、魚心は倒した相手をそっちのけで、いきなり脇の柱をおもいきり蹴飛ばした。
 ひょうしに屋内にばさりと降ったのは、ほこりの粉雪。長いこと放置されてそこかしこに溜まっていたものが、ぶわっと。
 そのせいで目もまともに開けていられず、たまらず咳き込む町人風の男たち。
 これに体当たりをかまし、押しのけ、殴っては脱出を試みる魚心。
 そこへ藤士郎が合流し、魚心を守りながらそろって表へと出た。
 逃がすまいと追いかけてくる男たち。だが肝心の獲物の姿が見当たらない。

「くそ、あの野郎、どこに行きやがった」
「逃げ足がはやいとは聞いていたが、これほどとは」
「まだ遠くには行っていないはずだ、探せ!」

 男たちのそんな姿を、藤士郎たちはあばら家の縁の下からじっとうかがっていた。
 外へ逃げたとみせかけて素早く潜り込んでいたのである。
 しめしめと藤士郎と魚心。ふたりはしばらく隠れてほとぼりをさますことにする。

  ◇

 追手に居所がばれたので、すぐに別のねぐらへ……とは移動しない。
 襲撃馴れしている魚心いわく「こういう時は下手にうろつかないほうがいい。よもや、まだ同じところに居座っているとはおもうまい」とのこと。
 神経が図太いといおうか、肝が据わっているといおうか。どちらにせよ並みの胆力ではない。
 藤士郎は半ば呆れつつも、その方針に従うことにした。

 自宅から持ち込んだ火鉢にて暖をとりつつ、沸かした白湯を飲み、焼いた餅を喰う。
 外に明かりが漏れぬようにと、壁のすき間や戸口や窓には板を立て掛けてある。
 侵入者対策として念のために周囲には、鈴を結んだ紐で鳴子もどきも仕掛けておいた。
 魚心の読みが当たったのか、ほこりっぽいあばら家での夕餉の刻は静かに過ぎていく。

「あのほっかむり連中、柳生とは別口でしょうか、もぐもぐ」

 醤油を塗って海苔をまいた餅を頬張りながらの藤士郎。

「だろうな。裏柳生の手の者かともおもったが、あれは生粋の町人だろう。おおかた主筋か親族に雇われた口だろうさ。にしてもうまいな、この糠漬け」

 きゅうりの糠漬けをおかずに、餅をかじっていた魚心はそう答える。
 ぼろ長屋の方に押しかけたのが、柳生新陰流の一門の者たち。
 あばら家の方に押しかけたのが、金で雇われて殺しを請け負う者たち。
 でもって裏柳生とは、柳生一門を裏から支える暗部のこと。柳生といえば、もはやただの剣術の一流派の範疇を越えた勢力。上様の信任厚く、幕閣にも深く食い込んでおり、諸藩にも顔が利き、手の者らは雑草の根のごとく方々にのび散らばっている。
 それだけの規模と力を持った集団がきれいごとだけでやっていけるわけがない。
 とどのつまり柳生一門お抱えの忍びのような存在ということ。

「……魚心さんってば、よくいままで生きてられましたよね」
「ははは、褒めるなよ九坂殿、照れるじゃないか」
「いや、褒めてませんからね」

 妖怪骨牌の出処を探っているうちに、それを描いた絵師へと辿り着いたところで、待っていたのは剣呑すぎる事態。話が大筋からずれまくり!
 いかに窮鳥懐に入れば猟師も殺さずとはいえども、さすがにこれはちょっと……。

「どうして次から次へとこう難事が続くのかしらん」

 藤士郎は頭を抱えずにはいられない。


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