狐侍こんこんちき

月芝

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其の四百五十五 狐侍、ただいま逃亡中。二十二日目 別離

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 炎が轟っと渦を巻いては高らかに舞い上がった。
 禍々しい紅蓮が竜巻となり猛りうねる。
 焔がいっそうの勢いを持って、天を焦がし地を焼く。
 その中心にて嘲笑するのは人面炎馬である。

「かーっ、かっかっかっ……っ?!」

 不快な笑い声が突如として止まった。
 かとおもえば紅蓮の竜巻の表面を、幾筋もの黒銀色の閃光が走る。
 まばたきほどの間のことであった。縦横斜め、無数の線が疾駆しては竜巻をずたずたに切り裂いていく。
 それを成したのは黒鉄色の刀身の小太刀を手にした、黒い何か――
 斬れないはずの妖炎を斬っていたのは、異形化した狐侍であった。

 人面炎馬は四凶が一角、大妖橈骨の残滓である。
 だからいろんなものが欠落している。力も下がっているが、その最たるは知能だ。一方で恨みの念のみが膨らんで、元来の破壊衝動や嗜虐心などが色濃く残った。
 ようは我慢を知らぬ、幼子のようなもの。
 ゆえにいま何が起きているのかがわからない。
 それを理解し、どうすればいいのかを考える知性がとうに失せている。
 わけがわからず、ただきょとんとするばかり。
 その視線が不意にがくんと下がった。
 両の前足を膝のあたりで撫で斬りにされたせいだ。

 斬られた足がくっつかない?
 もとに戻らない!

 だから人面炎馬は、またぞろ周囲の炎を吸い込んで再生の糧としようとするも、その時のことであった。
 黒銀色の疾風が世界を一閃する。
 一帯を埋め尽くしていた炎がまとめて根切りにされて、すべてがふつりとかき消えてしまった。

 斬撃により、瞬く間に火が消された。
 これではもう復活できない。
 大きく目を見開き人面炎馬は驚愕する。
 そんな人面炎馬を見下ろすのは赤い瞳――狐侍が冷たく言い放つ。

「逝ね」

 振り下ろされた黒銀の刃が、たちまち馬首を切り落とす。
 胴体から離れた首が地面へと落ちていく。
 そのわずかな間に、光のごとき速さの連撃にて、体の方が細切れにされた。
 そして首もまた同じ末路を辿る。
 人面炎馬は絶叫をあげる暇(いとま)も与えられずに相果てた。
 かくして戦いは終わった。
 だが、しかし――。

「がぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ」

 直後のことである。
 現場に響いたのは勝利の雄叫びでもなければ、歓喜の声でもない。
 そろそろ長い夜が明けようかという瑠璃色の闇をつんざいたのは、まごうことなき苦痛より発せられたもの。
 かちゃりと音を立てたのは、手より零れ落ちた小太刀だ。
 両手にて頭を抱えては、立ちながら苦しんでいたのは狐侍である。

  ◇

 はっと気がついた。
 おみつは目を覚ます。
 彼女を起こしたのは、黒い異形が放つ絶叫である。
 まるで地獄のありとあらゆる責め苦を一身に受けているかのような叫び声……でも、どこか切なくて物悲しい心持ちになってくる。耳にしているだけで、自分の胸まで締めつけられているかのよう。

 絶叫に混じって「がりがり」と音がする。
 それは黒い異形が自身の身を鋭い手の爪で引っ掻いては、激しく掻きむしっている音であった。
 まるで全身を覆う漆黒の鱗を剥そうとしているかのようだ。もしくは苦しさのあまりあれを脱ぎたがっているのか。
 鱗が剥がれ飛び散り、肉がむき出しとなり抉れ、黒い血が流れる。
 なのにすぐに新しいのが生えてくるもので、きりがない。
 これにより傷つくのは己の身ばかり。
 凄まじい自傷行為をみかねて、猫又の心助や河童らが「旦那、いけねえ」「死んじまうよ」と必死に止めようとするも、邪険に扱われてあっさりはじかれてしまった。

 そんな黒い異形を止めたのは、臆することなく「だめっ」と腰に抱きついたおみつであった。
 この光景を目の当たりにした時。
 おみつはあれこれ考えるよりも先に体が動いていた。
 黒い異形の正体が九坂藤士郎とどうしてわかったのかは、自分でもよくわからない。ただ一目見て、そうに違いないと確信する。
 遮二無二、涙目で縋りついてくるおみつに、黒い異形は「うぅ」とうめきつつも、暴れるのを止めた。
 だからもう大丈夫かと、一同がほっとしたのも束の間のこと。

「それだけはやっちゃ駄目だっ、藤士郎っ!」

 怒号にて、横合いから体当たりをしてきたのは有翼の黒銀虎の銅鑼であった。
 これにより黒い異形とおみつは引き離される。
 いきなりのことにて、おみつには何がなにやら。
 でも、すぐにあることに気がついてぞっとした。
 自分を守るようにして立つ銅鑼の身に、じわりと朱色が拡がり血が滴り落ちているではないか。

 やったのは狐侍であった。
 正気と狂気との狭間、人と異形の内なるせめぎ合い、その境界にてどうにか踏みとどまっていた藤士郎の精神が、いよいよ限界を迎えつつあったのだ。
 もしもあのまま抱き着いていたら、おみつの身は凶爪により無惨に切り裂かれていたことであろう。

 にらみ合う藤士郎と銅鑼。
 ふたりの間には約定がある。

『もしも私が本当に戻ってこれなくなって、人としての本分も心も忘れてしまったら、その時には……』

 いまこそあの約定を果たす時なのか?
 銅鑼が迷っているうちにも、黒い異形が咆哮しながら向かってくる。
 背におみつを庇っている以上は避けるわけにはいかない。
 だから銅鑼は牙をむき虎爪にて、これに応じる。
 が、寸前にて衝突を回避したのは黒い異形であった。
 猛然と駆け寄ってきたとおもったら、その勢いのままに銅鑼を飛び越し、たちまち闇の彼方へと走り去ってしまった。


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