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其の四百五十七 闇路
しおりを挟む――暗い……ここはとても暗い。
あれからずいぶんと時間が経っているというのに、まだ夜が明けないのか。
――いや、ちがう。
すでに日は昇っている。
朝は来た。
なのに、いまだ自分の世界には夜の帳(とばり)が降りたままなのだ。
黒を中心にした色の乏しい世界……視界がやけに狭い。
ぎゅっと絞られている。まるで障子に悪戯をして開けた穴越しにのぞいているかのよう。
手足の感覚もおかしい。水の中のように、空気がやたらとまとわりついてくる。
肌を挟んだ内と外、薄皮一枚だけのはずなのに、何もかもが妙に遠い、薄ぼんやりとしている。
いま、自分は闇路(やみじ)を駆け続けている。
――あぁ、そうじゃない。
影から影へ、陰から陰へ、暗がりから暗がりへと移動しているのだ。
ずっと走っているのにもかかわらず、不思議と息は苦しくない。
それどころかまるで疲れ知らずだ。喉の渇きも空腹も感じない。
かつてないほどに体の調子がいい。
だが体が元気になればなるほどに、心ばかりが取り残されて沈んでいくのはなぜ?
まるで沼の淵にて溺れているかのよう。
どうにかして浮き上がろうとするも、ちっとも浮かばない。あがけばあがくほどに、足をとられて底へと沈む。それにともない体が芯から冷えていく。いや、凍えていくのは己の魂そのものか。
――そもそも、どうして走り続けているのか? 自分はどこへと向かっている?
わからない。
頭の奥の方が痺れてぼやけており、うまく考えがまとまらない。
なんとなく西へと向かっているのはわかるのだけれども、どうしてそちらを目指しているのかは、わからない。
でも、たしかに力を感じるのだ。それもとてつもなく大きな力がうねっている。
向かうほどに、それがどんどんと強くなっていく。
蛾が篝火に惹かれるように、その力へと引きつけられ、吸い寄せられている。
――これは敵、敵なのか?
――またしても自分の大切なものを傷つけようというのか?
大切なもの……。
大切な場所……。
大切な人たち……。
一瞬、脳裏に稲妻が走った。
ちかちかと明滅する中、様々な場面や人の顔がぱっと浮かんだとおもったら、すぐに粉々に砕けて消えていく。散りゆくそれらを必死になってかき集めようとするも、掴んだはしから指の間からするりと零れ落ちた。あるいは手の中で溶けてしまう。
何もかもが淡い、想いが混濁する。
記憶を探ろうとするも泡沫の如く、すぐにはじけてしまう。
――わからない、わからない、わからない。
ただ、堪えがたい衝動がこの身を突き動かす。
それの命じるままに、かつて九坂藤士郎という人間であったものは、西へと闇路をひとり駆け続けている。
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