狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
457 / 483

其の四百五十七 闇路

しおりを挟む
 
 ――暗い……ここはとても暗い。

 あれからずいぶんと時間が経っているというのに、まだ夜が明けないのか。

 ――いや、ちがう。

 すでに日は昇っている。
 朝は来た。
 なのに、いまだ自分の世界には夜の帳(とばり)が降りたままなのだ。

 黒を中心にした色の乏しい世界……視界がやけに狭い。
 ぎゅっと絞られている。まるで障子に悪戯をして開けた穴越しにのぞいているかのよう。
 手足の感覚もおかしい。水の中のように、空気がやたらとまとわりついてくる。
 肌を挟んだ内と外、薄皮一枚だけのはずなのに、何もかもが妙に遠い、薄ぼんやりとしている。
 いま、自分は闇路(やみじ)を駆け続けている。

 ――あぁ、そうじゃない。

 影から影へ、陰から陰へ、暗がりから暗がりへと移動しているのだ。
 ずっと走っているのにもかかわらず、不思議と息は苦しくない。
 それどころかまるで疲れ知らずだ。喉の渇きも空腹も感じない。
 かつてないほどに体の調子がいい。
 だが体が元気になればなるほどに、心ばかりが取り残されて沈んでいくのはなぜ?
 まるで沼の淵にて溺れているかのよう。
 どうにかして浮き上がろうとするも、ちっとも浮かばない。あがけばあがくほどに、足をとられて底へと沈む。それにともない体が芯から冷えていく。いや、凍えていくのは己の魂そのものか。

 ――そもそも、どうして走り続けているのか? 自分はどこへと向かっている?

 わからない。
 頭の奥の方が痺れてぼやけており、うまく考えがまとまらない。
 なんとなく西へと向かっているのはわかるのだけれども、どうしてそちらを目指しているのかは、わからない。
 でも、たしかに力を感じるのだ。それもとてつもなく大きな力がうねっている。
 向かうほどに、それがどんどんと強くなっていく。
 蛾が篝火に惹かれるように、その力へと引きつけられ、吸い寄せられている。

 ――これは敵、敵なのか?
 ――またしても自分の大切なものを傷つけようというのか?

 大切なもの……。
 大切な場所……。
 大切な人たち……。

 一瞬、脳裏に稲妻が走った。
 ちかちかと明滅する中、様々な場面や人の顔がぱっと浮かんだとおもったら、すぐに粉々に砕けて消えていく。散りゆくそれらを必死になってかき集めようとするも、掴んだはしから指の間からするりと零れ落ちた。あるいは手の中で溶けてしまう。
 何もかもが淡い、想いが混濁する。
 記憶を探ろうとするも泡沫の如く、すぐにはじけてしまう。

 ――わからない、わからない、わからない。

 ただ、堪えがたい衝動がこの身を突き動かす。
 それの命じるままに、かつて九坂藤士郎という人間であったものは、西へと闇路をひとり駆け続けている。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

比翼の鳥

月夜野 すみれ
歴史・時代
13歳の孤児の少年、菊市(きくち)光夜(こうや)はある日、男装をした十代半ばの少女と出会う。 彼女の名前は桜井花月、16歳。旗本の娘だった。 花月は四人の牢人を一瞬で倒してしまった。 しかし男の格好をしているものの話し方や内容は普通の女の子だ。 男装しているのは刀を差すためだという。 住む家がなく放浪していた光夜は剣術の稽古場をしている桜井家の内弟子として居候することになった。 桜井家で道場剣術とは別に実践的な武術も教わることになる。 バレる、キツい、シャレ(洒落)、マジ(真面目の略)、ネタ(種の逆さ言葉)その他カナ表記でも江戸時代から使われている和語です。 二字熟語のほとんどは明治以前からあります。 愛情(万葉集:8世紀)、時代(9世紀)、世界(竹取物語:9世紀末)、社会(18世紀後半:江戸時代)など。 ただ現代人が現代人向けに現代文で書いた創作なので当時はなかった言葉も使用しています(予感など)。 主人公の名前だけは時代劇らしくなくても勘弁してください。 その他、突っ込まれそうな点は第五章第四話投稿後に近況ノートに書いておきます。 特に花月はブッチギレ!の白だと言われそうですが5章終盤も含め書いたのは2013年です。 カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...