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其の四百五十八 朗報と凶報
しおりを挟む黒い異形と化し、江戸より消えた九坂藤士郎。
その行方を追うべく、各々が己の伝手を使った。
銅鑼は九坂家に出入りしている猫又や河童らを通じて、妖の筋から探る。これに稲荷たちも協力する。
南町奉行所の定廻り同心をしている近藤左馬之助は、自身は千曲屋騒動の後始末にかかりきりにて動けぬので、役所の情報筋から。
書物問屋の銀花堂の若だんなは、その顔の広さを活かして、商人らの情報筋を当たる。
騒ぎの終結と入れ違うようにして江戸に戻ってきた、知念寺の巌然と芝増上寺の幽海は、自分たちが留守にしている間に起きたことを聞くなりすぐに動いた。
寺社仏閣は日ノ本中に存在しており、その縦横のつながりは津々浦々にまで枝葉を伸ばしている。商人らの情報網にも決して引けをとらない。
これらの他にも藤士郎の出奔の報を耳にして動くもの多々あり。
表の裏、人と妖、それらはみな、これまでに狐侍に助けられて恩義を抱いていた者たちであった。
そのかいあってか、ぽつぽつと藤士郎の行方が知れてくる。
といっても、すでに人の姿をしていないので「奇妙なものを見た」「見知らぬ妖がいた」とかいうあやふやな情報だけれども。
集まった情報を整理してみると、どうやら藤士郎は江戸を飛び出し西へ、信濃国(しなののくに)は浅間山方面へと向かったらしいことがわかった。
これでおおかたの居所は知れた。
だがしかし――。
「ようやく見つけた。けど、どうすりゃいいんだ?」
でっぷり猫の銅鑼は、へちゃむくれの鼻にしわを寄せては、おおいに頭を悩ませる。
そうなのだ。
いくら藤士郎の身柄を押さえようとも、異形化した狐侍をもとに戻すことができなければ意味がない。さりとて肝心のその方法がわからない。
なにせ江戸でも屈指の知識人である幽海ですら、とんと心当たりがないという。
何か方法なり、解決の糸口なりが見つからぬかと、寺の書庫に篭っては膨大な蔵書を漁ってくれているが、いまのところそれらしいものは見つかっていない。
歩く仁王さまとの異名を持つ巨漢にて、腕っぷしもさることながら、妖退治の高僧としても名を馳せている百戦錬磨の巌然も、このような事例は初めてにて皆目見当がつかない。
藍染川一帯を仕切っている河童の得子や、狒々族の長なんぞも日頃の対立には目をつむり、協力しては何か豊策はないかと探してくれているが、こちらも成果なし。幽玄の狭間に住む大天狗にも訊いたらしいのだが、首を横に振られるばかりだったとか。
「くそっ! やはり約定通りにするしかないのか」
もしもの時には銅鑼がけじめをつける……という、藤士郎との約定。
それすなわち銅鑼が藤士郎を殺すということ。
日に日に思いつめるあまり、銅鑼はついに大好物の団子まで残すようになった。
おみつはかける言葉もない。
そんな銅鑼に朗報をもたらしたのは、藤士郎の父である平蔵であった。
伯天流道場の先代・九坂平蔵は、すでに去世の身だが、なんの因果かいまは地獄にて官吏の職についている。
その平蔵が、これまた死んで幽霊の身の上となっている妻志乃の所有する手鏡を通じて語りかけてきた。
「この度はうちの愚息が世話をかけてすまんな。それでどうしても伝えておかねばならぬことがあるのだ」
ひとつは朗報にて、ひとつは凶報だという。
そこで銅鑼はまず朗報から聞くことにする。
「ふむ。じつは私の上役である小野さまがお骨折りくださり、大王さまに頼んでどうにか希少な仙桃をひとつ下賜されることになった。それがあれば倅はもとに戻れるぞ」
小野さまとは、小野篁(おののたかむら)という人物。
伝説の偉人にして、お公家さまで従三位の官位持ち。反骨精神溢れる方で、豪快な逸話にはこと欠かず。はてにつけられた異名は「野相公」にて、自ら「野狂」と称するほど。弓馬のみならず学問にも精通し、努力を知る才人。小倉百人一首では参議篁(さんぎたかむら)で名を連ねている。
そんな御方だが、なんといっても有名なのが、昼は朝廷での官吏を務め、夜は冥府の閻魔庁にて裁判の補佐という二足の草鞋生活。
毎晩、都にある六道珍皇寺の古井戸からせっせとあの世に通っては働いていた。
とどのつまりは、平蔵の大先輩にして上役ということである。
藤士郎を人間に戻せる!
朗報に銅鑼たちが喜んだのは言うまでもない。
だが、はしゃいでいられたのもほんの束の間のことであった。
続く凶報により、いっきにお通夜のごとくになってしまった。
なにせ藤士郎が信濃国の浅間山へと向かった理由が、彼の地にて猛っている膨大な大地の力を喰らうためであり、それにより藤士郎が天魔王と化すというのだから。
そうなったら、もう助けられない。
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