狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
462 / 483

其の四百六十二 屍の道

しおりを挟む
 
 川、湖沼、泉、湧き水……。
 水はそこかしこにある。
 けれども、この恩恵を得られる場所は限られている。
 地形の問題だ。
 砂浜、岩場、干潟、藻場、葦原、水辺林、湿地……ひと口に水辺といっても、いろいろだ。
 周辺との兼ね合いもある。
 ゆえに適した水飲み場には、動物たちが集まる。
 身体を清潔に保つ、あるいは体温調節をするための水浴び場ともなれば、さらに限定される。
 多くの獣たちが集う場所。
 これすなわち絶好の狩り場ということ。
 だから水辺では、人知れず高度なかけ引きや戦いが繰り広げられている。
 生きるのに欠かせない水。
 野生では水を飲むのも命懸けなのである。
 もしもその水がとても甘露であるならば、争奪戦はより熾烈を極めるであろう。

 それと同じことが浅間山にて起きていた。
 湧くのは大地の力にて、これに群がるのは己が何者なのかも知らぬ有象無象の妖だ。
 だが、これを喰らえるのは山の火口付近の危険な場所のみ。

 道なんぞはない。
 急な斜面、脆い地形、転がり落ちてくる石が当たれば肉がひしゃげ骨が折れ、頭蓋をもたやすく打ち砕く。
 気まぐれに地面から吐き出される噴気は灼熱のごとき熱をまとい、触れれば肌が赤くただれ、吸い込めば喉が焼かれる。
 一帯に熱がこもっており、そこにいるだけでじりじりと生気を奪っていく。
 ときには毒煙が噴き出すこともある。うっかり吸えばたちどころに意識を失い、それきりとなる。そんな目には見えない脅威が溜まっている場所もある。

 であるのならば、空から直接向かえばといいたいところだが、山の火口よりもうもうと立ち昇る大量の噴煙がそれを許さない。
 煙が白いときはまだいい。視界を奪い、進む邪魔をするばかり。
 怖いのは煙が灰色になったときだ。
 こうなると煙の中には灰や細かな石粒片が大量に含まれており、ほんのわずかにでも目に入れば容赦なく眼球を痛めつけ、ときには失明へと至らせる。吸い込めば咳が止まらなくなり肺を病む。煙に毒が含まれていることもある。

 並みの者では近づくこともままならぬ。
 なのに向かう有象無象の妖があとを絶たないのは、彼らが無知蒙昧であることもさることながら、それだけ大地の力が甘露であるから。
 自我に乏しく、知性なく、本能に従って生きている妖らにとって、それは誘蛾灯にて、とてもではないが我慢できるものではない。
 ならば協力するなり、分けあうなりすればいいのだけれども、生憎とそういう了見を持ち合わせていないので、結果として奪いあい殺しあう。
 ゆえに、大地の力が湧く場所へと至る方向には、犠牲となった妖らの骸が転がることから、誰が呼んだか屍の道と云われるようになってひさしい。

 近頃、そんな屍の道の様子がおかしい。
 少し前までは、道半ばで力尽きた妖が点々と転がる程度であったのに、いまや足の踏み場もないほど。
 埋め尽くしているのは、もちろん妖どもの死体だ。
 その死体の状態がまた尋常ではない。どれれもこれも原型を留めておらず、無惨に切り裂かれたり、引き千切られている。

 ある日、ふらりと江戸の方からやってきた流れ者の仕業だ。
 人の形をした黒い異形が走る。
 駆け抜けざまに、進路上に居たもの、襲いかかってきたものらを、片っ端から屠っては血の雨を降らす。
 血が血を呼び、喧騒がさらなる喧騒を呼んだ。
 黒い異形が突き進むほどに闘争の濃度が増し、戦いが激しくなっていく。
 いつしか一対多数の戦いとなっていたが、血風が舞い上がり、絶唱が響くたびに積み上げられていくのは、死、死、死……。

 さなかに猛々しい咆哮をあげたのは、黒い異形であった。
 さなかに艶めかしい嬌声をあげたのは、黒い異形であった。
 さなかに狂ったような歓声をあげたのは、黒い異形であった。

 凄惨な修羅地獄の中で、黒い異形の身に少しずつ変化が生じていく。
 全身を覆う漆黒の鱗の色味がより強くなるも、艶が失せて何も映さなくなった。周囲の光すらをも呑み込む奈落のように闇色が濃くなる。
 そんな鱗の一枚一枚の形状が、ぎざぎざで棘のある柊(ひいらぎ)の葉のようになった。
 これにともない外観の印象がより凶悪さを増した。
 一本角の兜を被ったかのような頭部、その目元からのぞく双眸は紅にて、金の瞳孔は猫のようににゅうっと縦にすぼまり、これを囲む虹彩は盛りの紅葉のごとき鮮やかさ。

 真・屍の道をこしらえた黒い異形は、勢いのままに浅間山へと入った。
 戦いは山中でも続き、やがて舞台を大地の力が湧く場所へと移しても、終わることはない。
 群がる有象無象の妖らを蹴散らし、蹂躙しつつ、大地の力を喰らうことで、黒い異形はより強くなっていく。
 その光景は、まるで新たに天魔王となる者へと、みずからの命を供物として捧げるために、集っているかのようであった。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

比翼の鳥

月夜野 すみれ
歴史・時代
13歳の孤児の少年、菊市(きくち)光夜(こうや)はある日、男装をした十代半ばの少女と出会う。 彼女の名前は桜井花月、16歳。旗本の娘だった。 花月は四人の牢人を一瞬で倒してしまった。 しかし男の格好をしているものの話し方や内容は普通の女の子だ。 男装しているのは刀を差すためだという。 住む家がなく放浪していた光夜は剣術の稽古場をしている桜井家の内弟子として居候することになった。 桜井家で道場剣術とは別に実践的な武術も教わることになる。 バレる、キツい、シャレ(洒落)、マジ(真面目の略)、ネタ(種の逆さ言葉)その他カナ表記でも江戸時代から使われている和語です。 二字熟語のほとんどは明治以前からあります。 愛情(万葉集:8世紀)、時代(9世紀)、世界(竹取物語:9世紀末)、社会(18世紀後半:江戸時代)など。 ただ現代人が現代人向けに現代文で書いた創作なので当時はなかった言葉も使用しています(予感など)。 主人公の名前だけは時代劇らしくなくても勘弁してください。 その他、突っ込まれそうな点は第五章第四話投稿後に近況ノートに書いておきます。 特に花月はブッチギレ!の白だと言われそうですが5章終盤も含め書いたのは2013年です。 カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

処理中です...