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其の四百六十一 妖怪道中記
しおりを挟む途中、こまめに休憩を挟みつつ、信濃国は浅間山へと向かう空の旅を続ける。
茜色に染まる空は、まるで燃えているかのようであった。
その日の夕焼けは、やたらと赤かった。
西の彼方には雲間より残光が最後の煌めきを放っている。
東の彼方に目をやれば、気のはやい夜の先陣がじりじりと押し寄せてきている。
ゆっくりと陰と陽が混ざり合っていく逢魔が刻――。
「ちっ、やっぱりか。くるぞ、おみつ! しっかり掴まっていろっ」
おみつがひしと広い背中に抱きついたのを確認してから、有翼の黒銀虎は己が両翼をばさりとひと振り。
とたんに翼の内側にて風が集まりうねっては、翼の主の身をぐんと押し上げる。
銅鑼はいっきに高度をあげた。
急上昇しつつも、視線は前方からはずさない。
夕焼けで赤く染まった雲、綺麗だがどこか不吉を連想させる凄味を持った景色、これにまぎれるようにして浮かんだのは黒い点、点、点……。
みるみる点が湧いては増えていく。
その正体は空の妖どもだ。
妖といっても、ぴんからきりまで。
知性があって、世の理を知り、分別があって、人の世と折り合いをつけて生きているものもいれば、獣の延長線上を本能のおもむくままに生きているものもいる。
いま、こちらへと向かってきている連中は後者だ。
自分が何者かなんて知らないし、考えたこともない。
ただ、その時、その時の渇望に従い、空腹を満たすべく行動する。
そんな妖どもが狙うのは、おみつが大事に胸に抱く小箱の中身だ。
常世仙桃・意富加牟豆美は霊験あらたかにて、大いなる神の霊威を宿している。
いかに厳重に封をしていようとも、馥郁(ふくいく)たる甘い香りは抑えきれない。
箱よりわずかに漏れているそれを嗅ぎつけ、妖どもが群がってくる。
おおかた、これを喰らえば心身ともに満たされるだけでなく、さらに強くなれるとでもおもっているのだろうが、それはとんだ勘違いだ。
喰えば死ぬ。
なにせ意富加牟豆美は、邪気や不浄を払い、黄泉の国の軍勢や化け物どもを退ける力があるのだから。
有象無象の木っ端妖怪なんぞは、ひと口かじっただけで即消滅する。四凶の大妖ですらも無事ではすまないだろう。
毒と薬は紙一重。耐えられるのは、人と妖、ふたつの属性を持ち、天魔王へと至るような者ぐらい。
それでも仙桃を求めて向かってくる。
蛾が闇夜の松明に群がるのと同じこと。
さりとて、妖どもを仙桃に近づけることは断じて、否!
なぜなら穢れに触れると、仙桃はたちまち腐ってしまうからだ。
空高く舞い上がった銅鑼、これにより向かってくる連中の頭上をとった。
古来より戦(いくさ)では高い所をとった方が有利とされている。
実際の戦場はそんな単純なものではないが、上から下へと向かうほうが勢いが増すのはたしか。
「邪魔だっ、どけ!」
一喝とともに黒銀虎の両翼が大きく広がり、そこより無数の羽根が放たれた。
羽根のひとつひとつが鋭利な薄い刃となりて、敵勢へと降り注ぐ。
これにより敵勢の足並みが乱れたところへ、銅鑼は単騎駆けをする。
猛る黒銀虎の爪が立ち塞がるすべてを切り裂く。
完全に陽が暮れて、夜となった。
おみつを背に庇いつつ、銅鑼は群がる有象無象を片っ端から屠り続けている。
なのに敵影は減るどころか、むしろじりじり増えていた。
飛び散る血肉、叫喚、闘争の気配、より濃さを増す死臭……。
それらが仙桃の甘い香りとあいまって、得も言われぬ薫りとなり、これが誘蛾灯となっているのだ。
「ちぃ、各々の力はたいしたことないが、数が多いのがやっかいだ。この分だと藤士郎の方も難儀していそうだな」
敵の一体の喉笛を噛み千切った銅鑼は、口の中の肉片をぺっと吐き出しつつ、浅間山があろう方角をひとにらみ。
この銅鑼の予想は当たっていた。
銅鑼とおみつたちのもとへ分別のない妖たちが群がっているように、大地の気を喰らっている藤士郎のところも、似たような状況に陥っていたのである。
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