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004 初めての共同作業
しおりを挟む「前方にモブ五、装備は棍棒三に槍二」
夕方の屋内程度の明るさしかない洞窟内。
瞳の薄い金色がやや鋭さを増したキリク。斥候職ゆえに夜目が効くので、俺たちの中で一番先に敵の接近に気がつく。
俺はジーンに弓で槍持ちを優先して仕留めるように頼むと、盾を構えてパーティーの前面に立つ。
俺の目にもモブの集団が視認できる距離になったところで、耳のそばを風切り音が立て続けに二つ、疾駆。
ジーンの放った矢は見事に槍持ちの二体の首のつけ根、ノドの下辺りへと突き立つ。肉が柔らかく、骨に邪魔されることなく致命傷を与えられる急所。
それを見届けてから俺は盾を構え、敵集団へと突撃。
正面にいた棍棒持ちの一体を勢いのままに吹き飛ばし、右隣の一体を盾を横にして薙ぎはらう。盾の角にて側頭部を殴打。こめかみをへこませ仕留める。
残った個体がここで反撃してきたので、俺は盾にて防御。
二度三度とチカラまかせにふるわれる棍棒。モブは見た目が小さくともチカラは並みの大人ほどもある。遠慮がない分、そこそこの衝撃。
盾表面の丸みを帯びた形状を活かして攻撃を巧にさばく。あえて剣は抜かない。
五度目にかちあげ気味に放たれた棍棒。
俺はこれにタイミングを合わせて、すくいあげるようにしていなす。
完全に腕を振り上げる形にて無防備となったモブゴブリン。
その脇腹に滑り込むようにして、音もなく踏み込んだのはキリク。
キリクは短双剣の一刀にてアバラの隙間を突くと、そのまま背へと向かい骨に沿って刃を走らせ、背骨へと至る直前でこれを引き抜く。
キリクはそのまま足を止めることなく、俺が最初に吹き飛ばした個体へと向かう。
脇腹を切り裂かれて崩れ落ちたモブ。うつ伏せに倒れたヤツを俺はカカトで踏み抜き、首の骨をへし折りトドメを差す。
その頃にはキリクの方も始末を終えていた。
こうして初戦を滞りなく終わらせた俺たちは、モブの耳を切り落とし次戦へ。
攻撃をしかける順番を変えたり、遠近いろんな間合いでの戦闘を試しつつ、互いの動きを把握しては連携をより深めていく。
みな同じ等級ゆえに力量と経験が似通っているせいか、妙に動きやすく戦いやすいと俺には感じられた。おそらくはジーンとキリクもそうなのだろう。
◇
十戦ばかりこなし、ダンジョンもかなり奥へと踏み入る。
腰から下げた小袋もモブらの耳で程よく膨らんできた。
そろそろ切り上げるかと俺たちが相談していたとき、薄闇の向こうから剣戟に悲鳴や怒号が入り混じった激しい戦闘音が聞えてきた。
雑魚だらけのモブの洞窟には似つかわしくない音。
「うん? なんだ。パーティー同士のもめごとか」
「若い連中が多いからケンカなんて珍しくもないが、それにしたってちょっと激しすぎるような……」
俺とキリクが警戒しつつ奥の気配を探っていると、ジーンが言った。
「明らかに様子がおかしい。もしや、キルの連中が新人狩りに動いているのかも」
キル、それは冒険者を狙う悪質な冒険者のこと。
ギルド上層部直属にて治安を担う猟犬部隊が駆除しているのにもかかわらず、この手の輩はけっしていなくならない。
俺たち三人は互いに目を合せると、すぐさま駆け出す。
キルは通報案件にして常時討伐対象。冒険者の憎むべき敵にして、決して許してはいけない裏切者。仮にも二等級を目指すような者であれば我が身可愛さにて、若い連中を見捨てるなんてことはあってはならない。
先頭をキリク、次に俺、最後にジーンの順に走る。
しばし直線、のちに右へと道は曲がっている。頭の中に入っている地図を確認。あの先には……、確か開けた場所があったはず。
腰より短双剣を音もなく抜いたキリクが、ためらうことなく角を曲がる。
俺は右に片手剣、左に盾を構えて後を追った。
やや遅れてジーンも続く。
開けた場所へと飛び出した俺たちの目に飛び込んできたのは、百を超える数のモブゴブリン。それらを相手にして懸命に戦う若い冒険者たちの姿。
だが、それよりも俺たちを驚かせたのは、そのモブの群れを率いているとおぼしき巨体。
「おいおいおい、どうしてこんなところにロード級がいるんだよ」
キリクの驚きと呆れが混じった声が、俺たちの気持ちを代弁していた。
ロード級。それはモンスターの中で変異した特殊個体にて、王の名を冠するにふさわしい威容とチカラの持ち主。たとえ元が雑魚のモブゴブリンとはいえ、ロード級となれば別格の強さとなる。
大柄な俺ですらもが見上げるほどの背丈。浅黒い肌をしており全身がぶ厚い筋肉の鎧で覆われている。
とても新人の手に負える相手じゃない。
「ロード級も問題だが、なにより敵の数が多すぎる。これではじきに囲まれて押し切られてしまうぞ。キリクは俺と来てくれ。ジーンは逃走経路を確保しつつ魔法の準備を頼む」
「了解」「わかった」
盾を構えたままで、俺が突進。すぐ後ろにキリクが影のようにつき従う。
ジーンは後方入り口付近にて弓を構えながら身を潜め、呪文の詠唱に入る。
雄叫びを上げてモブの群れを蹴散らし、俺は若手が固まっているところを目指し、一気に駆ける。
敵勢の中を通り抜ける際に、キリクの両刃が閃き、モブらの腕や足の筋を的確に断ち切り、突き抉る。
たどり着いたところで俺は素早く状況を確認。
若手冒険者らの数は全部で十三。ケガを負って動けない者が三人。残り十のうちまだ元気なのは二人ばかりにて、他は疲労の色が濃い。
これ以上の戦闘継続は不可能との判断をすみやかに下し、俺は口早やに命じる。
「動けるヤツはケガ人に手を貸してやれ。荷物や装備類は諦めろ。できるだけ身軽になって逃げるんだ」
いきなりあらわれたおっさんの言葉に戸惑う面々。
しかしグズグズしている暇はない。
こちらの動きに反応してロード級がゆっくりと重い腰を上げたのが横目に見えたからだ。
混戦の最中にガキどもを守りながら、アレの相手をするだなんて無理。
だというのに、なおもグズるのは仲間を庇いつつ奮戦していた二人。
「モブ相手に、カッコ悪くて逃げられるか!」
「おっさんらは引っ込んでいろ。邪魔すんな! これぐらいオレたちだけでっ」
意気軒高にて全身にみなぎるチカラ。吠えるだけあって剣の腕や動きも悪くない。敵の群れを前にしても怯まない胆力もたいしたもの。実力からいって、おそらくは彼らがこの集団の中心的存在なのだろう。
眩しいほどの才能だ。俺の若い頃とは大違い。
ただし、それは一人の冒険者としてみたらの話。
集団を率いる者とすれば、失格。
「お前たちはそれでいいのかもしれないが、これ以上我を通したら、仲間たちの内の誰かが確実に死ぬ」
声を荒らげるのではなく、できるだけ重く静かに腹の底に響くような声で、俺は告げる。
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