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043 三層の主
しおりを挟む盾と剣を左右に持ち、これを派手にガンと打ち鳴らす。
囮としてはベタな手法だが、これが案外、侮れない。
三層の主と俺たちが勝手に認定したデカブツがこちらを視認。白き骸がのそりと動き出す。
俺が部屋の左奥へと駆けるのに合わせて、デカブツもついて来る。
それを見届けてからキリクとジーンが右奥へと向かった。
◇
フィレオについていったデカブツ。
その背をちらりと見てキリクがジーンに言った。「無防備だし、いまならイケるんじゃないのか?」
しかしジーンは首を振る。「ダメだ。角度が悪い。山なりで当てたところで、矢の威力が半減している。よしんば狙い通り首の骨に当たったところで、はじき返されるのがオチだろう」
「魔法を込めても?」
「それが出来ればとっくにやっている。矢の軌道が曲線を描くほどに、計算がズレてタイミングよく魔法を発動させられない」
矢の威力を最大限に発揮させるのに大切なのは、適度な距離といかに水平を保つか。
上から下とか、風の流れとか、いろいろとあるけれども、手っ取り早いのがコレ。
真っ直ぐ水平に、対象に向けて放つのが一番効果的。
だが訓練の時とはちがい、実戦ではまったく同じ高さ、同じ目線に立つことがとてもムズカシイ。なぜなら双方共に動いているから。戦いの最中ともなれば、その動きはもっとも激しくなる。あと地形の影響も大きい。
当てるだけならばともかく、最大の威力を発揮するとなると、剣などとは比較にならない難易度なのが弓という武器。
だからこそ位置取りが肝要。
「と、なれば、やはり当初の予定通りにオレが壁のぼりをするしかないのか」
「そういうことだ。あと魔法の準備にも入るから、念のために周囲の警戒も頼む」
「わかってるよ。じゃあ、こいつを腰にしっかりと回しておいてくれ」
キリクが投げて寄越したのは組み紐の一端。
受け取ったジーンが自身の腰に結んでいるの尻目に、キリクは壁の隙間に手をかけて、軽快にこれをよじ登りはじめる。
ほぼ垂直な壁面。その中からわずかな出っ張りやへこみを見つけては、器用にこれを使って上へ上へと。
ある程度まで登ったところで、首をひねって反対側の壁の方を見れば、フィレオがデカブツ相手に孤軍奮闘している真っ最中。
「いかに相手の動きが鈍重とはいえ、あの圧力の中でよくもまぁ、ギリギリでかわし続けられるもんだな。前々から思ってたけど、フィレオの奴、たいした胆力だ。っと感心ばかりもしてられん。あんまりのんびりしていたら我らのリーダーが危ない。どれどれ、高さはこんなものか……。うーん、もうちょい上かな」
キリクは壁のぼりを再開。
ある程度まで登ったところで、腰のポーチから取り出したのは一本の鉤状の品。頑丈な素材で作られた細長い薄刃。手の平程度の大きさにて、柄のところに穴が開いているハーケンと呼ばれる道具。岩壁などの割れ目に差し込んでロープを通したり、足場とするモノ。外壁や断崖攻略、城門破りなどに重宝する。
こいつを壁にしっかりと打ち込み準備を整えたところで、キリクは下にいるジーンに視線を向ける。
ずっと精神集中をしているらしく、ぶつぶつと聞き取れない言葉をつぶやいているジーン。古代言語にて魔導士にしか意味がわからない呪文。
周囲の空気が明らかに変わってゆく。彼の周りだけ密度が濃くなり、わずかばかりに景色も歪む。
それが魔力を高め魔法を行使するための前段階だと知っているキリク。顔をあげて声を張った。
「フィレオ! こっちの準備は完了だ。いつでもいけるぞ」
◇
合図を受けて、俺はデカブツの攻撃をかわしながら部屋の中央へと誘導。
こちらの腰回りほども太さがある骨の腕の下をかい潜り、無造作に振られる蹴りを横っ飛びでかわす。
デカブツは一つ一つの動作が重い。だが必殺の威力を秘めており、相対している俺は常に綱渡り状態。
目に見える圧力と、目には映らない圧力に苛まれ、全身からイヤな汗が吹き出す。
精神をガリガリ削られ、疲労の蓄積がいつもの比ではない。
戦いの最中にちらりと壁に張り付いている格好のキリクを見れば、こっちに向けて手を振っている。
どうやら位置はこのあたりでいいらしい。
ならば、あとは大振りを引き出し、決定的な隙を産み出すのみ。
俺はあえてデカブツの足下をちょろちょろ。ついでに鞘のままの片手剣で足のスネをコツン。
イラ立つデカブツ。こちらを踏みつけようと大きく足を持ち上げ、叩きつけるかのように降ろす。
頭上より迫る足の裏。俺は転がってどうにか避ける。
直後に石床が激しく振動。衝撃にて俺の身がポンと軽く跳ねた。
そのタイミングで動いたのはキリク。
「ジーン、腹にチカラを込めろ! 一気にいくぞっ!」
叫ぶなり壁から離れた。その体が落下を開始するのと同時に、組み紐で繋がれたジーンの身が一気に持ち上がり宙へと。
壁に埋め込んだハーケンを用いた滑車もどきによる荒業。
強引に吊り上げられた際に、腹に喰い込む紐で内臓を痛めてもおかしくない危険な行為。だが日頃から鍛錬を怠らない変わり種の魔導士ジーンの腹筋は、この衝撃に耐える。
キリクと互いの位置が入れ替わったところで、弓をかまえたジーン。
眼鏡越しに青い瞳が見据える先には、踏みつけ攻撃直後にて硬直し、無防備に晒されてあるデカブツの首のうしろ。
紐に吊られ壁に足をかけての変則的な体勢にもかかわらず、弦を引き絞る手は力強く、狙いがブレることもない。
放たれた矢。とたんに風をまとい激しく回転を開始。
ジーンがこの局面で選らんだ魔法は風属性。
螺旋のエネルギーが込められた鏃は、吸い込まれるようにしてデカブツの頸椎の一つに当たり、深く喰い込む。
背後からの一撃にて、デカブツはたまらず膝をつき、ついには四つん這いの格好となる。
突き立った矢を中心にして表層に無数のヒビが走り、ピキリパキリと音がする。
首が耐えきれずに砕けるのは時間の問題。
だがそこでデカブツは予想外な行動をとる。最後のチカラを振り絞っての体当たり。狙われたのは、もちろん近くにいた俺ことフィレオ。
低い姿勢にて頭から突っ込んでくるデカブツ。
まるで壁が迫るよう。しかも両腕を広げた格好をとられ、左右の逃げ道を完全に塞がれてしまう。後方へと下がろうにも奴が突っ込んでくる速度の方が速い。
この局面で俺は前へと進むことを選択。
気合と共にくり出したのは前蹴り。もちろんこんなものでデカブツの突進を止められやしない。狙ったのは奴の鎖骨。そこを足場にして一気に跳ぶ。
以前にキリクが見せてくれた壁を使っての見事な跳躍。あれのマネ。
とはいえ身軽な斥候職のソレを身重な前衛職があっさりこなせるわけもなく、微妙に高さが足りずに右のつま先を引っかけた。
結果、どうにか直撃こそはかわすものの、俺は巨体に跳ね飛ばされ宙をくるくる舞い、そして落ちた。
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