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085 空と地の狭間
しおりを挟む背後よりキリクが近づけば、長い尾の横殴りが飛んでくる。
ジーンが矢を放てば、ツバサで叩き落とされはじかれる。
二人の攻撃に意識が向いているうちに俺が距離を詰めると、首がにゅうっと伸びてきて牙をむく。
ときには突進からの頭突きまでくり出され、俺はあわてて横っ飛び。
ギリギリかわしたら、すかさず騎乗している黒甲冑の手から放たれたのは短弓の一矢。籠手に仕込んである魔具にて、腕を対象に向けるだけで発射可能。威力と飛距離こそはたいしたことないが、至近距離では充分な殺傷能力。
懐にいるマホロを守るために盾をかまえていたのでとっさに反応できたが、さもなければモロにノドを貫かれていたはず。背筋に冷たい汗がにじむ。
遠近での攻撃を封じられて、中距離の間合いは完全に黒甲冑の支配下。
ならばと三人同時に仕掛ければ、ツバサを広げて大きくばさり! 突風を発生させて吹き飛ばされてしまう。
おそろしく手綱さばきが巧で、つけ入る隙がない。
「くそっ、やたらと地上での戦いに慣れていやがる。弱点はとっくに克服済みってことか。マズいな……、他の連中はともかくコイツだけでもなんとかしないと、落下傘で飛行船から逃げ出すこともできやしない」
正面にいる難敵を見据えつつ、打開策を模索していた俺は、ふと自分のつぶやきに引っかかりを覚えた。
なんだ? 俺はいま何に反応した。
一語一句を噛みしめるように吟味。焦りを抑え懸命に思考を巡らす。
そのとき、バタバタと風にたなびく赤い旗を視界の隅に捉える。飛行船の甲板に設置された旗にて、風の向きを読むためのもの。
弓を扱うジーンがチラチラとやたら気にしているのを、戦いの最中に何度も見かけた。彼はアレを目安に矢を放ち、出来る限り風上を維持するように動いている。
風、旗、弓、そして自分の背にある落下傘……。
「あっ」俺は小さな驚きの声をあげた。
事態を打開するために必要なピースは、最初からすべて揃っていたんだ。
俺はハンドサインにてキリクとジーンに指示を送る。
察しのいい二人は、すぐにこちらの意図に気がついてくれた。
◇
キリクが駆け出し、背後から黒甲冑が操る飛竜に接近。
対する飛竜は、まるで邪魔な羽虫でも追い払うかのようにして、尻尾のひと振り。
これをキリクはあえて避けない。かわりに尻尾の表面に両足をつき、攻撃の勢いを利用して吹き飛ばされるままに跳躍。すかさず組み紐を放ち、飛行船の上部と客船部分を繋ぐ部位の一つに絡ませた。
キリクの動きと合せてジーンが矢を放つ。
狙ったのは敵ではなく、甲板上に設置されてあった旗立ての一本。乱れる気流の中、繋ぐロープを鏃が見事に射抜き切断。旗が自由となる。
解き放たれた旗は風下へ。そこには黒甲冑と飛竜の姿が。
いきなり飛んできた旗。布製ゆえにチカラ任せに叩き落とそうとするも適わず、かえって我が身にまとわりつくことに。
暴れる旗が、ほんの一瞬だが黒甲冑と飛竜の視界を完全に塞ぐ。
千載一遇の好機! このタイミングで強襲をかけたのはキリク。組み紐にて吊るされたカラダを振り子の要領にて、猛然と宙を駆ける。
迫る敵影に気づいた黒甲冑、腰の剣を抜き迎撃。
両者が交差する刹那、キリクが行ったのは腰の短双剣を抜くことではなくて、背中に装着していた落下傘を脱ぐこと。
あまりにも意外な行動。
肩透かしをくらった黒甲冑のかまえた刃が、所在なげに見えた。
が、次の瞬間、その身がいっきに飛竜の背より引きはがされ、はるか後方へと攫われる。
宙を駆け抜けざまに、キリクが放っていたのは組み紐の輪っか。
これに剣を持つ腕をガッチリ掴まれた黒甲冑。
紐がのびた先には落下傘。
「じゃあな。よい空の旅を」
キリクがピンを抜くなり、ぱっと開いた落下傘。風を受けて大きく花開く。
これにより黒甲冑を戦場より強制排除することに成功。
もっとも奴に空の旅を優雅に楽しむ暇はなかった。
なにせ飛んで行った先には飛行船の回転翼が待ち受けていたもので……。
乗り手が急に消えてしまい指揮系統を喪失。
わけがわからず混乱する飛竜。
俺は片手剣を抜いて突っ込む。
気づいた飛竜が牙をむき吠えた。
こちらを噛み砕かんとする大きく開いた口。
俺は躊躇うことなく口腔内へと向けて刺突を放つ。
切っ先が飛竜のノドの奥へと吸い込まれる。続けて剣を持つ右腕が半ばまで呑み込まれた。
いま口を閉じられたら、俺は肘から先を失うことになるだろう。
だが、それでもかまわず、なおも深く踏み込む。
肉の抵抗がふいに消えて、ブツンと鈍い音。血の生温かい感触が手を伝う。飛竜がぐりんと白目をむいた。
長い首がビクッと痙攣し固まったのちに、急にだらりと弛緩。
俺はあわてて柄から手放し、腕を引っこ抜いて難を逃れる。
直後に傾いだ巨体が横転。そのまま動かなくなった。
◇
リーダー格を失ったことで、じきに空賊どもは防衛側に敗退することになるだろう。
もっとも、パーティー「オジキ」は、それを見届けるつもりはない。
このままバカ正直に船内に留まっていたら、きっと厳しい詮議を受ける。マホロが希少種だとバレかねない。よしんばそれを切り抜けても、発着場にて神種の教団から待ち伏せを受ける可能性が極めて高い。
だからおっさんたちは相談の上で、途中下船を敢行することにした。
俺はジーンの手を借りて、死んだ飛竜の口から剣を抜く。その間に船内に戻っていたキリク。彼が客室へ取りに戻っていたのは新たな落下傘。
全員が準備万端整ったところで、「行くか」
赤子連れのおっさん三人、甲板の柵を越えて大空へと踊り出す。
ある程度、飛行船から遠ざかったところで落下傘を同時に展開。
絡まらない程度の長さにて互いの身を紐で結んであるので、空の上ではぐれることはない。
対飛竜戦の際にはグースカ寝ていたマホロ。いつの間にか目を覚ましており、空と地の狭間の景色に「あーだー」と大興奮。
うちのお姫さま、マジで大物。
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