冒険野郎ども。

月芝

文字の大きさ
上 下
154 / 210

154 錆と深緑

しおりを挟む
 
「げっ、アイツは!」
「あれは鉄道襲撃のときの……、やはり生きていたか」

 全身黒装束にて覆面姿。唯一見せているのは目元のみ。錆びた色の瞳の男を見て、キリクとジーンが声をあげる。
 かつてパッカード家の長女カオリ嬢の警護依頼を受け、鉄道に同乗した際に襲撃を仕掛けてきた一団があった。
 パーティー「オジキ」はなんとか撃退に成功し、鉄道事故を未然に防ぐも、その事件の実行犯たちを率いていたのが錆びた色の目をした男。
 キリクが「一対一でまともに戦ったらヤバイ」と言っていた相手。
 俺も話にだけは聞いていたが、よもやこのようなややこしい局面での対峙となろうとは。
 次々と起こる出来事に、俺たちは内心の動揺を隠せない。
 すると殺気をぶつけ合い、いまにも斬り結ぶ寸前といった感じの二人が一斉にこちらを向いた。

「いつぞやは世話になったな」錆びた色の瞳の男が言った。
「あら、キリクじゃないの。ちょうどよかった。こいつを片付けてからあんたのところに顔を出すつもりだったのよ。手間がはぶけたわ」ウルリカが言った。

 二人が商連合に仇なす一派であり、俺たちにとっても敵なのは間違いない。
 けれどもその敵が味方同士で争っている、というか殺し合っていた?
 どうにも状況が飲み込めない。
 困惑するキリクが「おまえたち、仲間じゃなかったのかよ」とつぶやけば、錆びた色の瞳の男とウルリカがそろって「くくく」と噛み殺した笑いを零す。

「仲間ってのとは少しちがうかな。転がってる連中もわたしたちも、みんなあの女に雇われただけの関係だから。でもってこの状況は、えーと、アレよアレ。生き残った者が総取り、みたいな」

 あっけらかんとした調子で語るウルリカ。別に珍しい話じゃないとでも言わんかのよう。
 黒装束の男もうなづきつつ「性質の悪い雇い主に当たると、たまに今回のようなことが起こる。秘密を知る者は少ないほどいいからな」

 つまり汚れ仕事をさせる一方で、主だった者たちに「用済みになった道具は処分しておいて」とこっそり囁いておく。もちろん充分な報酬の上乗せを確約して。
 頼む方も頼まれた方も心得たもので、了承してことに当たる。
 かくして外道の契約が成立。
 仁義もへったくれもありゃしない。ひどい話があったものである。
 真っ当な冒険者である俺たちは思いっきりしかめっ面をしつつ、静かに戦闘態勢を整える。
 だってそうだろう? したたかな二人が他者が利するような潰し合いなんて演じてくれるわけがないのだから。
 案の定、二人は即座に敵対関係を解消。
 ウルリカはキリクと向かい合い「このあいだの返事を聞かせてちょうだい」と話しかける。
 必然的にあぶれた俺とジーンは、錆びた色の瞳の男と対峙することになった。

  ◇

 真っ直ぐにこちらを見つめる暗い水底のような瞳。
「自分の仲間になれ」「いっしょに組もう」と執拗に誘うウルリカ。
 オレは首を横に振り短双剣を抜いた。
 それを前にして「はぁ」とウルリカは深いタメ息ひとつ。「キリクってば昔から、ひょうひょうとしているくせに、妙なところで意固地になるときがあったよね? いいわ、だったらあの頃みたいに実力でわからせて、あ・げ・る」

 言うなりウルリカの身が左右にブレはじめた。
 たんにゆらゆら揺れているわけではない。眺めているうちに体の芯が失せて、ぬらりくらり。ぐにゃりと波打ち歪んだ姿が三重に映る。
 緩急をつけた自身の動きにて、こちらの眼球運動を誘発。
 敵から目を離せないことを逆手にとり、無意識に追いかけさせられているうちに制御を奪われた状態は、半催眠状態に近い。
 ウルリカならば得意の体術にモノを言わせて、直情的に攻めてくる。そう思い込んでいたオレは不覚をとった。よりにもよって生粋の暗殺者に先手を譲ってしまうとは。
 オレの視界の中にてウルリカの身がさらに増えて五重になったところで、彼女がゆっくり左へ左へと歩き出す。
 当然のようにオレの視線は彼女を追う。
 が、その姿が景色にすべり込むようにして忽然と消え失せた。
 眼には構造上、盲点となる箇所が必ず存在する。ふだんは特に意識することもなく目玉を動かして、死角を上書きし補っているので不便に感じることはないが。

 盲点に潜り込まれたっ!

 気づくのと同時に、オレは床にガバッと這いつくばる。
 直後にさっきまでオレの側頭部があったところを駆け抜けたのはウルリカの上段蹴り。
 すぐさま反撃を試みようとするも、間髪入れずに顔面へと落ちてきたカカト。
 オレは無様に横へと転がり、どうにか連撃をしのぐ。

「あっぶねー。なにが『わからせてあげる』だ。殺る気まんまんじゃねえか」

 立ち上がりつつオレがにらんでいたのはウルリカの足元。
 ブーツのつま先からは危ない金属製の突起物がちらり。似たようなトゲがカカトにも光っていたのをさっき見かけた。
 ぱっと見、毒の類は塗られていなさそうだが、どのみちあんなモノをまともに喰らったら一発で終わってしまう。

「へー、アレをかわすなんてね。やるじゃない、キリク」

 にやりと口角をあげたウルリカ。
 だらりと両腕を垂らすと、左右に装着している手甲からシャリンと直刃が生えた。
 肩から先を脱力したまま突っ込んできたウルリカが、二本の腕を鞭のようにしならせて刃をふるう。
 苛烈な斬撃。脅威の回転を見せ、竜巻となって襲いかかる。
 オレも短双剣の二刃にて応酬。
 四つの刃がせめぎ合い、ぶつかり、火花を散らす。
 遠心力の乗った強烈な一撃を短双剣にて受け流し、オレは懐へと潜り込もうとする。
 しかし半歩ほど踏み込んだところで、左膝に蹴りを喰らい動きを止められた。
 ほぼ同時にウルリカの突きがアゴ下から強襲。
 どうにか上体をひねり回避したものの、前髪の一部を持っていかれる。直後、胸元に衝撃が走り、オレは後方へと派手に吹き飛ばされた。
 ウルリカの蹴りにやられたと認識したときには、すでに跳ね起きている。背中から落ちるも受け身が成功し、ダメージは軽微。しかし……。
 彼女から視線を外さずにそっと自身の胸当てに触れてみる。ちょうど心臓の位置に小さなくぼみができていた。
 もしも装備で守られていなかったらと想像し、オレは「ちっ」と舌打ち。

「まいったな。性根だけでなく足癖までますます悪くなっていやがる」
「キリクはずいぶんと動けるようになったのね。昔はあんなにダメダメだったのに」

 オレが悪態をつくも、ウルリカはまだまだ余裕の表情。
 彼女がちっとも本気を出していないのは明白。
 元かなり優秀だった生徒と元落ちこぼれの同門対決。
 正直言って、戦況はあまりよろしくない。
 暗殺者としての素養はもとより、体術の練度や過ごしてきた時間の内容なんて言わずもがな。
 いっそのこと恥も外聞もかなぐり捨てて、仲間の手を借りたいところだが、あっちはあっちでたいへんそうだし。
 さて、困った。まともにやっても勝てそうにない。
 どうしたものかと必死に頭を働かせていたら、ツーっと頬を伝う汗が唇の端に触れた。
 ペロリと舐めたとたん、口の中に広がるしょっぱいおっさん風味。
 それで思い出したのは、ダンジョン「岩壁王」の最上階であるこの場所の異変のこと。
 広間の天井や壁に彫られた焔のレリーフが、本物のように熱を放ち燃えているかのよう。
 ウルリカたちが何かをしたせいなのはわかっているが、詳細は不明。
 そして今オレが気になっているのは滴る汗の量。何をせずともだらだらと滝のように流れては、下着までびっしょり。
 室温がずんずん上がり続けている証拠。
 この分ではもっと上昇しそうだが、オレはそこに活路を見い出す。
 妙案を思いつき、にへらとほくそ笑んだ。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,244pt お気に入り:94

あみだくじで決める運命【オメガバース】

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:163

異世界ロマンはスカイダイビングから!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:121

目を開けてこっちを向いて

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:193

虐げられた魔神さんの強行する、のんびり異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:803

処理中です...