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155 同門対決
しおりを挟む体術ではかなわない。
早々に見切りをつけたオレは、小道具に頼る。
腰のポーチより取り出した鉄ペンを投擲しては、牽制しつつ、紐付き分銅をぶん回し、ウルリカを近づけさせない。しばし中距離にて攻防。斬紐は使わない。逆に利用されて追い込まれそうなので。
暑さのせいもあってか、かなりイラ立つウルリカ。
頃合いを見計らいオレは突っ込む。
一転して自分の間合いとなり機嫌を直したウルリカが、嬉々として攻め立て、ここぞとばかりに猛攻連打。
オレはひたすら我慢にて、これをしのいでから、また距離を取る。
隙をみて腰のポーチから取り出したアメ玉を口に放り込み栄養補給。たまに水筒をグビっと水分を摂取することも忘れない。
そしてまたしても中距離攻撃をチクチク。
何度もこれをくり返しているうちに、ついに女暗殺者がぶち切れた。
「あー、ムカつく! ちょろちょろちょろちょろ見っともない! 男だったら覚悟を決めなっ!」
ウルリカが「ダンっ」と床を鳴らし、これまでにないほどに強い踏み込み。
矢のごとく突進。瞬時に間合いを詰めようとする。
彼女の動きに合わせてオレも突進。
正面から四つの銀閃が交差。
互いの一刃がぶつかり合い、双方共に勢いにてはじかれる。
だがもう一方は交わることなく狙った軌道を駆け抜けた。
直後にガクリと片膝をついたのは、オレことキリク。
すれ違いざまに肩口を切られた。傷から流れる血にて左腕が赤く染まってゆく。
対するウルリカは腰から下げていた小袋の一部が裂けたのみ。
ふり返ったウルリカが「ざーんねん。おおかたわたしを怒らせて隙を作るつもりだったんでしょうけど」と残忍な笑みを浮かべる。
オレは彼女にはかまわず組み紐にて手早く止血。立ち上がりつつ言った。
「いいや、これでいい。狙い通りだ」
意味をはかりかねて、怪訝そうな表情となるウルリカ。
ハッとなり自身の腰に手を当て、周囲がじっとり濡れているのを知り「まさか」
小袋は水筒にて、裂け目からもれていたのは水。
ダンジョンに潜るのならば水筒の一つぐらい持ち込むのは常識。
だからきっとウルリカも持っているはずだと踏んでいた。あとは位置の特定とそれを破壊する機会を伺うばかり。
確かにウルリカの読み通りにて、オレは隙が生まれるのを待っていた。
ただし狙っていたのは彼女の意識が戦闘へと向いて、腰に下げた水筒の存在を完全に忘れる瞬間。
投擲だって闇雲にしていたわけじゃない。彼女に水分補給をさせないための布石。そして間合いを取っていたのは、より激しく体を使わせるため。
最上階はかなりの高温にて、本当に焼けた石窯の中となりつつある。
じゃんじゃん流れ出る汗は止めようもなく、でも流し過ぎたらじきに動けなくなる。
まんまと策にはめられたと知ってウルリカの顔から余裕が消えた。
かわりにむくりと姿を見せたのは冷酷無比な女暗殺者の本性。
暗い水底のような瞳がより一層暗さを増し、光が完全に失せる。目だけを素早く動かし周囲を確認したウルリカ。「クソが」と毒づく。
彼女が視線を向けていたのは、自分たちが殺めた連れの骸。
連中もまた水筒を持っていたはずなので、それを奪おうと考えたのだろうが、おあいにくさま。とっくに鉄ペンにて穴あき済み。
水を意識したとたんに渇きを覚えたのだろう。
ウルリカがゴクリとノドを鳴らした。
◇
平然と他者を踏みにじり、その命を狩り、己が欲望を満たす。
そんな生き方を続けてきた女がもっとも怒ることとは、いったい何であろうか?
オレは「奪われること」だと考える。
自分が奪う分にはかまわないが、誰かに奪われるのは許せない。
ワガママで自分勝手で自己中心的で……、あまりに未熟。
でも歳を重ねたぐらいで人間の本質が変わるのならば、誰も苦労なんてしやしない。
だからみんな足掻いている。
短気で強欲。ウルリカの根幹を形成しているモノが表面化。
猛り狂った女暗殺者が深緑色の髪をふり乱す。
「だったら、あんたのをぶん捕るだけさっ!」
叫ぶなり、これまでとは比べものにならない速度で駆け出すウルリカ。
遊び気分は失せて、殺意のみが乗った刃が牙となり、オレを狩ろうと迫る。
その体術はまさに疾風。
一撃目の斬撃は防ぐも、二撃目の蹴りをケガをしている左腕に受けた。
ノドを貫こうとする三撃目は刃の腹ではじくが、その攻防の下を潜り抜けて懐に潜り込んだウルリカ。肘の四撃目が深々とオレの鳩尾に決まり、思わず俯いたところに跳ね上がってきた膝頭の五撃目。とっさに腕をかざし直撃こそは避けるも、衝撃にて防御ごと大きくのけぞらされる。
加速を続ける怒涛の攻撃の中、辛うじてオレが視界の隅にて捉えたのはきらめく二刃。
六撃目は突きと薙ぎの同時攻撃。
態勢が悪い。両方に対応するのは不可能と判断して、オレは致命傷となりかねない突きのみに意識を集中。下腹部が斬り裂かれてカッと熱くなるのを感じつつ、首筋へと伸びてきた切っ先を寸前にてかち上げることに成功。
わずかに生まれた反撃の機会。
しかしこちらが動くよりも早く、ウルリカの七撃目である掌底がオレの顔面を打つ。
オレにできたのは、とっさにアゴや鼻先、こめかみなどに喰らうのをズラすことぐらい。
せめて頭の中へのダメージだけでも軽減しようとしたのだが、効果のほどは微々たるもの。
頬を張られるような格好にてモロに掌底を喰らった。
オレの肉体がぐるぐると宙を回りながら飛び、ぐしゃりと床に落ちた。
大きく肩を上下させながら近づいてくるウルリカ。「ぜえぜえ」と息を乱し、足取りが重い。大量に汗を長したところに急激な運動が重なり、体内の水分がほとんど空なのだから、無理からぬこと。
ウルリカはうつ伏せに倒れているオレの横っ腹を蹴飛ばし、仰向けにする。
そして彼女は一度オレの胸を踏みつけてから、腰に下げていた水筒を奪った。
「はぁ、はぁ、はぁ。ちっ、キリクのくせに手間をかけさせやがって」
奪った水筒に口をつけて、グビグビと旨そうにノドを潤すウルリカ。
ボコボコにされたオレは、恍惚とした表情を浮かべる彼女をぼんやり見上げていた。
その水はさぞや甘露だろうよ。
せいぜい味わうがいい、だが……。
「ぐっ」
苦し気な声をあげたウルリカ。
ひょうしに手からすべり落ちる水筒。コポコポと零れた水が床を濡らす。
ウルリカの身がガクンと崩れ膝をつき、ついには四つん這いとなる。
「キ……リク、てめえ、一服盛りやがっ……たな」
脱水症状一歩手前のところに、全身を襲う強烈な痺れ。
大型のモンスターを狩る際に使用するキリクさま特製の痺れ薬。
ふつうであればとっくに意識を失っているというのに、さすがは凄腕の女暗殺者さま。とってもしぶとい。
「わるいな、ウルリカ。いまのオレは暗殺者じゃなくって冒険者なんだわ。だから冒険者らしく狩らせてもらった」
言いながらオレは「よっこらせ」と上体を起こし、床にあぐらをかいた。
そこにのしかかるように倒れてきたウルリカ。
彼女が意識を失う直前につぶやいた言葉は「くたばれ!」だった。
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