156 / 210
156 死の舞踏
しおりを挟むキリクとウルリカが同門対決を演じていた頃。
同じ広間内にて俺ことフィレオとジーンは、錆びた瞳の色をした黒装束の男と対峙していた。
背後に弓を手にしたジーンを庇い、盾をかまえつつ俺は男に問う。
「おまえたちの目的は何だ? いったい何をたくらんでいる?」
ダンジョン「岩壁王」の異変。暗殺事件やマナジントン島周辺の世情攪乱。
もろもろについての質問だったのだが、覆面越しに聞こえてきた回答は簡潔にして明瞭。
ただひと言「さぁ」
あまりの素っ気なさ。はぐらかされたのかと思い、俺は険しい表情となるのを抑えられない。
しかし少しでも敵から情報を引き出そうと、ジーンはなおも言葉を重ねた。
「さぁ、とはどういう意味だ。答えろ」
ピタリと矢の狙いを男につけたままのジーン。
十五歩も離れておらず、弓の名手であるジーンならば必中の間合い。
にもかかわらず黒装束の男は平然としたまま。
「どうもこうもない。そのままの意味だ。あの女の目的なんぞに興味はない。こちらは依頼を受けて、言われた仕事をこなし、報酬をもらう。ただそれだけだからな」
男の言葉を要約すれば「内容にも結果にも一切興味なし」ということ。
主義や主張、個人的な想いなどは排し、ただ職務に徹する。おそらく非情という感情すらもとっくに欠落済み。
懸命に契約を守ろうとする冒険者とは、似て非なる生き方。
明確なる線引きにて隔てられ、けっして相容れぬ存在であると分かったところで、黒装束の男が手にした得物をかまえる。大きめの鉈のようにて、剣と呼ぶにはあまりにも無骨な武器であった。
それにしても……。
ウルリカも口にしていたが「あの女」とは何者であろうか。
◇
錆びた色の瞳をした男の身が唐突に跳躍。
その身が焼ける天井に張りつく。
「あっ!」驚いたときには天井を蹴り、もの凄い勢いにて迫る肉厚な鉈。
こちらの脳天をかち割るようにふられた一撃。
落下の勢いに体重と膂力、すべてが篭った一撃はたいそう重く、それこそ天が落ちてきたかのよう。
頭上にかざした盾ごと俺は押し切られ、片膝をつく。
かとおもえば、一転して圧力が消えて霧散してしまった。
驚きから衝撃。衝撃から無。目まぐるしく変わる展開。
翻弄され肉体よりも意識の方がやや遅れる。生じたわずかなズレを強引にねじ伏せ、あわてて見上げた先にヤツの姿はない。続けてふり返ったところでようやくその背中を捉える。
俺を踏み台にして向かった先には、弓をかまえていたジーン。
飛翔するかのように宙を駆け迫る敵。
引き絞った弦より手が離れ、解き放たれる矢。
充分に引きつけており距離も近い。加えて空中。避けようのない一矢。
が、恐るべきことに男は態勢を崩すこともなく、縦にかまえた大鉈を船の舵のように動かし、幅広な刃の腹にて飛んでくる矢をあっさりさばいてみせた。
その時点でジーンと男の距離は目と鼻の先。
いかにジーンの早射ちとて、第二射は間に合わない。
ジーンはとっさに弓で我が身を守ろうとする。
男の鉈がまず切断したのは弦。ブツンと音がした。続いて弓本体に刃が喰い込む。細身にてとても防ぎようもなく、ほとんど抵抗を示せず両断された。
防衛ラインを突破され、凶刃に晒されるジーンの首筋。
一刀のもとに首を斬り落とされようとした寸前、その行動を邪魔したのは背後から鞘ごと投げつけられた片手剣。俺の放ったもの。
完全に死角からの不意打ち。
だというのに黒装束の男は強引に身をよじって、ふり返りざまに蹴り飛ばす。
しかしそのせいでジーンへの対応が、ほんの少しだけおろそかになった。
隙を見逃さないジーン。武器を握っている方の男の手首を掴み、背負い投げを放つ。
男の身がジーンを軸にぐりんと回転。
固い石の床に容赦なく叩きつけるように炸裂する投げ技。
完璧に決まったと俺は思った。おそらくは技を放ったジーン自身も。
だが、またしても信じられない超反応を男はみせる。
「ゴキリ」
イヤな音がして、ジーンに掴まれていた男の腕がぐにゃりと伸びる。
肩の関節を自ら外したのだ。
床へと叩きつけられる直前、外れた腕をねじりその身がひらりと反転。うつ伏せのかっこうにて着地。即座に跳ね起き、右の前蹴りを放ってジーンの腹を貫く。
まともに喰らったジーンが「ぐっ」と呻きつつ、掴んでいた手を放しよろめいたところに、続けて左の前蹴り。今度は胸に喰らって大きくもんどり打つ。
転がるように飛んできたジーンを俺がどうにか受け止めた。
◇
脅威の身体能力を前にして、驚愕するばかりの俺とジーン。
その視線を受けながら、男は特に顔色を変えることもなく外れていた肩を元に戻した。
「首を狩り損ねたか……。まぁ、鬱陶しい弓を潰せただけでも良しとしておくか」
錆びた色の瞳をした男がつぶやく。
その間に俺は床に転がっていた片手剣を拾いジーンに手渡す。
受け取り鞘から剣を抜きつつジーン。「まいったな。とんだバケモノじゃないか。キリクのやつ、こんなのを相手にしてよく生き残れたな」
「状況に助けられたとか言ってたけど、たいしたもんだよ。まったく、うちの斥候職どのは」と俺も感心する。
まともにやっても厳しそうなので、防御は俺が担当し、隙をみてジーンが攻撃をするという方針を固めてから、第二幕がスタート。
◇
男の大鉈を俺が盾でいなす。一撃一撃がズシリとくる。武器そのものが見た目よりもずっと重いからか。おそらく特殊な素材で作られた業物。
そんなシロモノを腕力のみでふり回すのではなくって、利にかなった動きにて全身を使い、舞うように操るさまは華麗にして峻烈。
優れた演舞は武芸に通じると言うが、敵ながら見惚れるほど。
ジーンが隙をついて援護しようとがんばってくれているが、どうにも動けずにいるのも無理からぬこと。
錆びた色の瞳の男の攻撃と俺の盾が、まるで打楽器を演奏しているかのようにリズミカルな音を奏で続ける。
「キィンキィン」と鳴り響く金属音。
「タンタン」小気味よく床を踏み鳴らすステップ。
ますます変容を遂げるダンジョン「岩壁王」の最上階。焔のレリーフがゆらめき、心なしか赤く変色しつつある。滴る汗が床に落ちてもすぐに乾いて消える。それほどまでに室内の熱気が高まっており、息をするのも苦しいほど。
肉体と精神の疲弊。一撃必死の危険が孕む緊張感。祭りの宵を連想させ、幻想的ですらもある周囲の状況と相まって、ぼやける思考。
いつしか俺は死の舞踏に酔いしれつつあった。
0
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転移術士の成り上がり
名無し
ファンタジー
ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる