冒険野郎ども。

月芝

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158 燃える岩壁王

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 視界一面が赤に塗りつぶされる。
 それは炎の赤。
 ダンジョン「岩壁王」最上階の広間、天井や壁に彫られた焔のレリーフ。造り物であったはずの火が本物となり、激しく燃え盛っている。
 見上げた天井には炎の渦が出現。壁には無数の火柱がうねり、絡み合い、のたうち回っている。
 俺たちが呆気にとられていると、錆び色の瞳の男が「ついに始まったか」とつぶやいた。
 どうやらこれが「境界の門が開く」という現象らしい。

「なんだ、アレは?」

 ジーンが声をあげた。
 青い双眸の見つめる先は最寄りの炎の壁の中。
 奥にてにょろにょろと蠢く無数の白い何か。
 はじめは焚火に放り込まれた紐のように見えたそれが、次第に大きくなっていく。
 これは……、どんどんと近づいてきている?
 じきに輪郭がはっきりと見えるようになって、俺にも正体がわかった。
 それは白い腕。
 異様に細く長い、のっぺりとした腕。指先に爪はなく手の平にしわもない。造り物めいており生を感じさせる要素がひと欠片もなく、かわりに死を強く連想させる不吉な要素を凝縮したような不気味な姿。
 眺めているとうなじの毛がチリチリと逆立つ。
 膨大な数の白い腕たちが、草木をかき分けるかのようにして、焔の林の中から姿をあらわす。

 俺たちがギョッとしている目の前で、腕の一本が壁の中から飛び出し唐突に伸びた。
 向かった先には錆びた色の瞳をした男。
 掴まえようと迫る腕を男は身をよじってかわす。
 これを合図に次々と白い腕が炎の壁から飛び出した。
 白い腕は何故だか俺とジーンには見向きもせずに、ひたすら男の方へ殺到。
 自身に迫る腕をさばきつつ、じりじりと自身で開けた壁の大穴へ近づく錆びた色の瞳をした男。
 追い詰められたようにも見えたが、さにあらず。

「悪いが、まだ仕事が残っている。これで失礼させてもらおう」

 言うなり黒装束の覆面姿が大穴から宙へと身を踊らせた。
 両手両足を広げると、身に着けていた衣装の一部がバサリとはだけて帆となる。
 風を受けてその身がふわりと夜空に舞い上がり、闇の中を滑るように飛んでいく。

「コンチクショウ! 逃げやがった!」

 俺は無責任な相手に憤り、地団駄を踏む。

「あの飛ぶ術は前にも見たな。脱出経路を確保するための攻撃でもあったのか。なんと周到な」

 冷静に遠ざかる相手を見送るジーン。それでも腹は立てているらしく、「弓が壊れていなければ、前回同様に撃ち落としてやるものを」と言っていた。

  ◇

 錆びた色の瞳をした男にまんまと逃げられた俺とジーン。
 その耳に「きゃっ」と女の悲鳴。
 見れば、白い腕に足首を掴まれて炎の壁の中へと引きずり込まれようとしているウルリカと、それをさせじと必死に抵抗しているキリクの姿があった。
 あわてて駆け寄る俺とジーン。
 俺はキリクの腰に腕を回し踏ん張るのを手伝う。
 ジーンは片手剣を抜き、ウルリカを掴んでいる白い腕へと向かい、チカラいっぱいにふり下ろす。
 が、刃は通らない!
 俺とジーンが入れ替わって試してみるも結果は同じ。
 感触は重く、ぐにょんと斬撃を吸収して、表面には傷ひとつつかない。
 何とかしようと足掻くも、そうしている間に更に白い腕が伸びてきてウルリカを掴んでは、こちらの抵抗を嘲笑うかのようにしてじりじりと。
 人知を超えた存在との絶望的な綱引き。
 それでもおっさん三人が抗い続けていると、「ふふふ」と笑みを零したのはウルリカ。
 暗い水底のような瞳がじっとこちらを見つめていた。

「まったく、とんだお人好しどもだよ。敵の女のためにこんなに必死になっちゃってさ。……でも、これがいまのあんたの仲間なんだね、キリク」

 言うなりウルリカはグイとチカラまかせに腕を引き寄せる。
 懸命に掴んでいたキリクとの距離が一瞬縮まる。
 キリクの耳元で何ごとかを囁いたウルリカ。
 彼女が何を言ったのかは俺には聞こえなかった。
 ふいに均衡が崩れて、俺はもんどりを打ち、ジーンは尻もちをつく。
 彼女が自ら手を離したのだ。

「ウルリカっ!」

 キリクの悲痛な叫び。もう一度掴もうと伸ばした指先は届かない。
 その向こうで微笑んでいたウルリカ。
 女暗殺者は炎の壁の中へと呑み込まれ、焔の彼方へと消えた。

  ◇

 友を裏切り、里を滅ぼし、数多の悪行に手を染めてきたウルリカ。
 彼女が最期にどのような想いを抱き、自ら手を離したのかはわからない。
 うなだれるキリク。
 その肩を優しく叩き慰めと哀悼の意を示してから、俺は現状の把握に努める。
 ジーンも同様にて彼は階下へと通じる階段の方を調べに行った。

 炎は轟々とうなりをあげており、ますます火勢を強めるばかり。
 汗でびしょ濡れだった衣服がすっかり乾くほど。身の内より新たに流れ出た分は、すぐさま蒸発してしまう。
 石床も焼けており、まるで熱々の鉄板。歩くたびにブーツの底がじゅうじゅういって、少し焦げたニオイすら漂っている。
 そんな状況下にて、奇妙だったのは白い腕たちの動き。
 錆びた色の瞳の男やウルリカには襲いかかっていたというのに、パーティー「オジキ」には見向きもしない。ただわらわらと不気味な姿を晒しているばかり。
 俺が首をかしげていると、階段の様子を見に行っていたジーンが戻ってくる。
 顔を合わすなりジーンは首を横にふった。

「あっちはダメだ。階下は完全に炎に埋め尽くされている。あの調子では、じきにここも同様になるだろう」

 退路を塞がれ、パーティー「オジキ」は大ピンチ!
 何か手はないかと俺は荷袋の中身をガサゴソ漁り、ジーンは思案を始める。
 すると顔をあげたキリクが言った。

「ひとつオレに考えがある。ただし、失敗したらそろってあの世逝きだがな」


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