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164 剣の乙女の会
しおりを挟む音は聞こえなかったが、かすかに床から伝わる振動。
何者かが近づいてくる。一人ではない。大勢だ。だが正確な数まではわからない。
俺はゆっくりと瞼を開けた。
目隠しの闇が広がるばかり。状況は変わっていない。だが心なしか肌に感じる空気がひんやりとしている。
鼻をスンとさせると夜の気配を感じた。
ガチャリと音がして扉が開いたひょうしに、外気がどっと室内に流れ込んでくる。
思いのほかに温かい。荒ごとにふさわしい路地裏や場末にあるホコリっぽくも野卑た感じは微塵もない。むしろほんのり上品さすら漂うほど。
耳に意識を集中し、俺はできるかぎりの情報を集める。
複数の足音に衣擦れの音。カツカツと鳴る金属音は鎧や具足のもの。鍔鳴りもあった。息づかいはまちまちにて、性別や年齢がごっちゃになっているらしい。
自分がそれらに囲まれたのはすぐにわかった。
何やら小声で話をしている者もいるが、会話の内容までは聞こえてこない。
ただヒシヒシと感じるのは視線。
こちらの様子を伺いながら観察をしている?
鋭い視線の類は、薄っすらとだが警戒と威圧が込められている。もしもこちらに怪しい動きがあれば、容赦なく得物を抜くとでも言わんばかり。かなりの腕利き揃いらしい。
しげしげと向けられるのは好奇心の類とおぼしきもの。
全身をなめ回すように見つめる視線には独特の粘着性がある。毒はないが不快さを伴うので、あまり気持ちのいいものではない。
他には医師が患者を診察するような、学者が研究対象に向けるような、一定の距離と断絶を感じるひんやりとした冷静な視線もあった。
かと思えば、イタズラ小僧を見つけたときに村の年寄りが浮かべる、怒気混じりのものなんかもあったりする。
一瞬、神種の教団の線を疑うも、そういった狂気を孕む危険な気配は微塵もない。
とにかく向けられる視線の質にばらつきが目立つ。かといって有象無象ではない。なんらかの目的のために結束はしている。でもがっちり統一をしている風でもない。
少しヘンな例えになるかもしれないが、まるでお祭りの準備に町内の住人らが集まってわちゃわちゃしているような……。
目隠し越しに伝わる感覚を探るほどに、俺の中では困惑の度合いが深まるばかり。
「なんなんだ……。この集団?」
内心で俺はつぶやく。
観察会とでも称せばいいのだろうか。
なんとも奇妙で居心地の悪い時間がしばし続く。
◇
しばらくしてから声がかかった。
「いささか乱暴な招待になってしまったな、フィレオ殿。ゆえあってこちらの正体は明かせぬが、我らは『剣の乙女の会』という結社のもの。なぁに、そう警戒せずともよい。用向きが済めばすぐに解放する。安心めされよ」
声は老人のもの。厳かにて落ちついており、圧はないが重みがある。並みの老人とは一線を画す。言葉の端々に漂う風格が相応の地位を持つ者だと、容易に連想させる。
そのような人物が絡む拉致監禁ということが判明し、俺はますます戸惑うばかり。
だというのに老人はこちらを無視して「剣の乙女の会とは何か」との説明を始めた。
剣の乙女の会。
それは「紅風」の異名を持つ凄腕の女剣士、第一等級冒険者アトラを見守るファンの集い。
実力は突出しているが、それを鼻にかけることもない素直な性格。年齢こそは二十歳だが見た目は十代半ばの少女にしか見えず、忖度や配慮なんていうムズカシイ言葉は知らない。だがそのおかげで裏表がなく誰にでも素で接する。
彼女のそんな態度が、中央で権力闘争に明け暮れ穢れきった大人たちにぶっ刺さった。それはもう深々と。
血のつながった肉親にすらも用心せねばならぬ過酷な人生を歩んできた者たちにとって、アトラの無頓着さから起因する無垢さは、「人間も捨てたもんじゃない」と信じさせてくれるもの。心のオアシス、癒しの泉、闇夜に輝く希望の星。
いつの間にか絶大な支持を得て、当人も知らぬところで、みんなの孫娘的な地位を確立していたアトラ。
だがこの孫娘的な乙女は、どうにも危なっかしいところがある。
なまじ強すぎるがゆえに孤高が過ぎて、世間知らずなところが多々。そのうちヘンな男にダマされやしないかと老婆心にてハラハラしちゃう。
そんな想いが高じて有志が集い発足されたのが「剣の乙女の会」であった。
歴史は浅くとも、構成員が実力者揃いにて、エイジス王国に数多ある大小の秘密結社の中でも、群を抜く影響力を保有する。
◇
長々としようもない話を聞かされた挙句に「どうだ?」と得意げに声をかけられても、俺は「へー、すごいですねえ」としか答えようがない。
「正体は明かせない」とか言っていたくせに、自分からペラペラ白状しているのも同じ。
得られた情報から目隠し越しに推察されるのは以下のこと。
わらわらと集まっている人たちは、会に所属する者たち。
剣呑な音をまとっているのは、えらい人たちのお付きの警護。
そしてこんな大袈裟なマネを仕出かしたのは「うちの孫娘の周囲をちょろちょろしている野郎を、いっちょ品定めしてやろう」といった意図による。
暇と金と権力を持て余したお年寄りの遊戯。
なんておそろしい……。
というか、そもそもの話、根底からして色々と間違っている!
だがそんな正論に耳を傾けるような方々ならば、こんな阿呆なことはしていない。
いかに誠実かつ懇切丁寧に俺が誤解を解こうとしたところで、身贔屓で凝り固まって曇った彼らの眼を覚まさせることができるとは、到底思えない。
はてさて、どうしたものか。
「アトラについてどう考えている」
という困った質問から始まった、尋問。
仕事のことから、交友関係、仲間について、好きな食べ物、苦手なこと、冒険者としての目標やら将来のこと、挙句の果てには貯蓄や、第二の人生設計とかまで、根ほり葉ほり。
俺は問題のない範囲で答えたり、はぐらかしたりして適当にやり過ごそうとする。
だが敵もさるもの。人生という荒海を長く泳いできただけあって、年寄り連中はしぶとく、しつこく、ねちっこい。おいそれとは引き下がってくれない。
やくたいのない質疑応答を巡る攻防が続く。
いい加減にお腹も減ってきたことだし、俺はそろそろ家に帰りたい。
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