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166 新人研修
しおりを挟む冒険者になるにはギルドに登録する必要がある。身分性別種族に関係なく門戸は幅広く開かれており、年齢が十五歳以上であれば問題ない。なお登録料は無料。
けれども冒険者として活動するためには、必ず新人研修を受ける必要がある。
最低限の知識と実力がなければ、あっという間に死んでしまうからだ。
いかに自己責任の業界とて、これでは若い芽がいっこうに育たない。だから設けられた研修制度である。
通常、この研修を指導する教官はギルドの職員が行う。大半が引退した冒険者にて、実力や人格を見込まれて雇われた者たち。経験豊富な彼らから学ぶことはとても多い。
◇
街道沿いを進む若い冒険者たちの集団。
歳の頃は十代半ばがほとんど、数は二十ばかり。
いまいち緊迫感に欠け、どこか浮ついた雰囲気なのは、これが新人の集まりのせい。
集団の先頭を歩いているのは枯草色のぼさぼさ頭のキリク。
斥候職の彼がどうして引率をしているのかというと、支部長のダグザから頼み込まれたから。
事情はこうだ。
教官たちが新人研修を前にして決起集会を催す。
「尻の青いガキどもをビシバシ鍛えて一人前にするぞ! 目指せ、新人死亡率一割以下!」
気合いを入れて目標を掲げたまではよかったのだが、勢いのまま宴席に突入。
で、ぐでんぐでんに酔っぱらったあげくに、屋台で怪しげな食い物に手を出す。
そして猛烈な腹痛にて寝込むハメになった。
これに焦ったのが支部長のダグザ。指導する面子が足りない。あわてて心当たりに声をかける。とはいえ誰でもいいというわけじゃない。確かな実力と人格、経験豊富にて指導力も必要。そして等級も大事。
なにせ冒険者は等級で相手を判断する気風があるから。
そうなると条件はかなり絞られ、これにパーティー「オジキ」が該当。
支部長から泣きつかれ、副支部長のミリダリア女史からも「ぜひお願いします」と丁寧に頭を下げられては、断るわけにもいかなかった。
フィレオはギルド支部の裏にある練武場にて、近接戦闘の指導。
ジーンはギルド支部二階にある会場にて、魔法を中心にした座学の教鞭をとる。
そしてキリクが辺境都市トワイエの近郊にて行われる、一泊二日の実地訓練を引き受けることになった。
キリクは自分のあとからぞろぞろとついてくる若い連中をちらり。「はぁ」とタメ息をつき「オレのがらじゃねえんだけどなぁ」
すると隣を並んで歩いていた若い女冒険者がクスクスと笑う。
夕陽色の髪を後ろで束ね、手には愛用の槍を持つ姿が勇ましい彼女はルクティ。新人の頃からなにかとパーティー「オジキ」と縁のある女性にて、順当に経験を積み着実に成長を続けている。いずれはトワイエ支部を背負って立つ人材になると評判も上々。
今回は補佐役としての参加。歳の近い先輩として、後輩たちの相談にのったり助言を与えたりする。
「そんなことないですよ。きっと実のある研修になるにちがいありません。がんばりましょう、キリクのオジさま」とルクティは言った。
自分よりもひと回り以上も若い娘に励まされて、キリクはポリポリ頭をかき「……だといいんだがねえ」とつぶやき、もう一度背後の列をちらり。
◇
途中で街道をそれて森の中へと進路をとる。
ここから先は獣とモンスターの領域。
にもかかわらず、キリクはあえて何も告げずにスタスタと歩き続ける。
表面上は普段通り。けれども周囲の気配にはつねに注意を払っている。
だから繁みの向こうにいるバグスベアーの存在にもすぐに気がついた。
やや遅れて隣にいたルクティも気がつき、表情が険しくなる。
全身を剛毛で覆われたバグスベアーは、前足のチカラが強く、ツメも油断がならない。大きな個体になると立ち上がれば家の軒先ほどにもなり、かなりの迫力がある。だが真に気をつけるべきは四つ足での突進。ドンと跳ね飛ばされたら、まず無事ではすまない。倒れているところをのしかかられたら、それでおしまい。あとは一方的に蹂躙されるだけ。
槍をかまえて、警戒態勢をとろうとするルクティ。
それを制止したのはキリク。「このままで。しばらく様子を見よう。ガキどもの反応を見たい」と言った。
◇
とっさの状況判断や行動を見て実力をはかる。
スパルタ教育の一次試験の結果は散々たるものであった。
いざとなったら教官が助けてくれる。あくまで演習だから。そんな甘えがあった新人たちは、いきなり繁みから飛び出してきたバグスベアーに追い立てられて、連携もままならず、混乱のうちにけちょんけちょんにされる。
さすがに大事になるまえにキリクが介入して事なきを得るも、呆然自失にて放心することに。
キリクはへたり込んでいる若手の間をのしのし歩き、状態を確認する。
でもその足がとある女冒険者の前でピタリと止まった。
相手は杖を持った魔導士の卵。うつむいてモジモジしている彼女の襟首をひょいと掴んだキリクは、有無を言わさずに放り投げる。
「キャアァ」という悲鳴に続いたのはドボンという音。
駆け出し魔導士のカラダは、すぐ近くにあった大きな水たまりにて全身ドロだらけ。
いきなりの暴挙。
「ひどい!」「女の子に何するのよ!」「むちゃくちゃだ!」「ふざけんな!」
当然ながら抗議の声が殺到するも、キリクはまるで意に介さない。それどころか自分までもが、ドロの中に飛び込み、バシャバシャする始末。
教官の奇行に一同唖然。
するとキリクがドロまみれになりながら言った。
「何をぼさっとしていやがる。おまえたちもやるんだよ。これも研修の一環だ」と。
意味がわからずにポカンとなる新人たち。
そんな連中の尻をキリクは容赦なく蹴飛ばす。問答無用にて次々に水たまりへと突き落とすものだから、じきにドロだらけの集団が完成するまでに、たいして時間はかからなかった。
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