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184 奇妙な家
しおりを挟むパーティー「オジキ」がホームとしている風呂つきの屋敷。
庶民には内風呂は贅沢品。そんな設備がある屋敷を格安で提供してくれているオーナーは、アトラク商会の会長ラグメンツさん。顔の下半分が豊かな白髭で隠れている好々爺。辺境都市トワイエを中心にして、エイジス王国内で手広く商いをしている大商人。
冒険者ギルドにも顔が利き、その気になれば一流どころを王都から招聘することも可能。
なのに、ときどき俺たちのような第三等級冒険者にも指名依頼を回してくれる、ありがたいお得意さまでもある。
そんなラグメンツさんから呼ばれて、トワイエ中央区大通りにあるアトラク商会本店へと顔を出した俺たち。
頼まれたのは、とある家の調査。
某没落貴族から質流れした屋敷が、巡りめぐってラグメンツさんのところにやってきたというが、どうにも扱いに頭を悩ませているという。
「困っているというのは、具体的にはどのような理由で?」
「それがじつは……」
外からみれば、たいそう立派な規模を誇る邸宅。
けれども中に入ると、大小たくさんの窓や扉が乱立しており、部屋数も多く、壁に向かってのびている階段やら、傾いだ床やら、壁かと思えば扉だったり、扉かと思えば微動だにしない飾りだったり、暖炉の奥に廊下が続いていたり。
元の家主によって衝動的かつ執拗にくり返されたという意味不明な改築。そのせいで、なにもかもがぐちゃぐちゃ。
あまりにもデタラメが過ぎ、しばらく立ち入っているだけで眩暈を覚えて、気分が悪くなってくる。
大工や職人などその道の本職ほど、職業柄つい違和感に目がいくせいか、影響が顕著。そのせいでまるで仕事になりやしない。
いっそのことすべてを叩き壊して、平地にしたいという衝動に駆られるものの、この屋敷を手掛けた人物がけっこう著名な建築家らしく、文化財的な価値を考えると、そうそう乱暴なマネもできない。
「内部の寸法を測ろうにも難儀をしておりまして、図面の制作もままならぬあり様。そこでみなさまにお願いしたいのは、屋敷の詳細な見取り図の作成です」
うちの斥候職であるキリクは手先が器用にて、地図製作も得意。
どうやらラグメンツさんは、キリクが以前にギルドへ納入したダンジョンの地図を目にして、今回の依頼をすることに決めたらしい。
屋敷は辺境都市トワイエ内にあり、作業のほとんどが屋内で行われるゆえに天候を気にする必要もない。いささか手間はかかりそうだが、命の危険がなく、十分な報酬が支払われるとあらば、俺たちに断る理由はない。だから快く引き受けることにした。
◇
計測や地図を描くのに必要な道具一式をそろえて、早速、例の屋敷へと出向いた俺たち。
灰色の石材で組まれた土台の上に、どっかりと載っているレンガ造りの建造物。
コの字型だという三階建ての屋敷には、堅牢という言葉がよく似合う。
敷地は高い鉄柵で囲われており、威圧的な面構えの門があり、前庭には花壇に水瓶を持った女神像を模した噴水に白いベンチ、玄関ポーチは馬車がすっぽり収まりそうなほど前面に突き出ており、入り口には節々に鉄枠で補強を施された重厚な扉……。
たしかに外から眺めているかぎりでは、どこに出しても恥ずかしくないお屋敷に見える。
「立派なものだなぁ」
感心する俺とジーン。
しかし建物を間近にして、じーっと見上げているキリクは無言のまま。一人険しい表情をしていた。
ラグメンツさんから渡された合鍵を使って、屋敷内へと立ち入った俺たち。
一歩入るなり、その場で固まる。
建物内がぐちゃぐちゃだという話は聞かされていた。
けれども内部は想像以上の乱れ具合。あまりのことに絶句する。
パッと目に入っただけで、扉が八つもある。しかもそのうちの一つは天井近くにて、背の高い俺でもハシゴか踏み台でもなければ届かない位置にあった。
かと思えば足下の床からドアノブが生えていたりもする。試しにひねってみたら扉というか床板が開き、地下へと続く階段があらわれた。
「地下まであるのか。やはり見た目通りの三階建てというわけではなさそうだな、やれやれ」
キリクは先が思いやられるとぼやく。
俺は二人を残し、階段を降りてみる。
天井は低く、かがまないと歩けない。
が、そんな階段はゆるやかに左へと曲がった先にて、すぐに行き止まりとなっていた。
壁や床などをガンガン叩いてみるも、仕掛けらしいものはなし。
念のためキリクにも確かめてもらうが、何も発見されなかった。
「わけがわかんねえ」地上に戻ったキリクが首をひねりつつ「ざっと見ただけだが、天井や床だけでなく壁も所々が微妙に歪んでいるし、厚みもばらばら。これは思ったよりも時間がかかるかも」
長期戦を覚悟してくれと見解に、早くも俺はげんなり。
実際のところ、この屋敷の内部はあまり居心地がよくない。
なんというか、軽い船酔いみたいな感じがして、つねに足元がふわふわしているようで落ち着かない。
「ほんの少し床が傾いているだけでも人は不快に感じるものだ。なのにここは何もかもが歪められている。しかも明らかに人為的にだ。わたしとしては元の家主はいったい何を考えて、このようなことをしたのかが気になるところだな」とジーンが言った。
何を考えて、か……。
ジーンの言葉を耳にして、とっさに俺の脳裏に浮かんだのは「怯え」といった感情。
外観の堅牢さ、内部の迷路然とした造りは、どことなくダンジョンを彷彿とさせる。けれどもアレらが持つ野生の強さ、生命力みたいなものを、ここには微塵も感じない。
そこはかとなく底流に漂っているのは、幼子が無闇に暗がりを怖がるような、漠然とした何か。
襲撃を受けたり、毒を盛られたりすると、死への恐怖から病的なまでに警戒心を抱くようになる者がたまにいる。
もしかしたらこの屋敷の元の主人は、それに近い経験をしたのかもしれない。
けれどもそれならば、敷地を囲う柵をもっと高い壁とかにしそうなものなのに。
建物内部には執拗なほど手が加えられてあるのに、外部にはまったく無頓着。どうにもちぐはぐな印象が拭えず、俺は藍色のクセっ毛頭をぼりぼりとかきむしった。
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